(06)魔法学の教え ~technique~
放課後、待ち望んでいた放課後――
シュウは校内の清掃を中断し、作業服を着の身着のままでグラウンドへと躍り出る。最後の授業が終わって1時間以上経過していた。
グラウンドには、数人の生徒が残っている。
魔法学専門と言うこともあって部活動自体はそこまで活発ではないようだ。残っている生徒は友達と談笑しながら遊び半分で練習している。そこにはリンとその友達の姿もあった。
2人とも体育の授業では見ないスタイリッシュなスポーツウェアに身を包んでいる。友達が先にシュウに気づき、リンの肩をポンポン叩く。
「リン、カレシ来てるよ」
「もうルヴィ! 彼氏じゃないってば!」
リンは、恥ずかしがりながら小走りで近づいてくる。
ルヴィは、イヤらしい笑顔で手を振っていた。
「ま、待たせちゃったかな?」
「いま来たとこだよ。遅くなってごめん」
「掃除は終わったの?」
シュウの作業着姿を見て心配しているようだ。
「途中なんだけどさ。急がなきゃと思って来ちゃった。早く会いたかったし」
「そ、そんなの気にしなくていいのに……」
急いできてくれたことが嬉しいのか、リンは頬を赤らめる。
「そっちこそ、部活は平気なのか?」
「うん、もともと今日は顔出すだけの予定だったから……」
他の生徒の邪魔にならないよう、シュウたちは人がいないグラウンドの隅に移動する。
「今のルヴィって子? 一般クラスだよな」
「そうだけど?」
「なんか、羨ましいっていうかさ……」
昼間、男子生徒に無視されたことを思い出す。
リンは、いろいろ察してくれた。
「そうだよね。どうしても『壁』っていうのかな、へだたりがあるよね」
「かべ……」
「教室は一般クラスと離れてるし、なんで学費を払わないんだとか言う人も……それを直接言われるのがイヤだから、特進のみんなは部活をやってないんだと思う」
「え、みんなやってないのか?」
「うん、クラスで私だけだと思う」
てっきり部活は全員が入るものだと思っていた。
確かに掃除をしていて、特進クラスの生徒を放課後に見かけることは少ない。
「私も時間かかったなー、みんなに馴染むまで」
「どんな感じだったんだ?」
「最初は無視もされたし、なんでいるの?とか平気で言われたよ。でも、ルヴィが声かけてくれたんだ、一緒に練習しよって。それから徐々にみんなと仲良くなったなあ」
友達ができるには、きっかけが必要なのだろう。
あきらめず声をかけていれば、いつかきっと誰かが振り向いてくれるかもしれない。
リンのおかげで自信が出てくる。
「そもそもリンは、どうして部活に入ろうと思ったんだ」
「うーん、どうしてだろ……」
深く考え込むリン――
答えなんてないのかもしれないのに、それでも答えをひねり出してくれた。
「なんかイヤじゃん? そういうの」
「ずいぶんとアバウトだな」
「そんなことより時間ないよ! 早く!」
すっかり本題を忘れていた。もうすぐ日が落ちてしまう。
「さて、なにから教えようかな……」
何から話せばいいか悩んでいるようだった。シュウも何から聞けばいいか分からない。
「そもそもなんだけど、魔法ってなにか分かる?」
思いもよらない質問だった。というより考えたことも無かった。
「なんだろう、便利な裏技? 飛んだり跳ねたり、何でもできちゃう感じの……そういえばエリスに初めて会ったときは傷も治してたな。ほら、上にも――」
――ヴイィィィン
シュウとリンの遥か上――シュウが指差した先で、魔法陣をまとった監視ロボットが通り過ぎる。
「……なんでもできちゃったりは、しないんだけどね」
勝手に興奮するシュウに、リンは苦笑いしながらも優しく教える。
「魔法は6つの基礎魔術から成るの。それぞれの魔術で出せる魔法は違うし、6つ使えたからってなんでもできるわけじゃない」
「6つか……みんな6つ使えるのか?」
「ううん、みんなそれぞれ適性魔術ていうのがあってね。私はこれが得意、でもこの魔術は出せないっていうのがあるの」
「なるほど」
「中でも6種類すべての魔術を扱える人は限られてて、この学園で言えば……わたしが知ってる限りで4人、かな?」
「よ、よにん?!」
生徒も先生もたくさん見かける中、学園に4人しかいないとなると、魔法を一切心得ないシュウでもその凄さが分かる。
「誰が使えるんだ? おれが知ってる人?」
「うん、みんな会ってるね。マリー校長にアンナ副校長、あとはエリスちゃんと……」
やはりエリスは優秀な魔法使いだった。雰囲気から優秀なオーラがにじみ出ていた。
そしてもう1人――
「もうひとり、誰なんだ……」
生唾を飲んでリンの回答を待つ。
一向にリンは答えようとしない。チラチラと照れ臭そうにシュウを見ている口を開かない。
「……え? まさか」
「なんか自慢するみたいで恥ずかしい」
「んなっ、リンってそんな優秀だったのか!」
「なんだと思ってたのよー」
怒るリンだが、そんな優秀な人物にこんなにも簡単に魔法を、それも基礎中の基礎からレクチャーしてもらうのが恐縮だった。
気軽に話すことさえ、はばかれる。
リンはフフンと鼻を鳴らし、話を再開する。
「これでも成績はずっと2位をキープしてるんだよ。もちろん1位はずーっとエリスちゃんだけど」
「恐れ多くてございます」
「かまわぬ、かまわぬ」
シュウは改めて姿勢を正し、リンの話に集中する。
「魔法を出すには必要なものがあるの。それは、魔力に魔法陣、そして詠唱ね」
「まりょく?」
「魔力は人間の体内にも存在しているんだけど、男性は持っている魔力が少なくて、魔術に対する適性も低いって言われてるね」
魔法に性別差があるとは――
思えば、学園には男子生徒が少ない。特進クラスに至ってはシュウ以外に男子生徒は見当たらない。納得である。
「魔力って外から補えないのか?」
「シュウくん、いい質問ですね!」
「ありがとうございます!」
リンは、犬と遊ぶようにシュウの頭を撫でる。
「体内の魔力だけでも、人によっては小さい魔法を出せるんけど、強力な魔法を出すにはとても足りないの。その魔力を補うのがこれ――ロッドだよ」
リンは白くて細長い棒を取り出した。
模擬戦のときにも渡された棒だ。入学のときにも1本渡されていた。
「魔力が込められた特殊な鉱石で作られてて、これが術者――魔法を使う人の近くにあれば、その人の魔力を高めることができるし、これ自体に魔法をかけて変形させることもできるの」
「ふーん、便利な棒だなー」
リンから渡され、改めて持ってみるとその重さに驚いた。また、不思議と温かみを感じられる。
自分の中の何かが反応し、力が湧いてくる感じ――
――これがあれば、俺も……
「なんか悪いこと考えてない?」
「えっ?!」
リンが顔を近づけてくる。疑っている顔だった。
「いや、これがあれば……たとえばこれを体に埋め込んだりしたらさ、俺もスゴい魔法が使えるのかなーって」
「言っとくけど、魔力を無理に高める行為や手術は禁止されてるからね! どうして魔力や適性に個人差があるかちゃんと分かってないんだから」
「はい……」
リン曰く、特進クラスの生徒は全員ロッドを常備しているらしい。シュウはどこに置いたかも記憶が曖昧だった。
「それで、基本はロッドが近くにある状態で魔法陣を出す。魔法陣は魔術の種類によって色も模様も違って、出せる出せないが適性よって大きく変わってくるの」
「どうやって出すんだ?」
「頭でイメージして、空中なら空中に描く感じ。あとでやってみよっか」
できる気がしなかった。
「それで最後に詠唱――これも魔術によって言葉が変わるの。口に出す必要はないけど、唱えることで魔法が発動する」
「詠唱かあ」
「小さい魔法ならともかく、強力な魔法を出すためにはたくさんの詠唱が必要になるからね」
「模擬戦のときは何も言った覚えないけど」
「そうだね、模擬戦のとき――シュウくんが魔法を出したとき、ロッドも無ければ詠唱もしてないみたいだった。魔法陣だって、これから説明する6種類のどれにも当てはまらないの」
謎は深まるばかり、そもそもシュウには魔法を使った覚えすら無い。
「まあ魔法について勉強していけば何か思い出すかもしれないし、とりあえず続けるね!」
「お、おう」
リンは、元気に授業を続けてくれる。
「それじゃあ6つの魔術についてだね」
手を空中にかざす。
まるで本当の先生のようだ。シュウは、その手に集中した。
すぐにその手の前に、魔法陣が現れた。
トゲトゲしい模様、赤色の魔法陣――
「1つ目は≪衝撃魔術≫、魔法陣が向いてる方向に物理的な力を加えることができて、力の大きさは術師のコントロール次第――基礎魔術の中でも1番使える人が多くて簡単とされる魔術だけど、微妙な力加減とかすっごく大きな力を出せる人は限られてくるの」
「すっごく大きな力って?」
「そうだなー、例えばリオラちゃん――リオラちゃんなら1発で温泉が掘れるとおもうよ!」
全身が震え上がる。つくづく逆らわなくて良かったと安堵する。
次の魔法陣が現れる。
トランプのダイヤ模様、橙色の魔法陣――
「2つ目は≪防壁魔術≫、今日の授業でもあったけど魔法陣自体が衝撃を吸収する物理的な板になるの。壁にもなるし床にもなるし、ゆっくりなら動かすこともできる。硬さとか大きさは適性次第だけど、これも使える人が多いかな」
リンは、コンコンコンと魔法陣を叩く。
「実技の授業であったけど、この上に乗って、下から≪衝撃魔術≫で力を加えてあげれば空を自由に飛ぶこともできるんだよ」
「急に雨が降ってきたときは傘にもなるな!」
「あんまりその使い方する人はいないかな」
苦笑いするリン、気を遣わせてしまったようだ。
次に進む。
交差した十字の模様、黄色の魔法陣――
「3つ目は≪治癒魔術≫、魔法陣を向けた生体を細胞レベルで活性化させて、急速にケガを治したりするの。扱いが難しくて、私も出せるけど小さな傷しか治せないや」
「それ、エリスが使ってた魔法だ」
夜の街中で、淡く黄色に輝く魔法陣――美しかった。
「エリスちゃんのほうが上手かも……次いくね」
真ん丸の円が散りばめられた模様、緑色の魔法陣――
「4つ目は≪相転魔術≫、最低でも2つ以上出す必要があって、この魔法陣を通過した物体はもう一つの魔法陣から出てくるの」
シュウの頭の横にもう一つ魔法陣を出し、リンは一方の魔法陣に落ちていた小石を投げ入れる。
「――イテッ」
小石は、魔法陣に入ったと同時にもう一方の魔法陣から飛び出し、シュウの頭にぶつかった。
ぶつかってきた小石は、間違いなくリンが投げ入れた小石だった。
「瞬間移動みたいな?」
「そうだね。これも使えたとしても、移動先までの距離だったりは適性によって分かれてくるかな」
これぞいかにも便利な『魔法』という感じがした。
続いて――
4角形や5角形、いくつかの多角形で構成された模様、青色の魔法陣――
「5つ目は≪変形魔術≫、例えば――」
ロッドにその魔法陣を通過させ、あっと言う間に先っぽを動物の手のような形に変える。その手でシュウの頭をナデナデし出す。
「これはわたしが得意とする魔術でもあるの」
「みんなは使えるのか?」
「簡単なのだったら特進クラスの生徒は使えて当然、みたいな? でも特殊な形だったり、中身が空洞だったり、構造が複雑なモノに変えるには、適性もそうだし魔力もたくさん必要になるね」
「当然かあ……」
「まあゆっくりがんばろ! 次で最後ね――」
曲線と三角形で描かれた模様、紫色の魔法陣――
リンが今まで出した中で、1番小さい魔法陣だった。
「6つ目は≪波動魔術≫、基礎魔術の中でも最も使える人が少ない魔術なの。こればっかりは私も――」
特に何も起きないまま、魔法陣は収束して消えてしまう。
「なにができるんだ?」
「波動を起こしたり操作したりで色々できるんだけど、代表的なのはシュウくんが出してた――」
「ああ、覚えてないけど」
後から聞いた話では、シュウが出した波動は巨大な岩を木っ端微塵にし、模擬戦の会場をボロボロに崩すほどの威力だったらしい。とにかく強くて、使える人が少ないという理解で終わらせた。
「さあここまでが基本の魔術――果たしてシュウくんはどの魔術が適性でしょう!」
「どれか1つでも使えるといいんだけど」
「教科書は持ってきた?」
「いちおう……」
シュウは、作業着の背中から教科書を取り出す。魔術基礎――入学時に配られたが、特進クラスで今さら使うことは無いらしい。
「じゃあそれぞれの魔法陣の形をイメージしてみよう」
「急に言われても」
「いいのいいの!」
半ば強引に教科書を開かされ、動物の手が付いたロッドを握らされ、先ほど教えてもらった魔法陣1つ1つを頭の中でイメージしていく。
≪衝撃≫、≪防壁≫――と、目を閉じて必死に魔法陣の形と模様を思い浮かべ、空中に描くようイメージする。
しかし、何も起きずただ静かな時間だけが流れる。
「はい、じゃあ次!」
「もうダメかも……」
「あきらめない!」
熱心な先生の指導の下、4つ目の≪相転魔術≫をイメージする。
必死に頭で思い描く。
すると今までと違い、強い手応えを感じた。
ロッドを握った手に、熱いモノを感じる。イメージもしやすい。
「ふんぬぬぬ……っ!」
必死に力を込め集中する。そしてもっと大きい手応えを感じ、目を開ける。
その目の前、ロッドの少し前には、小さい小さい魔法陣が浮かんでいた。
緑色に淡く光っている。小さいが確かに魔法陣だ。
「リン先生……っ!」
感動ものだった。自分が魔法を出せるなんて思いもしなかった。リンの熱意の賜物である。
「はい次っ!」
感動に浸る間もなく、5つ目の魔法陣のイメージをやらされる。
結局、魔法陣を出せたのは≪相転魔術≫ただ1つであった。
「≪相転≫が適性魔術かあ……エリスちゃんと一緒だなあ」
「え?! エリスもなの?」
「……ずいぶん嬉しそうだね」
「え、いや、そういうわけじゃ――」
リンは、ジッと睨んでくる。
否定はしたものの、嬉しくないと言えばウソだ。恥ずかしかった。
「あの、それでこれからどうすれば」
「知らない! 勝手に練習すれば?」
「そんなあ。せんせーたのみますよー」
急にいじける先生、いくらゴマをすっても無駄だった。
というより、あとは練習あるのみだろう。今日で学んだことは大きい。ここからは自力で頑張っていくしかない。
自分が出した小さな魔方陣、ずっと眺めていると1つ疑問が沸いてきた。
「これ、人間の体も転送できるのか?」
「ああそっか、言い忘れてたね」
そっぽを向いていたリンが向き直る。
軽く質問したつもりだったが、大事なことらしい。
「魔法陣を出せない条件が3つあるの。1つは真空中――空気を含む何らかの媒介物質がある程度は無いと魔法陣は出せないの。空気が薄い場所だと魔法陣も薄くなっちゃう、ってことね」
「なるほど」
言葉は分からないが、なんとなく意味は分かった。
「それから、魔法陣に重ねて魔法陣を出すことはできないの。今日の講義で共鳴現象の話が出たの覚えてる?」
「うーん、なんとなく」
「魔法陣同士が重なることは無くて、もしぶつかっても反発しあうの。そうすると魔法陣を出した人もその反動を感じられるっていう現象なんだけど」
これもなんとなく――
とにかく実感がわかない。
「最後は生体に直接魔法陣を通すこと。これは理論上できるんだけど禁忌の魔法とされているの。もっとも生物の体みたいな複雑な物体は、どれだけ適性があっても魔法でどうこうは難しいかな」
「難しいっていうのは、魔法が効かないのか?」
「うん、というより魔法陣が通る前に消えちゃうね」
納得である。それに生物の形を変えたりなんてのは人徳に反する気がする。
「魔法も完璧じゃないってことだな」
「うん、そうだね」
いつの間にか、夕日も沈みそうな時間だった。
グラウンドにいる生徒もわずかで、リンの友達――ルヴィ姿も見当たらない。
2人はグラウンドをあとにして、一緒に歩き出した。
「そうだ、最後にひとつ――どうしても聞きたかったんだ」
「……?」
シュウはポケットから白いカタマリを取り出した。
「これ、何だかわかったりする?」
「なにこれ、変なかたち……」
リンは、グニャグニャに変形したカタマリを、触らずもじっくりと観察する。
しばらく見て、ふと何かを感じ取る。
「これ、たぶんロッド――」
「え? ロッド??」
「うん」
白いカタマリを手に取り、さらにじっくりと観察しながら話す。
「これ、やっぱりロッドだね。変形痕だよ」
「へんけいこん……」
「さっき説明した≪変形魔術≫――ロッドに限らずなんだけど、複雑な構造の形に変形したりすると、元の物質の余りだったり削れちゃったりした部分がカタマリになって出てくるの。それを変形痕ていうの」
「変形痕、か……」
シュウのイヤな予感はさらに増した。
まずは明日、落とし主に話を聞かなくては――
「どうしたのそれ?」
「ちょっと拾ったんだ。今度また話すよ」
「うん、わかったけど……」
リンは、心配そうにシュウを見つめる。
相談するのは、本人に確認してからでいいだろう。
家まで送ると話したが、学園の女子寮も校舎を出てすぐらしい。「また明日」と交わし、リンは更衣室へと去っていった。
再び白いカタマリをポケットから取り出し、見つめ直す。
見れば見るほど、胸騒ぎは大きくなった――