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「それにわたくしがここまでよくしていただく理由もありません」
「理由……?」
「そうです!」
「それは僕がやりたいからでは理由にならないの?」
「申し訳ないですし、わたくしがお世話になる理由もないので。それにベンジャミン様にご迷惑を……」
正直なところ助けてもらった上に、ここまでしてもらって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「迷惑じゃないよ」
「……」
「マティルダは僕がいいと言ってもダメなの?もうあの国に帰るつもりはないんだろう?」
「はい、そうですけど……」
マティルダは再びブルカリック王国に帰るつもりはなかった。
何より万が一に備えて他国のことを調べていたマティルダは、卒業パーティーで身につけていた宝石を売って他国で暮らそうとぼんやりと計画を立てていた。
そこに天の助けのように現れたベンジャミン。
あまりにもマティルダにとって都合のいいことばかり起こるため、疑ってしまうのも無理はないだろう。
「君はよくわからないことで悩むんだね」
「え……?」
「そんなところもやっぱり慎ましくて可愛いね。マティルダ」
「えっと……」
「理由が欲しいのか。マティルダが一緒に暮らすことに納得できる理由……」
そう言って、ベンジャミンは考え込むように顎に手を当てた。
そのあと、手のひらの上に拳を乗せるとキラキラと瞳を輝かせながらマティルダにこう言った。
「なら、僕と結婚するのはどうかな?」
「……ッ!?」
ニッコリと笑みを浮かべながら「それがいいね」と言って頷いている。
マティルダは〝結婚〟という言葉に目玉が飛び出るほどに驚いていた。
動きを止めたマティルダにベンジャミンは「いいアイディアでしょう?」と誇らしげである。
「だっ……!?けっこ……えっ?」
「それならばここに住んでいても問題ないし、僕がマティルダを養えるだろう?夫婦ならばこうして一緒に過ごすことだって当然になると聞いたことがあるし」
「それはそうですが、でもこんなに突然っ……!」
「君だって突然婚約を破棄された。不当な理由で」
「……!」
「マティルダは一生懸命頑張っていたし、毎日国のために働いていた。それなのに公爵邸では怒られて窮屈な思いをしていた。アイツらは勝手にマティルダの力に嫉妬して冷たく当たっていた。こんなに辛い思いをたくさんしたのに、まだ我慢するつもり?」
「え……?」
何故ベンジャミンはこんなにもマティルダの状況を知っているのかよりも、気持ちを理解してくれたことが嬉しかった。
頑張りを評価してくれて、見ていてくれた人がいる……マティルダは胸が締め付けられるような思いがした。
思わぬ不意打ちにマティルダの瞳からは無意識にポロリポロリと涙が溢れていく。
「だから少しはゆっくりしてもいいんじゃないかな?僕は、マティルダに幸せになって欲しい」
「ベンジャミン様……」
涙を拭うように優しく伸ばされる指。
「今まで、よく頑張ったね」そう優しく声をかけられて、目頭がグッと熱くなる。
そこではじめて自分が泣いていることに気づいたが、涙を止めることができずに次々に流れていく。
「ぐすっ……ごめん、なさい!」
「いいんだよ。今まで我慢していた分、泣いてスッキリしていた方がいい」
「う……ふっ……」
「ここなら誰にも邪魔されない。アイツらにはもう絶対にマティルダは触れさせない」
ベンジャミンの逞しい腕が伸びて優しく引き寄せらる。
胸にしがみついて肩を揺らしながら子供のように思いきり泣いた。
ベンジャミンの「ここで一緒に暮らそう」という言葉にマティルダは勢いのまま頷いたのだった。




