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ミゴさん(クトゥルフ神話より)

 そろそろ食欲の秋だなぁと思いながら公園のベンチに腰掛けた。平日の昼下がり、住宅街の小さな公園には誰もおらず、まるで世界から切り取られたような孤独を堪能する。いっそ、なにもかもを捨ててしまいたいなぁ。何か不幸が起きたわけでもないのに考えるのは、平凡な毎日をそれなりに生きているからだろう。


「そんなこと考えていたらミゴさんが来るぞ!」

 ちゃかすような、面白がるような声がした。目の前の植え込みから聞こえたような気がしてそちらを注意深く見る。だが、野良猫がこちらを警戒するように鋭い視線を向けてきているだけだった。


「まさか野良猫が喋るわけも無し」

 あえて声に出して否定した。そう簡単に不可思議なことが起きないのは知っている。それでも、もしかしたら猫が人の言葉で返事してくれるかもしれないと、期待したのだ。しかし、野良猫は警戒を緩め、眠りの姿勢をとっただけだった。

 声の主を探して辺りを見渡す。平日の昼下がり、人の姿はどこにもない。幻聴の類だろうか。そこまで疲れているつもりはないのだけれど。


「……まぁ、いいや。聞いてくれ」

 声の主はその姿を見つけてもらう事をあきらめたのか、語りはじめた。暇つぶしがてら、その声に耳を傾ける。

「衣食住を整える為に仕事をしているだろう?」


「……まぁ」

 我ながら、間の抜けた返事だと思うが、それで特に不満もない。職場と自宅をただ往復するだけの毎日。自ら能動的に動いて生活に彩りをつけようなどと思うほどの情熱も必然性も感じない。


「例えば……だ。肉体と精神を分離させて生きられるとしたら、衣食住は不用になると思わないか?」


「……幽体離脱とか?」

 オカルト話は嫌いではない。現実世界に当たり前のような顔で居座る不可思議な現象に触れてみたいと脳裏を過ぎる程度には。


「もっと物理的な話でさ、脳みそと体、分離させるんだよ」

 姿のない声の提案にツッコミを入れた。

「いや、それ、生きられないじゃん」


「できるんだよ。ミゴさんの手にかかれば。肉体は仮死状態で保存しておいて、脳みそを缶詰に。特別な装置のおかげでこうやって誰かと話すこともできる。相手との共感が高ければ心を読んだりもできる」


 その言葉で野良猫の前にある円柱の缶が目に付いた。猫より少し大きなサイズで、ラベルなどはなく、周囲に溶け込むような緑色をしている。立ち上がり、その缶に近づいた。野良猫は急に近づいてきた人間にビビったようにさっと逃げてしまった。自分の頭の外周を両手で計り、当て嵌めてみる。その缶は脳みそを詰めるのに最適なサイズに思えた。


「まっ、オススメはしないけどね。ミゴさんに飽きられたら、この通り。適当なところに不法投棄されてしまうから」


 思わず触れた缶は、まるで人の体温を思わせる程暖かい。


「まさかな」


「あぁ、信じなくても良いさ」


 缶から、返事が返ってきた。

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