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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愚かな『剣聖』と『王国』〜才能無しの少年は成り上がる〜

作者: るーれっと


 大陸北部に現れた『魔王軍』を名乗る勢力。

 『魔王軍』は大陸北部にある幾つもの国々を滅ぼし、人々は逃げ惑い、畑や家畜は奪われ、建物は滅茶苦茶に崩壊した。


 しかし勝利の女神は人類側についた。

 民を守護する王子として立ち上がった『勇者』

 王子の婚約者として癒しを与えた『聖女』

 田舎の街から神童として現れた『剣聖』

 膨大な魔法と知識で人々を導いた『賢者』


 この四人は数多の魔物を倒し、厄災に怯える人々を守った。魔王軍を指揮する魔族を次々に倒していき、魔王軍の最高指導者『魔王』を倒すまでに至る。


 『勇者』と『聖女』は世界中から祝福されながら結婚した。

 『剣聖』は故郷に戻り、田舎の村を国に変えた。

 『賢者』は豊富な知識で多種族をまとめ上げた。


 それぞれが守護した国は、荒れ果てた北部の大地を一変させた。

 腐った土地を農地に変え、汚染さえた水源を浄化し、崩壊した建造物を修復した。

 いずれ彼らが創った国は大陸の列強国と並び、既に魔王軍の被害は何処にも見当たらない。


 だがしかし、伝承に残る逸話には決して綺麗な話だけでは無い。

 数ある忘れ去られた古き伝承の一つに、

『剣聖と賢者の性格は正反対であり、非常に仲が悪かった』

という話がある。


 この逸話が後世にどの様な影響を与えるのか、まだ誰も知らない。




   ─*─*─*─




 『魔王』を倒し、世界を救った救世主の一人『剣聖』が建国した〈ルイン王国〉は、数百年の時を経て〈ルイン統一王国〉となった。

 王国では天界から守護する亡き『剣聖』を、唯一神イディオットとして祀る〈剣聖教〉を掲げている。

 その〈剣聖教〉の教会に、子爵家長男である少年レイはいた。


 今日は十二歳という成人を迎える記念日だった。

 成人となる12歳となったレイは、ずっと会っていない父親のゴードンからの命令で、都市中央にある教会へと来たのだ。


 父親のゴードンは〈ルイン統一王国〉の子爵家当主で、この辺境都市を収めており、レイはその長男である。

 しかしながら、母親は正妻ではなく平民なので次期当主にはならないし、本人も当主の座など狙っていなかった。

 

 そして大陸共通なのだが、成人の儀式の最後には神様から[天賦]と呼ばれる才能を授かる。

 

(お母さんを養えるくらいの有能な[天賦]が欲しいなぁ。神さま、どうかお願いします。僕に良い[天賦]を下さい!)


 教会の中央にある広間に、レイと同じ12歳の少年少女たちが集まる。

 教会の奥からやってきた〈剣聖教〉の神父は、錫杖を掲げながら主神イディオットに願う。


「我らを守護する剣神イディオット様、どうか国を支える若き者達へ[天賦]を与え給え」

 神父がそう言うと、背後にある主神イディオットの聖像が光り輝く。


「おおっ!感謝しますイディオット様、この中に珍しき『大剣豪』を持つ者がいるのですね!皆の者っ、[天賦]を確認しなされ!」


 少し興奮気味の神父の指示に従い、少年少女は列をなして[天賦]を確認出来る神水晶へと順番に手を置く。

 列で待っている間、少年レイはワクワクしていた。


(僕が『大剣豪』になったら、母さんも喜ぶかなぁ)


 そう考えていたレイだが、期待は外れる。

 前にいた少年、義理の弟であるギュードが『大剣豪』であったのである。

 ギュードは喜びのあまりはしゃぎ回り、周囲の神父も嬉しそうに祝福した。

 特に喜んだのは彼の両親で、父ゴードンとその正妻である義母ドロアだった。

 普段は大人しいゴードンも喜ぶ態度を全面に出しており、ギュードは幸せそうだった。


 そうして少し列が進み、遂に僕の番となった。

 緊張して手が震えながら、神水晶へと手を当てる。

 すると、ピシッ、と電流が流れた。

 急な刺激に思わず手を引っ込める。


「ぼ、僕の[天賦]は、どうでしたか?」

 

 レイは嫌な予感を感じ、恐る恐る神父へと聞いた。

 神父は少し表情は強張らせて口を開く。


「こ、これは…、少年よ、残念だがお主に[天賦]は無いようだ」


「……そ、そんなぁ」


(そんなことってあるの!で、でも[天賦]が無くても働けるはずだよね。才能に頼らずに仕事を頑張ろう)


 レイが絶望しつつも前向き生きようと心に決めた時、横から義理の弟ギュードがやって来た。


「フフっ、どうやら神様は適切な評価をしているようだなぁ、レイ。俺は最初からわかってたぜ、お前に()()()()()()()ことがな!ヘッヘッヘ!」


 ギュードはそう言ってレイの肩を遠慮なく叩く。

 レイとは違って、体格が大きかったギュードは力持ちで、レイは倒れて地面にお尻がついた。

 すると、神父と話し終えたゴードンがやって来て、ギュードは叱られると思ったのか、バツの悪そう表情をする。


「…レイ、[天賦]が無いとは本当なのか?」

 二人の父ゴードンはギュードに何も言わず、レイにそう問うた。


「……はい」

 その言葉にゴードンは顔を顰め、嫌そうにレイへと言葉を吐いた。


「…このまま歩いて領主邸まで来い、少し話がある」

 レイはこの言葉に嫌な予感がした。

 俯いたまま動じないレイを無視し、ゴードンは背を向けて教会を去ろうとする。帰ろうとする父親についていったギュードは、俯いたレイに対して捨て台詞を放つ。


「…お前が屋敷に来ると汚れるんだよ」

 見下した表情をレイに向けるが、俯くレイの視界には入らなかった。


 子爵家の家族を乗せる馬車が、馬の嘶きと共に出発する。

 それをレイは、目元を腫らして見つめていた。




   ─*─*─*─




「…ようやく来たか」

 子爵邸へと徒歩で向かったレイは結構な距離を歩いた末に、ようやく父ゴードンが居る部屋に到着した。


「お前は教会で剣神イディオット様から[天賦]を授からなかった。これは貴族社会でどう意味を為しているか、お前は知らないだろうから教えてやろう。天賦無しの烙印を押された者はな、主神が守護する民では無いことを意味する」


「…そ、それって!」


「つまりは〈ルイン統一王国〉の国民では無いということだ。よって、お前は〈ルイン統一帝国〉から出て行ってもらう。運が良いことに、ここは王国の国境に接している領地だ。隣国に渡るのも不可能な話では無い。これはお前の母親が持っていたお金だ。持っていけ」


 ゴードンから投げ渡されたのは、お金が入っている布袋だった。そこには確かに母親が縫った刺繍がある。


「母さんには何と言うのですか!? 僕は母さんにお別れの挨拶も出来ずに去れということですか!?」


「お前の母親は、既に死んだ」


 そのゴードンからの言葉に、レイは一瞬だけ父親の気を疑った。

 頭の中がグルグルと回り、レイの冷静さを溶かしていく。

 ゴードンに断りも入れずに、レイは子爵邸を飛び出した。

 

 息が足りなくても、レイは必死に走った。彼が一番大事にしていた母親を確認しに。息が切れ、ずっと走っていたレイの肉体は限界だった。


 そうして、レイは家の付近までやっと辿り着いた。


 そこで見た光景をレイは一生忘れないだろう。

 レイと母親が住んでいた一軒家は、天にまで届くような業火に包まれていた。


「母さんっ!!母さんっ!!」

 突然の火事を見に集まっていた住民を強引に押し抜けて、在るべき家に向かう。


 家周辺は、子爵家の私設騎士団によって封鎖されており、子供を通す雰囲気では無い様子である。

 それでも、レイの体は動いていた。


「どいてよッ!僕は、僕はッ!母さんを!」

「やめろ餓鬼!お前の母親らしき女性は死んだ!お前まで死んだら、お前の母親は喜ぶのか!頭を冷やすんだ!」


 鎧に包まれた騎士に捕まれたレイは暴れるが、騎士はなんとか自殺行為をしようとする少年を説得する。

 レイは徐々に鎮火する炎と一緒に、心を冷ましていった。

 唯一の家族を失った少年は自問自答する。


(なんで僕がこんな目に遭わないといけないんだッ!僕は何もしていないのに!僕と母さんが何をした!何を、何をしたんだって言うんだッ!)


 満月が雲に隠れる夜、炎も完全に鎮火されて、全てが燃え尽きた炭の山を見ながら少年は吼える。

 彼が背負う理不尽と世界の無情さに、彼は吼え続けた

 吐き出さなければ、彼の精神は既に壊れてしまうから。


 彼が握る布袋には、母親の愛情が寂しく残った。




   ─*─*─*─




「レイ様ァ!この度は有難う御座いました」


 そこは山奥の貧しい山村だった。

 村を去ろうとする青年に、精一杯の感謝を伝えたことを思い出す


(あれは確か五年前のことだった)


 突如として、山奥に潜んでいた龍が子供を見失った。

 この村には、子育て中の雌龍を絶対に刺激してはならない古い掟がある。

 しかし、その古き掟を知らない盗賊達は、龍が寝ている隙を狙って赤子の龍を奪ったのだ。

 古くから危険な山奥で村が存続できるのは、その龍が付近の魔物を狩るからであって、古くから村人は龍を守り神として崇めていた。


 しかし、どんなに人間が崇めようと、子を奪われた野生の龍からすれば顔の判別などつくはずも無い。

 奪った盗賊はすぐに蹂躙され、怒りが収まらない母龍は村を襲おうとした、筈だった。突如として現れた英雄であるレイ様が駆けつけてくれたのだ。

 彼は壮絶な戦いに勝利し、なんとか暴れる母龍を抑えることに成功した。


 それでも凄いことなのだが、人々が彼を語る時、その内容は必ず三つの逸話である。

 一つ目は『死霊王復活の阻止』

 二つ目は『邪龍殺し』

 三つ目は『剣姫との決勝』である。


 彼がまだ十六の時、冒険者になって一年目を迎えようとしていただったらしい。始まりは、彼がその時に拠点としていた魔導都市ベールで起きた事件である。


 魔導師ギルド協会から禁術指定されている魔導書を盗み出し、魔の森に逃げ込んだ元魔導師がいた。

 どうやら死者復活を目論んでいたらしく、死霊に関する禁書を持ち出して研究していたのだが、実験は失敗した。


 時間が経つにつれて、死者蘇生の可能性も見えなくなっていくのと同時に、騎士団による追跡にも追い詰められていた。そこで、何もかも怨んで自暴自棄になった元魔導師は、死霊の禁書に封印されていた古き魔族『死霊王ペスト』を復活させようとした。

 

 元魔導師を生贄とした『死霊王ペスト』が完全復活してしまいそうな時、まだ新人冒険者だったレイ様は駆けつけ、なんとか死霊王の復活を抑えたのだ。


 しかし、死霊王の一部は復活してしまった。彼は相手と壮絶な戦闘を繰り広げたらしいが、最後には仲間の協力もあって、元魔導師と『死霊王ペスト』の討伐に成功した。


 レイ様はその後、〈迷宮都市ジェリア〉に拠点を構えて、〈竜の大迷宮〉の最奥に居座る『邪龍』を討伐した。


 その功績をこの国〈カータウン魔導帝国〉の皇帝は喜び、彼を宮廷子爵として迎え入れた。この時、31代皇帝ジェルーマ4世は、彼をこう讃えたと言われている。


「邪龍をも屠る魔導術は、まるで我が先祖であり主神の『賢神クレバー』様の魔導を見ているかのようだ。その才能を、我が帝国で役立ててはくれないか?」


 魔導の寵児であった皇帝をも驚愕させるレイ様の魔導術は、帝国で随一と謳われ、遂に帝国最強を決める大会にまで出場することになった。


 圧倒的な彼の魔導術に、帝国中から集められた猛者達は抵抗も出来ずに倒れていく。そうして決勝まで登り詰めたレイ様は、『魔剣士』の[天賦]を持つ帝国最強の剣士である皇女『剣姫』エルザ様と勝負することとなる。


 一時間もの激しい戦闘に勝利したのはレイ様であった。

 そして優勝を勝ち取ったレイ様だったが、『剣姫』エルザ様が常に口にしていた

「私は自分よりも強い者としか結婚しない」

 ということを知らず、皇女エルザ様から求婚された。

 レイ様はそれを受けて、宮廷子爵から宮廷伯爵となる。

 彼は領地を持たないが、帝国の近衛騎士団長として類稀なる才能を活かすこととなった。


 これが巷で騒がれているレイ様の三つの逸話である。これらは伝説となって語り継がれるであろう。

 そして、この村を救った英雄としても。

 



   ー*ー*ー*ー




「皆の者、聞け。我が〈カータウン魔導帝国〉は、『賢者』クレバー様が建国した国を元に造られた。クレバー様はバラバラに争っていた多種族をまとめ上げ、どの人種でも平穏に暮らせる国を目指したのだ。その願いは叶い、我々は今もその平和を保ち続けている。しかしッ!その平穏を脅かそうとしている存在がいる。皆もわかるであろうが、その正体は〈ルイン統一王国〉である。奴らの蛮行を止めなければならない。よって今ここに、〈ルイン統一王国〉との戦争を宣言する!」


 豪奢な玉座から立ち上がり、魔導帝国の最高指導者である31代皇帝ジェルーマ4世は宣言をした。

 ここは魔導帝国の中央〈帝都カータウン〉であり、帝国貴族が集まる帝城にある玉座の間だ。

 広大な空間を持つ玉座の間ではあるが、隙間なく希少な美術品や工芸が飾られており、帝国一の職人が費用に気を遣わずに仕上げた帝国で一番高価な部屋となった。


 ここに居る貴族は国境を守護する辺境伯を除いて、全ての帝国貴族の当主が集結している。その中の一人、宮廷伯爵当主のレイは妻であるエルザと一緒に皇帝の後ろに立っていた。


 レイは成人を迎えた12歳の時から10年の歳月を迎えている。現在は22歳、近衛騎士団の中でも最高級の騎士鎧を装備するレイは、だいぶ背丈が伸びて、今ではガッチリとした体格で皇帝を守護していた。


 その隣に立つのは、数年前『剣姫』として帝民から支持された皇女エルザであり、今ではレイの正妻である。

 既に一人目の子供を出産しており、この度の戦争には参加しない。しかし、レイが伯爵邸に不在の為、元々住んでいた帝城で過ごす予定となっている。


「エルザ、今は少し離れてくれないか。僕は皇帝を護衛しなければいけないから…」

 少し困った表情をしながらも嬉しそうなレイに、エルザは頬に軽くキスをしてその場を離れる。

 

 後ろで待機する部下である近衛騎士から、微笑ましい視線を感じつつも、レイは恥ずかしくなりながら前を見続ける。


 戦争宣言が終わり、皇帝は既に決定されている役割を貴族に命令していく。二日前に各部門の最高責任者を集めて、戦争に関する計画を綿密に立てているので、この戦争宣言は全ての貴族は既に知っていた。しかし、やはり戦争は被害無い訳もないので、どの貴族当主も緊張した面持ちである。


 皇帝は仕事を終えると、玉座の間から退出する。 

 それに合わせて、格貴族家の当主は屋敷へと帰還し、参加する者は戦争の準備を始める。


 レイは戦争に参加するか決まっていないが、既に戦争に出向く準備は終わっている。

 何故なら、今回の戦争に向けて数年間もの時間をかけて準備をしていたからだ。


 皇帝が玉座の間から退出するということは、皇帝守護を第一とする近衛騎士もそれに付き添う。

 数人で皇帝を護衛し、皇帝が生活する部屋へと到着する。


「ドナーディア宮廷伯爵以外の近衛騎士は別の任務に戻りたまえ。ヴァルア伯爵とは話があるのでな」


 命令された近衛騎士は姿を消し、豪華な椅子にレイと皇帝は座る。本来はあり得ないことだが、皇帝からの信頼関係が厚いレイには許されている。


「お主、此度の戦争に何か並々ならぬ思いを持っているようだな。レイよ、我へ正直に答えてみよ」

 真剣な表情を崩さずに皇帝はレイへと問う。


「……遂にお話する時が来ましたか。では説明致しましょう。今回の〈ルイン統一王国〉との戦争で、王国側の出す戦力や人員は、暗部から入手済みなのはご存知かと思います。その情報の中に、カロッオ子爵家の参加が記されておりました」


「確か、…我が国境と隣接している王国貴族の一つだったか。それがどうしたと言うのだ?」

 皇帝は頭の片隅にある王国貴族を思い浮かべる。

 特に強力な戦力は持たず、辺境を守護する貴族家なら妥当な戦力だった筈。


「…、私はカロッオ子爵家の元長男でありました」

 少し表情を歪めながらレイはそう語った。


「なんだとッ!」

 皇帝の瞼はこれでもかと言う程に開き、レイの目をジッと見つめる。


「安心してください皇帝陛下、それは既に十年前の話であります。私は父親であった当時のカロッオ子爵家当主に国外追放を言い渡されましたので、王国貴族に籍を入れることは不可能です」


「では何故、お主は追放されたのであろうか」

 皇帝は当然の疑問に行き着いた。


 帝国に潜んでいた脅威をいくつも消滅させる魔導術の才能、帝国民からの支持も熱い性格、残してきた数々の逸話、それがどうしたら国外追放されるのか。皇帝は不思議でならなかった。


「私は帝国の教会で洗礼を受けた時、『大魔導師』の[天賦]を授かり、それを活かして冒険者になりましたが、〈ルイン統一王国〉で洗礼を受けた時、[天賦]は表示されなかったのです」


「…どういうことだ」


「わかりません。しかし十年もの間、私はこの現象について調べていました。そこで一番有力な説がですね…」


「渋らずに早く言わぬか」


 興味深そうに焦る皇帝に、レイは少し苦笑いする。


「ええ、私が考えた一番有力な説は、数百年前の『魔王討伐伝説』でございます。帝城の書庫で資料を調べていたのですが、どうやら王国を建国した『剣聖』と、帝国の祖である『賢者クレバー』様は非常に仲が悪かったそうな」


「ああ、それは間違いない。『賢者』様は『剣聖』の計画性がない行動を批判していたが、『剣聖』は『賢者』様の理論気質を嫌っていた。その事実は、今では殆ど忘れ去られておるが、建国当時は有名な話だったらしい」


「はい、そこで私はその関係性を基に考えました。『賢者』様は、ただ無計画な蛮行を嫌っているだけですが、『剣聖』は理論気質な人物そのものを嫌っておられます。そして『賢者』様は多種族の神を尊重しながらも、『剣聖』は唯一神となりました。つまり、〈ルイン統一王国〉には『剣聖』しか神が居ないのです」


「まさかッ!…いや、そんなことがあるはずが…」


「お察しの通り、私の考察、それは『剣神』イディオットが魔法とは違って複雑な理論による力、魔導という『賢者』様が編み出した[天賦]を認めてないという推察です」


「………それが本当ならば、〈ルイン統一王国〉には魔導師は居ないということか?レイよ」


「ええ、私の仲間に調査してもらったところ、大陸中に広まっている魔導術は、〈ルイン統一王国〉に存在しませんでした。国民も魔導術の存在を知らない者が殆どだったと言います。極め付けは、王国諸侯の中には魔導術は邪悪な力だと考えている者もいるとのことです」


「それは、なんと…哀れな国であろうか」

 皇帝が呆れた表情で、隣国の王国を思う。


 『賢者』様が編み出した魔導術とは魔法とは違うが、素質がない者でも行使できる力である。

 勿論、レイのように[天賦]として才能を持つ者もいるが、誰でも理論を学べば行使できるという点があった。

 魔導術の理論は簡単ではないが、ある程度の教育環境さえ整えば、立派な戦闘員となることができる画期的な力だ。


 反対に魔法は、完全に才能依存な力である。

 さらに言えば、魔法は次世代へと感覚でしか教えられない点がある。

 『賢者』様は魔法の才能はあったのだが、理論的に魔法を研究した成果が魔導術なのである。

 魔導が無いとは即ち、隠れた戦力をドブに捨てているようなものだ。


「今までは交易をせずに過ごしていましたので、〈ルイン統一王国〉の情報は多く得られませんでしたが、今回の戦争を予定されたことで多くの情報を得ることが出来ました。感謝致します」


「いや、別に良いのだ。我々が仕掛けたわけでは無いのだからな。奴らは本当に馬鹿よなぁ、芳醇な土地に目を付けたのは良いが、あれは魔導術あっての芳醇な農地である。奴らが例え支配したとしても、ただの農地が手に入るだけだ。ワッハッハ!!!」


「フフッ」

 皇帝の豪快な笑いに、レイのくすりとつられて笑う。

 レイが皇帝を上司として支えようと思ったのは、このような豪快っぷりと冷静さである。


「それで、…お主が戦争に参加したい動機とは、復讐であるか?」

 皇帝の笑いも収まり、真剣な表情へと戻ると、レイへと質問した。


「いえ、半分はそうですが、半分は違います。私にとって彼奴は虫も同然、気にしようと思わなければ良い話です。しかし、彼らは私を子爵家の一員であったことを知っています」


 そこで、皇帝はピクリと眉を上げる。

「…成る程、口封じというわけか。………むぅ、ならば良し!お主の参加動機は認めよう。レイが元々王国貴族であったことを知られると面倒な事になる。お主は既に義理の息子であるからな。其方が危険になるという事は、我が娘のエルザも危険に晒されてしまう」


「有り難き幸せ」

 レイは椅子から立ち上がり、騎士の姿勢を取った。


「うむ」

 皇帝はそう言って夕日が照らす赤い窓を見た。




   ─*─*─*─




 王国と帝国の国境は少々大きめな平原である。

 そこでは、〈ルイン統一王国〉と〈カータウン魔導帝国〉が誇る二つの軍事力が衝突しようとしていた。

 それを横から眺める様にして、小さな林に隠れているのは『大魔導師』と呼ばれるレイである。


「やはり……、王国側に魔導師の気配は無いか。それに魔法使いの人数も少ない。それに、何故か異様に剣士が多いな。これも〈剣聖教〉の影響ならば、本当に害悪な宗教だな」


 少し苛立ちも含んだ言動が目立つレイだったが、それも仕方ない。〈剣聖教〉の教会に向かったことをキッカケに、レイにとって最悪の出来事が連発したのだから。

 レイは木陰に隠れながら、自身も役割を果たそうとしていた。

 

「おや、そろそろ開戦しそうだな。」

 平原に整列する王国騎士たちの殺気が高まった気がした。

 宣戦布告をしたのは〈ルイン統一帝国〉である為、王国側の騎士達が攻めるようだ。


 攻撃開始の合図であろう巨大な破裂音が聞こえた。おそらく魔法の一種だろう。

 情報によれば〈ルイン統一王国〉の兵数は全部で1万いるが、騎士が9割も占める。それに対して〈カータウン魔導帝国〉は兵数が8000しか居ないが、半分程が魔導士か魔法使いである。

 

 王国騎士が前に盾を構え、攻めの突撃を仕掛ける。

 それを見た帝国側は、前線を引いて退却した。


 〈ルイン統一帝国〉側は、それを自分達に怯えているとかんちがいしたのか、整列を少しだけ乱しながら帝国側へ脚を進める。

 王国の前線が上がり、ルイは待ってましたと立ち上がる。


「ふぅ、やるか」

 レイは魔導術を行使する為に、平原に脚を踏み入れて目を凝らす。それは、魔導術を行使する位置をしっかりと見極める為である。


「第九階梯 大地・火炎複合魔導術【憤怒の天変地異】!」


 彼が半分以上の魔力を消費して行使した魔導術は、『魔王討伐伝説』にも登場する大魔法を模した魔導術である。

 最小の第1階梯から、最大規模の第10階梯ある魔導術の中で、上から二番目の第9階梯魔導術を、レイは行使したのだ。


 一部の王国の騎士は気付く。上空に巨大な魔法陣が描かれていることを。

 〈ルイン統一王国〉の人々は魔法陣というものを見た事が無かった。何故ならば教育に魔導術が含まれていなかったからだ。

 少し時間が経つと、他の王国騎士も魔法陣に気付き上を見上げる。

 多くの視線が魔法陣に集まり、その正体を知る。


 魔法陣から出てきたのは、山に見えるくらいの巨大な隕石だった。

 天空に広がる魔法陣を埋め尽くすほどの隕石は、大きめ平原に巨大な影をうつす。


 正体を知った王国騎士は自陣へと退散しようと走り出す。


「…もう、遅い。…ま、魔導術の力を思い知れ」

 大量の魔力消費よる疲労感にレイは襲われるが、やり切ったという満足した表情でそう呟く。


 巨大な炎を纏う隕石が落ちると、そこはすでに地獄であった。

 圧倒的な質量に潰された者、落下時に広がる炎の絨毯によって焼き尽くされた者、逃げ惑う仲間に踏みつけられた者など、正真正銘の地獄絵図だ。


「ハハ、これじゃあ、地獄行きは確定かな」

 目の前の大量虐殺に、レイは少し怯える。


 けれども侵攻して来たのは〈ルイン統一王国〉である。

 レイも妻子を持つ親となったのである。自身の幸せを害する存在は決して許さない。

 それは母を失ったレイの掟であった。


 この後、戦意喪失した王国の騎士たちは、帝国騎士の猛攻に耐えきれず捕まった。


 後ろで控えていた貴族達も、背後に潜伏していた騎士たちに捕縛され、〈カータウン魔導帝国〉の圧倒的勝利で締め括られる。




   ─*─*─*─




「………お前はッ!何故、お前がここに居るッ!」

 牢屋で言葉を荒げたのは、王国子爵家当主であるギュード・レェ・カオッロだった。

 鎖に両手足を繋がれた『大剣豪』の前には、追放されて死亡したと思われていた義理の兄レイでがいる。


「久しぶりだな、ギュード。驚いたよ、お前のような屑がもう当主になっているとは。王国貴族は随分と楽な仕事なんだな」

 相手を蔑むような口調で、レイはギュードへと悪意ある言葉を放つ。


「黙れッ!この『天賦無し』め。お前のような穢らわしい血が混ざった者など、視界に入れたく無いッ!」

 歯を食い縛り、レイへ憎悪の視線をむけるギュード。

 しかし、レイはギュードの放った言葉を聞いて笑う。


「ハッハッハッ!俺が『天賦無し』だって?アレはお前らが崇める愚かな神の嘘だ」


「馬鹿を言うなッ!『剣神』イディオット様を馬鹿にするな!イディオット様こそ、世界に君臨する唯一神であるんだ!お前らが信仰する『邪神』などとるに足らぬわッ!」


 ギュードは『剣神』から『大剣豪』という特別な[天賦]を授かったせいか、王国貴族の中でも特に信仰が厚いのである。彼は自身が崇める神を侮辱されたことに怒る。


 ───バンッ!!


「黙るのはお前だ、自分がなんでも知っていると思い込む愚か者が。お前が信じる神は、自分が気に入らない[天賦]を授けない馬鹿な神もどきでしかない。まぁ、お前にこれ以上言っても変わらないと思うが」

 少し呆れた表情でレイは鎖に繋がれたギュードを見る。


「それと、次に母さんを穢れているなんて言ってみろ。お前の知っている者、全員を殺すからなッ!平原で見せたようにな」

 凄まじいレイの殺気に、ギュードは驚く。


「ま、まさか、お前があの魔法を落としたのか」

 ギュードは少し怯えた表情になる。

 なんせ、彼の前で大量の騎士が虐殺されたことを思い出したからだ。その中には、もちろんカオッロ子爵家に仕えていた騎士も含まれる。


「フッ、あれは魔法ではない。魔導術だ」

 何故か自信満々に告げるレイに、ギュードの顔は絶望に染まった。


「それと…、お前に言っておく。よく聞けギュード、俺が子爵家にいたことを知る者は全て殺される。既に帝国の暗部が子爵領に向かっている。お前の母親も、父親も、もちろんお前もだ、ギュード。自分がした事を後悔しながら死ぬがいい」


 突然の処刑宣言に呆然とするギュードだったが、レイはそれを無視して牢獄から去っていった。




   ー*ー*ー*ー

 

 

 

 秘密裏でカオッロ子爵家の暗殺が完了し、レイを縛る存在は居なくなった。


 今回の戦争を機に、〈カータウン魔導帝国〉は〈ルイン統一王国〉の領土へと侵攻を開始する。

 レイは参加しないが、魔道帝国が誇る『大魔導士』はまだ数人いる。彼らの圧倒的な魔導術によって王国が塵と化している未来は既に確定事項だ。


 今回の戦争で、大陸の勢力図は変わる。

 これがどう影響するのかは、誰もわからない。


 しかし、少なくともレイにとっては最上の結果であったことは間違いない。

 帝都の屋敷で家族と暮らすレイは幸せそうな表情をしている。彼の第一子である娘の手には、亡き母が残した布袋があった。

 

 夕日が沈んだ後、帝国の夜には世界を照らす満月が顔を見せているのだった。



 



 




 

 

 



読んで頂き、誠に有難う御座います。

是非、面白いと感じた方は高評価と感想をお願いします!


*この作品の元となった名称の由来↓


『ルイン』  →『ruin』:英語で破滅という意味。

『カータウン』→『カウンター』:反撃する。

『カオッロ』 →ッを抜いて並べ替えると『愚か』

『イディオット』→『idiot』:英語で愚か者という意味。

『クレバー』  →『clever』:英語で頭が良いという意味

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