(01)一日の始まり ~prologue~
大都市ペンテグルス――
春過ぎの夜空が季節外れの肌寒さを誘う。
都心から離れた繁華街で、アルバイト終わりのシュウ・ハナミヤは歩道の縁石に腰掛ける。寒さから守るように怪我したネコを抱き寄せる。
自動車にはねられたか、血は広い範囲で滲み、見てられないほど痛々しかった。
「うう、さむいなぁ……」
ネコも思わぬ寒さで辛そうだ。
シュウもここまで冷え込むとは聞いていない。それに、ネコは天気予報を見れない。なるべくシュウの体温が伝わるよう抱え込む。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
ネコはみるみる衰弱していく。
街ゆく人々は、地面に座る小汚いシュウの姿を哀れに眺め、通り過ぎていく。それが悲しいわけでも、悔しいわけでもない。ただ、ネコのことが心配でならなかった。
「ごめんなあ……お金もないし、おれには何も――」
聞こえるか聞こえないか、か細い声で猫は鳴く。
どうすることもできず、ただ時間だけが過ぎてく――
「――みせて」
その声は、突然だった。
正面から女の子の声がした。
透き通った、綺麗な声――
驚いて顔を上げると、目の前には制服を着た女の子が心配そうに立っていた。
まっすぐなロングヘアに、透き通った顔立ち――
「ネコさん、怪我しているんでしょ」
「あ、ああ……うん」
ネコを抱えていた腕をそっと広げる。
女の子は、ネコの様子を真剣に見つめていた。
「何かに、ぶつかったみたいで」
後ろ足から下腹部にかけて血が滲んでいる。
何度見ても痛々しい。
寒いと思ってシュウが腕を閉じようとするが、女の子は静かにそれを制した。
「そのまま……まだ、平気だから」
女の子は制服の内側から、紋章が刻まれた白い棒を取り出した。
棒を両手で持ち、棒を支えたまま手を広げ、そっとネコにかざす。
そしてゆっくりと目を閉じ、シュウには聞こえない声で何かを唱え始める。
やがて手の前に、淡い黄色の光を放つ円陣が浮かぶ――
魔法陣だ。
「魔法……」
目の前で見るのは、初めてだった。
ネコの傷口がジワジワと閉じていく。
虚ろだったネコの瞳にも正気が戻っていく。
「……もう平気だと思う」
シュウは、ネコをゆっくり地面に置いてみた。
「――んにゃぁお」
ネコは、繁華街の路地裏に向かって一目散に走り去った。
「――じゃあ」
女の子は、その場を去ろうとする。
「あ、あの!」
シュウは、とっさに引き留めた。
振り返る女の子――とても美しかった。
上品な髪に上品な顔、上品な服装――
まるで住む世界が違っていた。
「……?」
「な、なまえ! なんですか……?」
女の子は、不思議そうな顔をする。
いきなり何を聞いているのだろう。
激しく後悔し、恥ずかしくなってくる。
そんなシュウの慌てふためく様子を見てか、女の子はクスッと笑みを浮かべた。
「エリスよ、エリス・カサンドラ」
「エリスさん……お、おれ、シュウって言います! シュウ・ハナミヤ――」
「シュウ……」
エリスはシュウの名前を聞き、思い当たる節でもあるのか、あごに手を当てて何かを思い出す。
それよりも、早くお礼を述べなくては――
「あの、ありがとうございました!」
「……ええ、ごきげんよう」
エリスは、今度こそ去ってしまう。
シュウはエリスの後ろ姿をジッと見つめ、しばらくその場に立ち尽くす。
「エリスさんかあ、きれいだったなあ……」
胸の高鳴りが止まらない。
アルバイトでの疲労がどこかへ吹き飛んでいた。
シュウは、意気揚々と自宅に帰っていった――