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その音に誘われて

 今日もよく働いた。自分で自分を労い、スーパーで見つけた新作ジュースをお気に入りのマグカップに注ぐ。

 明日も仕事があるから遅くても日付が変わる前には寝ようとスマホのアラームをバイブで設定する。

 私には、好きなことをはじめると周りの音が聞こえないぐらい集中してしまう癖がある。だから時間を区切るときにはズボンのポケットにスマホを忍ばせておく。リミット時間を知らせる振動はまるで、嫁のように優しく私を気遣い、時の流れを知らせてくれるのだ。


「やるべき事はすべて終わっているね?」

 私はそう広くない部屋を見渡し、指差しながら確認する。入浴は済ませた。食器も洗った。部屋はちょっと散らかってるけど、大丈夫。死にはしないから許容範囲内。おっといけない、明日詰めるお弁当のご飯予約がまだだった。私は炊飯ボタンをポチリと押した。


「リミットまで3時間」

 時間を確認した私はどうやって過ごせば1番満足度が高いだろうかと悩む。趣味を楽しむ作業机の周辺にはDVD、CD、小説、漫画、作りかけのジオラマに、ゲーム。どれもこれも手を伸ばせば楽しいのだろうが……イマイチ決定打に欠ける。この難問を解くヒントはないかとさらに視線をさまよわせた。その視界の端に、数ページだけ読んだ資格取得用の問題集が。しかし、そんなもの、今の私には見えない。

 不意にスマホが震えた。まさか悩むだけで3時間も使ってしまったのかと焦って画面を確認する。見慣れた着信表示に遠慮なくため息をついた。


「おい、今、私は忙しい」

 通話ボタンを押すと同時にそれだけ言って切る。切られることを予見していたのだろう、間髪入れずに再び着信が鳴った。

「電話にでられるなら、仕事中じゃないだろ」

 電話越しでも、にんまり笑った友人の表情が浮かんでくるような声だった。

「で? 私の貴重な人生、その時間を浪費させるための電話かい?」

 私はわざと憎まれ口を叩く。電話の相手は幼なじみで、私が唯一私らしく振る舞える相手だ。


「浪費のない人生なんて元から送ってないだろうが。……いやさ、手紙届いたかなと思って」

 電話の向こうで笑いながら友人は言葉を切り返す。手紙と聞いて、私は郵便受けからそのまま紙袋に突っ込んだチラシの束を見やる。


「……手紙?」

 間が開いてしまったが、どうにか誤魔化せないかと言葉を紡いだ。


「……お前さぁ、またロクに内容確認せずに紙ゴミに突っ込んだんだろう」

 友人が見透かしたように言ってため息をついた。言葉を返せない間が、その推理が正解だと雄弁に物語る。

「中に、ふりかけ入れといたからさ。食べてよ」


「おぉ??」

 紙袋から友人の手紙を救い出して私は返事をした。

「スーパーに、お前の好きなふりかけがあったからさ」

 友人の言葉を聞きながら封を切った。なるほど、便箋が同封されているわけでもなく、ただふりかけがそこに鎮座していた。赤シソを乾燥させた代物で、全国どこでも買えるだろうと思われるものだった。

「なんでふりかけ?」

 別に私は、買い物に不自由してはいない。


「……なんとなく、送りたくなったから?」

 歯切れ悪く、友人が言う。私はちょっと笑って、

「袖の下なんか贈って来なくていいからさ。いつでも連絡してこいよ」

 と本心を返した。

「貴重な人生の浪費につきあってくれるのか?」

 珍しく気弱な友人の言葉に引っ掛かった。どうやら本当に話したいことあるらしいぞと見当を付ける。

「ええぞ」

 私は短く、しかしそれが本心であると伝わるように言葉にする。


 友人の話は30分程続いただろうか。一言でまとめるなら”社会人あるある”の愚痴の類であった。

「悪かったな」

 いくぶん声に明るさを取り戻した友人が改まって殊勝にそう閉めた。

 だから私は、「今度、おいしいものを奢れよ」と返しておく。その言葉を待っていたかのように炊き上がりの音が炊飯器から聞こえてきた。


「ちょっと、待て」

 私は振り返り炊飯器に近づいた。弁当を詰める為に朝の6時に予約したつもりが、普通に炊いてしまったらしい。

「おい、どうしたんだ?」

 心配そうな友人の声がスマホから聞こえた。


「いや、米が炊けた」

 私の返事に友人が「米ぇ?」と拍子抜けしたような反応を返す。考えるような間があって、友人が言葉を継いだ。

「ちょうどいいわ。おいしいもの、食べようか」と。


「いや、今からでかけるのはダルいわ」

 断る私の言葉を聞いて友人が言葉を付け足した。

「いや、出掛けない。お腹すいたんだろう?」


「……あぁ」

 本当は予約炊飯と間違ったのだと認めるのがシャクでそう返した。


「レトルトみそ汁常備してたろ?」

 友人が確認するように言いながら、後ろでガサガサと音をさせている。私はケトルでお湯を沸かしながらメニューを考えた。ふりかけご飯と、みそ汁か……。まだ作ってないのに出汁の香りを思い出した腹の虫が騒ぐ。

「ついでに、冷凍シャケ、出すかな。弁当用だけど」

 私が呟いたのを聞いた友人が、「え、ズルイ」と声を上げる。「こちとら、お前の急な飯テロに対抗して冷凍ご飯と温泉卵準備してるのに」と続けた。

 音声通話をビデオ通話に切り替えて私たちは手を合わせた。


 友人の机にはみそ汁と温泉卵と納豆、それにねぎとごまが散らされている。一方の私は炊きたてご飯とふりかけ、みそ汁、小ぶりのシャケ。


「朝食だな」友人が笑う。

「お互いにな」私は手を合わせながらアゴをくいっとやった。


「せっかくだから、食レポ風味でいきますか」手を合わせ、スプーンを持った友人は白ご飯の上でふるえる温泉卵を割ってとろりと黄身を露出させる。

「さぁ!この超高級温泉卵、選び抜かれたニワトリから1日1個しかとれない貴重なモノです!!その味は濃厚で、舌をコーティングするねっとりとしたまろやかさ。そのヴェールの下から顔を覗かせるのは納豆!その旨味が控えめな笑顔とともに現れます。さらにしゃきしゃきとしたネギが……」


「相変わらず良く回る口だことで」

 私は笑いながらみそ汁を一口飲んだ。喉元を通っていく温かさに体が冷えていたことを知る。


「まっ、スーパーで割引されてた温泉卵だけどな」

 いたずらっぽく友人は笑って、混ざりきってないそれを口に運んでいく。

「選び抜かれた……ねぇ?」

 私がシャケを箸で切りながら言う。


「残り物には福があるだろう?”買われない選手権で選び抜かれたもの”だよ」

 満足げに友人がどうだと言わんばかりの顔をした。

「モノは言いようだわ」


「ただの朝食セットが、言葉でおいしくなるなら儲けもんだろう」

 落ち込んでいた友人も腹が満ちるにつれ、いつもの調子が戻ってきた。

「へいへい」

 私がいなすように返事する頃にはお互いの器が空になっていた。


「いつもありがとうな」

 ごちそうさまと同じトーンで友人が言い、

「これで、おいしいもの奢るのチャラとかじゃないからな?」

 私は釘を刺した。


「ちぇ」

 ペロリと舌を出した友人はいつも通り何の憂いもなさそうにしている。が、ぎりぎりまでしんどさを吐露しないヤツだということも分かっている。


「お前ってさ、朝食みたいなヤツだな」私がそう言うと友人はキョトンとして首をかしげた。

「……いないと元気でないってことだよ言わせんな」


 一気にまくし立てた私の言葉に嬉しそうにする友人。嬉しいような、悔しいような気持ちで通話を終えた。

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