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何度かお願いしてみたが結局、これだけは許されることはなく、それから「外に行きたい」は禁句である。
(ベンジャミン様はわたくしが傷つかないようにと必死に守ろうとしてくれているんでしょうけど……)
この時点でベンジャミンに強く執着されて行動を制限されていることに全く気づいていないマティルダは、ベンジャミンとの認識に大きな違いが生まれていることすらわからないまま、呑気に空を眺めていた。
(国の人達はわたくしのことなんて、もうどうでもいいだろうし、どうして外に出たらいけないんだろう。この森には恐ろしい魔獣やドラゴンでも出るのかしら?でも違うと言っていたし……)
マティルダはベンジャミンと森に出かけた時に雷魔法で何度か魔獣退治をしたことがある。
その方法を教えてくれたのはベンジャミンだ。
今までの魔法講師達とは違う実戦を含む魔法訓練はいい経験になった。
ガルボルグ公爵にはさすがに内容を報告できなかったが、いざとなった時に役立つと思い、マティルダはベンジャミンに言われるがまま腕を磨いてきた。
塔の下を見ると青々と生い茂る草や花が見えた。
(あの草むらに寝転がって昼寝したいし、あの花畑にも行ってみたいのに……)
普段はまるで砂糖のように甘く優しいベンジャミンだが、マティルダが外に行きたいと言うだけで過剰に反応をする。
一カ月経つと違和感を感じ始めていたが、マティルダは塔から降りる術はない。
物理的に外に出られないのだから考えても仕方ないと思っていた。
なんせ扉の外に足を踏み出せば下に真っ逆様だ。
崖に落ちそうになったこともトラウマとして頭に残っている。
(……ま、いっか!)
そのうち頼めば出してくれるだろうと考えていたマティルダは、部屋を見回しながら暇を持て余していた。
今は朝早く起きてドレスに着替えて綺麗に髪を整える必要もなければ、王太子の婚約者でもないので次期王妃としての勉強、退屈なパーティーやお茶会に出席する必要もない。
公爵令嬢として両親の期待に応える必要も、ライボルトにもローリーに気遣う必要もない。
(ずっとニコニコしてなければならないから疲れるのよね。でも今は、どんな表情をしていたって、どこで寝転がっていても自由だもの!)
それにわざわざ城に通って、魔力が空っぽになるまで電気を流し込んでいたが今はその必要はない。
しかし少し暗くなってきた時に電気を流し込むと城下町がキラキラとイルミネーションのように照らされているのを見ているのはとても好きだったことを思い出す。
(あの景色を見るために頑張っていたのよね。もう一か月も前だなんて……懐かしいわ)
マティルダが頑張れば、喜んでくれる人たちがいた。
だが、今はマティルダがいなくてもライボルトやガルボルグ公爵が代わりに頑張ってくれていることだろう。
これでシエナはローリーと結ばれて、めでたしめでたしのハッピーエンドである。
そして元悪役令嬢のマティルダも役割から解放されて何故か幸せに暮らしている。
二人での生活にも慣れてきて、マティルダは毎日幸せだった。
何よりベンジャミンが優しくてマティルダをいつも甘やかそうとする。
ガルボルグ公爵邸にいる時からベンジャミンと一緒にいることは癒しで、楽しいと思っていたからか違和感はない。
ベンジャミンと夫婦となったのたが、特に届出などはしていないため夫婦といっていいのかはわからない。
ベンジャミンはマティルダに結婚を提案して、マティルダもそれを受け入れた。
しかしまだキスも頬止まりで寝る場所も別々だ。
そんな不思議な夫婦関係は今も続いている。




