犯人さがしはやめようよ!
「それでは、第八回おままごと人形会議を始めます。議長は今回もわたくし、マナちゃんのパパがつとめますので、どうぞよろしく」
みいなちゃんがぐっすり眠っている深夜、おもちゃやぬいぐるみがしまわれている、暗い押し入れの中では、いつものように人形たちの会議が始まっていました。議長をつとめているのは、マナちゃん人形シリーズの、マナちゃんのパパです。
「さて、今日の議題は、『おままごと仲たがい事件の犯人は誰か?』です。今日はみいなちゃんのおともだちの、まいんちゃんが遊びに来ていて、おままごとをすることになりました。しかしいろいろなハプニングが重なり、まいんちゃんは怒って帰ってしまったのです。このようなことがないように、今日は誰が悪かったのかしっかり犯人をさがして、反省をしてもらいましょう。……では、まずは……」
マナちゃんのパパは、じまんのおひげ(もちろん作りものですが)をさわさわと手でなでながら、マナちゃんをじろりとにらみつけました。
「マナ、あなたはいつもわたくしのいいつけを守らないのですね。あれだけみいなちゃんに迷惑をかけないようにいっているのに、またまいんちゃんをけっとばしたでしょう?」
マナちゃんのパパは、マナちゃん人形シリーズの主役、マナちゃんをしかりつけました。しかし、マナちゃんはぷいっとそっぽをむいたまま、ふんと鼻を鳴らしたのです。
「だってあの子、あたしの髪を引っぱったり、らんぼうにあつかうんだもん。みいなもあたしをときどきらんぼうにあつかうけど、あのまいんって子は、いっつもあたしをドンドン床にぶつけたりして、頭にきたんだもん」
「それでつい、まいんちゃんの手をけっとばしたのですか? そんなことをして、わたくしたちが意志を持って動けることがバレてしまったら、どうするつもりなんですか?」
「知らないわよ、だいたい人形が動くなんて、人間たちが信じるもんですか! あたしがちょっとけっとばしたくらいで、あいつらが気づくはずないじゃないの!」
「うるっせぇなぁ、マナは。うるさくておいら、耳が痛くてかなわねぇぜ」
マナちゃんのパパとマナちゃんの口げんかに、耳が大きなゾウのぬいぐるみ、ミミーが割って入りました。
「ミミー、あなたもですよ。せっかくわたくしのタクシーの役をさずけてもらっていたというのに、どうしてわたくしを落っことしたんですか! あれでみいなちゃんとまいんちゃんがケンカになったんですから、やはりあなたが今回の『おままごと仲たがい事件』の犯人なんですよ!」
「なんだってぇ? なんでおいらが犯人なんだよ! だいたいおっさんがちゃんとおいらに乗ってなかったから、こうなったんでぃ! その手でおいらの耳をしっかりつかんでたら、落っこちたりしなかったってんだ!」
「なんですって! まったく、ミミー、あなたはなんにもわかっていませんね。わたくしがあそこで、あなたの耳をつかんでごらんなさい。それこそみいなちゃんもまいんちゃんも、わたくしのことを疑って、気味が悪い人形だと決めつけるでしょう。そうなればわたくしは捨てられてしまいます。マナちゃんはどうなるのですか? それにこの議会は?」
「べつにあたし、あんたがいなくったってかまわないわよ」
「マナちゃん!」
マナちゃんのパパとマナちゃん、そしてミミーまでもが口げんかを始めたので、押し入れはどんどん騒がしくなっていきます。
「うるさイルカ! 静かにしてほしイルカ!」
「んだとぉ、このイルカルカ! お前、みいなちゃんのお気に入りだからって、生意気だぞ!」
三人(?)の口げんかに、今度はイルカのぬいぐるみ、イルカルカが口を出してきたのです。
「へへーん、くやしイルカ? ミミーのことは、もうみいなちゃん、あんまりかわいがってなイルカもんねぇ。みいなちゃんの今のお気に入りは、このぼく、イルカルカになってルカルカ」
「ルカルカうるせぇぞ! ふん、どうせお前のことなんて、すぐに飽きて、またおれと遊んでくれるはずだぜ! そうだよな、みいなちゃん、おいらのこと、きらいになって捨てたりなんてしないよな……」
だんだんと自信がなくなってきたのでしょうか、ミミーの声が、少しずつ小さく、弱々しくなっていきます。さすがにいいすぎたと思ったのでしょうか、イルカルカがミミーにあわててあやまります。
「ごごご、ごめん、わルカったよ! ミミーのこと、忘れたりしてなイルカ! そうに決まってルカ!」
「……でもよぉ、最近みいなちゃん、おいらたちのこと、あんまり遊んでくれなくなってるんだぜ。今日だって、まいんちゃんがおままごとしたいっていうから、しぶしぶって感じで遊んでたし……」
ミミーの言葉に、だんだんとみんなの心配がふくらんでいくのでした。そんなくらい気持ちを吹き飛ばそうとしたのでしょうか、マナちゃんがわざと明るくいいはなったのです。
「それならいっそのこと、まいんちゃんのお人形になっちゃいましょうよ! あの子、あたしのことらんぼうにあつかうけど、忘れられるよりいいでしょ」
この発言には、さすがのみんなもカンカンでした。マナちゃんのパパが手をふりあげてどなります。
「マナ! お前はなんてことをいうんだ! こともあろうに、みいなちゃんのお人形じゃなくて、まいんちゃんのお人形になりたいなんて! そんなことを思っているから、みいなちゃんはわたくしたちと遊ばなくなったんだぞ!」
「なにいってんのよ、そんなの関係ないじゃないの! だいたいあんた、あたしのパパだとかなんとかいってるけど、この家にきたのはあたしよりずっとあとじゃないの! あたしの後輩ってことじゃないの! それなのにエラそうな口きいて!」
「それをいうなら一番おいらが古株だぞ! おいらはみいなちゃんが、年少さんのころからいっしょに遊んでたんだからな!」
「それでそんなにうすぎたなイルカ。お古のやつから捨てられルカ」
「なんだとぉ!」
もはや完全におさまりがつかなくなってしまい、押し入れの中はどんどん険悪な雰囲気に包まれていきます。いつ取っ組み合いのけんかが起きてもおかしくないといった状況で、「うぅーん」と、眠そうな声が聞こえてきました。
「あっ、まずいわ、みいなちゃんが起きちゃったのかしら?」
「うぅーん、違うよぉ……。あんたたちが起こしたのは、わたしだわよ」
おもちゃ箱の下のほうから、おばあちゃんのような声が聞こえてきます。ぽかんとしているみんなのもとへ、ずいぶんとほこりくさい、よごれた女の子のぬいぐるみが現れたのです。
「あんた、確か……ピコばぁか?」
「ミミー、よく覚えていたねぇ」
ピコばぁと呼ばれた、その女の子のぬいぐるみは、他のみんなをゆっくりと見まわしました。そして、ふぅっと疲れたようにため息をついたのです。
「わたしゃ、あんたたちがうらやましいよ。あんたたちは、人形やぬいぐるみのふりをしてたから、気づいてなかっただろうけど、みいなちゃんは、あんたたちを守ろうとしてまいんちゃんとけんかしたんだよ」
「えっ?」
みんなぽかんとしています。ピコばぁは、もう一度ため息をついて続けのたです。
「あんたたちのことを乱暴にあつかっていたから、みいなちゃんがまいんちゃんを注意したんじゃよ。それで口げんかになってしまって、まいんちゃんが帰ったんじゃ。だから『おままごと仲たがい事件』なんてもんの犯人がいるとしたら、それはまいんちゃんじゃよ。……もちろん、みいなちゃんは、まいんちゃんのことを犯人だなんて思っていないだろうけどね。あの子は昔から優しい子だから、今ごろまいんちゃんにひどいこといったのを、後悔しているんじゃないかね?」
ピコばぁの言葉は当たっていたようです。押し入れの戸の向こうから、ガサガサと音がして、スーッと押し入れの戸が開かれたのです。みいなちゃんが、泣きはらした目でおもちゃ箱を見ています。そして、その中からそっとピコばぁを抱きかかえたのです。
「……ピコちゃん、どうしよう。まいんちゃん、怒ってたわ。明日学校で会ったら、なんていってあやまればいいかなぁ……」
みいなちゃんに話しかけられたピコばぁは、驚いたことに、みいなちゃんに答えたのです。おもちゃ箱にいるみんなは、あっけにとられてしまいました。
「大丈夫、みいなちゃんがどうして怒ったか、まいんちゃんに素直に伝えたら、まいんちゃんもきっとわかってくれるわよ」
しかし、ぬいぐるみであるはずのピコばぁが答えたというのに、みいなちゃんは少しも不思議がる様子がありません。まるでずっと昔から、ピコばぁがしゃべれることを知っているかのように、みいなちゃんは続けてたずねました。
「……ホントに? でも、わかってくれなかったら?」
「わかるまで話して、お願いしなよ。みいなちゃんは、まいんちゃんもわたしたちも、どっちも大事なおともだちなんでしょう? 大事なおともだちなら、ちゃんと伝わるよ」
「……うん、ありがとう、ピコちゃん。今日はいっしょに寝てくれる?」
「もちろんよ。あ、でも、他のみんなともいっしょに眠るといいわ。みんな、『おままごと仲たがい事件』を心配していたのよ」
「えっ?『おままごと仲たがい事件』?」
「あ、なんでもないわ。ほら、みんなともいっしょにいてあげてね」
ピコばぁの言葉に、みいなちゃんはこっくりうなずきました。電気をつけて、押し入れからおもちゃたちをみんなベッドにならべます。そのあいだに、ミミーがこっそりピコばぁにたずねたのです。
「どうしてみいなちゃん、驚かないんだ? ピコばぁが、ぬいぐるみがしゃべったってのに」
「わたしゃずっと昔からみいなちゃんの友達だからね。みいなちゃんは、自分が裏声でしゃべってるって思ってるんだろうけど、本当はわたしがしゃべってるのさ。みいなちゃんが本当にいいたいこと、思っていることを、わたしゃよくわかっとるからね。だからああやって、たまに相談に乗ってあげているんだよ」
ふふふと笑うピコばぁと、それからベッドにびっしりならべられた他のおもちゃたちに、みいなちゃんがにこにこしながら声をかけました。
「みんな、今日はありがとう。わたし、がんばってまいんちゃんと仲直りするね。そしたら今度は、またみんなとおままごとして遊ぼうね」
おもちゃたちが「はーい」といったような気がして、みいなちゃんは幸せな気持ちで眠りにつくのでした。