(09)身勝手な思い ~selfish~
「ふふ、どうだい? ボクの力――」
ムーヴが放った砲弾による煙が収まっていく。
近距離からの砲撃に、理学室にいる生徒はシュウの身を案じていた。
しかし、煙が落ち着いたところでムーヴは首を傾げた。
「そんな……」
シュウは無事だった。体に傷1つない。
シュウの背後にも、砲弾の跡は一切無い。
シュウの手の前には白い、六芒星の魔法陣――
中心からは、煙が上がっている。
魔法陣は、砲弾とその爆発のすべてを受け止めていた。
シュウは、白く光る瞳でムーヴを見据える。
「な、なんだその魔法っ!」
ムーヴは、警戒して廊下まで後ずさる。
そして、地面の大きな瓦礫をいくつも魔法で持ち上げ、そのすべてをシュウに向かって放つ。
シュウは、放たれた瓦礫すべてを白い魔法陣で受け止め、魔法陣ごと部屋の大きな窓に向かって受け流す。
<きゃーっ!!>
窓が割れる音で生徒たちは、また叫び声を上げる。
瓦礫が外に放り出され、魔法陣は窓の外に浮かんで止まった。
シュウは、叫び声よりも大きな声で叫んだ。
「全員乗れえぇーっ!」
白い魔法陣はそのサイズを大きくし、その場の全員が余裕で乗れるまでに大きく広がった。
場は静まり返り、生徒たちが窓の外の魔法陣を眺める。
「急げっ!」
見慣れない魔法陣で乗れるのか心配な生徒たち――
先生は先陣を切って魔法陣に飛び乗り、部屋の中に手を伸ばす。
「さあみんな、ひとりずつ来て!」
先生の案内で生徒が1人1人乗り込んでいく。
「勝手なことしないでよ!」
窓の外に集中していたシュウに向かい、ムーヴは再び瓦礫を放つ。放れた直後、その瓦礫は階段の方から飛んできた破片に弾かれた。
シュウもムーヴも階段の方に目をやると、リンがロッドと魔法陣を構えて立っていた。
「リン!」
「シュウくん! だいじょうぶ?!」
「キミたちは……っ!」
先生の落ち着いた案内で生徒全員が魔法陣に乗り込めた。
「先生! みんな! 落ちないように――」
「ちょっと、あなたは?!」
シュウは、応えること無く魔法陣を校舎1階まで降ろす。全員が心配そうにシュウを見つめていたがすぐに見えなくなる。
そして魔法陣が降りきったことを感じ、魔法を解いた。
シュウの瞳は黒く戻り、反動で頭が回って体勢を崩す。
「シュウくん!」
「だい、じょうぶ……」
頭を押さえながら、何とか持ちこたえる。
意識も徐々にはっきりしてきた。
ムーヴは、哀しいような悔しいような表情で一部始終を眺めていた。
「なんてことしてくれるんだ、せっかくのボクの計画を――」
「投降しなさい!」
廊下のリンと反対側――
エリスも現場に到着し、ロッドを構え、ムーヴに向ける。
「人質は無事なようね、観念するのよ」
「ふんっ……」
ムーヴは3人に囲まれるも、観念することなく笑みを浮かべる。
「何がおかしいの?」
「学園一の魔法使いまで来てくれるなんて、嬉しくてさ」
「もういいわね。言いたいことは後にして」
「それに、人質ならキミたちがいるじゃないか!」
「あなたこの状況でよく――」
ムーヴは人差し指で天井を強く指し、エリスを黙らせる。
「この学園の天井、壁、いたるところに爆弾を仕掛けてる。一斉に爆発させればボクも、キミたちも、学園もろともオシマイだね。ああ、それもいいかもなあ」
「それは、確かなの……?」
エリスは、事実確認のためシュウとリンを交互に見やる。
シュウは、ゆっくりと頷いた。
「変形痕が落ちてた。恐らく爆弾を作ったあとだろうって……」
「わたしの魔法でも確認したの」
「さあ分かっただろ? 自分たちが人質だって」
エリスは、ロッドの構えは崩さずに警戒心を高める。
「人質が減ったのは残念だけど、君たちが来てくれたのは好都合だよ。ボクのお願いも通りやすくなる」
「このままだと、すぐに魔法軍が来るわよ」
「そしたらみんなで下敷きになるだけさ」
シュウにも焦りが見える。
ムーヴに一番近いのはシュウだ。
エリスとリンでは、ムーヴまでの距離が遠すぎる。遠くから仕掛けても爆発を起こされる危険性が高い。
シュウが魔法を使えていれば、あるいはとっくに捕まえられていたのかもしれない。
しかし、魔法はまだまだ未熟だし、まだ気分も悪い。どうにかして素手で捕まえるしかなかった。
とにかく、会話でもなんでも隙をつくる必要がある。それはエリスもリンも同感だった。
エリスは会話を続ける。
「爆弾はロッドを変形させたのね」
「そうさ、それに時限式の≪衝撃魔術≫も仕掛けてある。時間を稼いだところでこの学園は終わりさ」
「ただのロッドから爆弾なんて、とても精密な魔法が必要だし、大量ともなればそれだけ大きな魔力がいる。そんなこと、とてもあなたのような一般生には――」
「また一般生か!」
ムーヴは、突然激昂する。
シュウはそのときを逃さなかった。
ムーヴに向かって走り出し、一気に距離を詰める。
「反省しろ!」
シュウは、拳をムーヴに振りかざす。
だが、あと少しのところでムーヴは≪防壁≫を繰り出してきた。
拳は≪防壁≫に思い切りぶつかり、鈍い音が全身に鳴り響く。
「――ぃってえっぇぇっ!」
「どうしてそんなにボクの邪魔をする!」
ムーヴはシュウから距離を取り、近くの瓦礫をガムシャラに放つ。
「間違ってるからに決まってるだろ!」
ギリギリで瓦礫を避けながら、シュウは再びムーヴに距離を詰める。
「ボクのなにが間違ってるんだ!」
「やり方だっ!」
再び殴りかかるが、当然のごとく≪防壁≫が行く手を阻む。
シュウは、それを見越して≪防壁≫を掴み、体を宙に上げる。
そのまま一回転してムーヴの上から襲い掛かった。
「ボクはなにも間違ってない!」
ムーヴは自身の頭上にも≪防壁≫を繰り出すが、シュウはそれよりも早くムーヴの目の前に降り立つ。
そして、すぐさまムーヴのお腹めがけて飛び込んだ――
「甘いよキミたち」
シュウの眼前に、小さな白い球が2、3落ちてきた。
シュウは、危険を感じて顔を腕で覆う。
同時に、白い球が一斉に爆発する。
「――うぐっ!」
爆発はシュウの体のいたるところに及び、爆風がシュウの体を吹き飛ばす。
「そんな! シュウくん!」
リンは、倒れたシュウのもとに急いで駆け寄った。
胸部から腹部にかけて制服の上着が破け、手で押さえている腹部のあたりは、シャツに血が滲んでいる。
傷口付近に手をかざし≪治癒魔術≫を施すが、リンの力ではあまり効果が期待できない。
「いい加減にしなさい!」
すかさずエリスも加勢しようと走り出す。
しかし、エリスにも白い球――ロッドを丸く変形させた爆弾が迫る。
「甘いんだよキミたち!」
≪防壁≫で白い球の爆発を防ぐも、ムーヴからは矢継ぎ早に白い球が放たれる。エリスは、その対処に精いっぱいで距離を詰めれずにいた。
シュウは、上体を持ち上げる。
「どうしたの? だめだよ無理しちゃ」
「リン、頼みがある」
エリスがムーヴの気を引いている間、リンに頼みごとを伝える。
リンは、小さく頷いた。
「分かったけど、ホントに平気なの?」
「ああ、やれるだけやるさ」
ムーヴの爆撃は続く。
エリスは、防御しながらムーヴの声に耳を傾ける。
「こんぐらいしなきゃ世界はなにも変わらない! 上にいる奴らはボクたちの努力を、苦労を、ボクたち弱者のことをなにも知らない、分かってないんだ!」
「そんなことないわ、きっとあなたのことを見ている人だって――」
「見ているだけじゃないか!」
今までより大きめの爆撃がエリスを襲う。
体は後ろにのけ反りながら、爆撃をギリギリで防ぐ。
そして、ムーヴの爆撃が止んだ。ムーヴにも疲れの色が見える。
怒りか悲しさか、虚しさか――
顔には涙が零れている。
「後ろを振り返るだけでなにもしてくれない。どれだけ努力しても追いつけない。誰も、なにも分かってくれない……」
「働いたことはあるか?」
「え?」
ムーヴが振り返ったその先、リンに助けられながらシュウは立ち上がる。≪治癒≫のおかげもあって血は止まっていた。でも、痛みは収まっていない。
傷口を抑えながら、シュウは真っ直ぐムーヴを見据える。
「――ガキだからってコキ使われた挙げ句、お金も貰えなかったことはあるか?」
フラフラになりながらリンから離れ、ムーヴに一歩ずつ近づく。
ムーヴは、警戒して後ずさる。
「――やっとの思いで稼いだお金を怪しい金だと言われ、ボコボコに殴られながら軍人に奪われたことはあるか?」
ムーヴから視線をそらさず、また一歩近づく。
エリスとリンは、心配そうにシュウを見つめる。
「――姉の職場のストーカーはお偉い魔法使いだった。結局は名誉毀損で訴えられ、仕事もやめさせられた」
「き、キミはさっきから何を――」
「不幸自慢なら、いくらでもできるぞ」
シュウはピタッと足を止め、ムーヴの顔を指差した。
「俺だけじゃない、もっと大変な思いをしている人がいっぱいいるんだ! それでもみんな必死に生きてんだ!」
「だからさっきからなにが言いたい!」
「お前がいくら立派な主張しようと、必死に生きてる他人を傷つけていい理由にはならない!」
両腕を大きく振りかぶる。
野球の投球フォームを真似てみる。
「みんな力と勇気がないだけだ。だからボクが代わりに立ち上がった。ある程度の犠牲は必要だ!」
「違う、みんな自分のことで精一杯なんだ。お前のことなんて知ったこっちゃないし勝手に巻き込むな!」
「そんなはず……」
「それに、お前は分かってるのか? 自分のこと」
「ボクの、こと……?」
息を大きく吸って、腕を下ろすと同時に左足を大きく上げる。
「な、なにを……」
「よーく思い出してみるんだ、お前がどうして魔法使いになろうと思ったのか――」
あとは振り子のように足を振り下ろし、合わせて肩をぶん回す――
「これでも喰らってな!」
シュウは、美術の先生から預かっていたトロフィーを、ムーヴに向かって全身全霊の力でぶん投げた。
「そんなの届くわけ無いだろ!」
距離にも無理があるし、届いたところで威力は知れた。
ムーヴは、投げられたトロフィーに向かって白い球を放つ。
「とどけえぇえ!」
シュウは、全身全霊を込めて集中する。
トロフィーを投げてからわずかの間で唱え、集中する。
すると、トロフィーに白い球がぶつかりそうになった瞬間――
トロフィーの前に、緑色に輝く≪相転魔術≫の魔法陣が出現する。
トロフィーは魔法陣の中に吸い込まれ、白い球は魔法陣にぶつかって爆発した。
ムーヴは、状況を把握できなかった。
「おりゃぁああぁっ!」
いつの間にかムーヴの頭のすぐ後ろにも≪相転≫の魔法陣が出現する。
そしてシュウの叫び声と同時に、トロフィーは投げた勢いそのままに、魔法陣からムーヴの頭目掛けて飛び出した。
「ぬあっ!」
ぶつかった、というより刺さったに近い。
トロフィーがムーヴの頭に直撃し、ムーヴの体がよろける。
「――リン、頼む!」
「うん!」
頼まれていた通り、シュウの足元に≪防壁≫と≪衝撃≫の魔法陣を張る。
浮遊魔法の要領で横に飛び跳ね、ムーヴまで一気に距離を詰める。
「オマケだっ!」
飛び跳ねた勢いそのままに、ムーヴ目掛けて拳をぶち込む。
後ろに飛ぶムーヴ――
途中、自分と同じに宙を舞うトロフィーが目に入る。
――あれは、たしか去年の……
過去の思い出がよみがえる――
ムーヴの体は、そのまま背中から倒れ込んだ。