あるコウモリとの出会い
「バナナひとふさ100円! 100円だよ! 今が食べ頃! 美味しいよ! さぁ、寄っといで!」
シャッターの目立つ商店街。
頭痛がしそうなほど元気な声が響いてきた。
めぐみは思わず声の方を見る。
頭にタオルを鉢巻きみたいに巻いたおじさんと目が合った。雑誌を丸めたメガフォンで呼び込みをしている。その額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
おじさんの膝下ぐらいの高さに陳列されたバナナ。
バナナ、あんまり好きじゃないしなとめぐみは思った。買わなくていいかな。
その結論を胸に立ち去ろうと一歩踏み出した。途端、おじさんが「安いよ! 安いよ!」と元気な呼び込みを再開した。めぐみが足を止めるとおじさんも呼び込みをやめる。
めぐみは目だけキョロキョロと動かして周囲を見渡した。めぐみの他に、通行人は見当たらない。
おじさんの「買え」という圧力はめぐみにだけ向けられているらしい。
「……ひとふさ、ください」
めぐみがため息と共に告げた言葉に
「まいどありぃ!」と嬉しそうなおじさんの声が返ってきた。同時に差し出されたバナナを受けとる。10本以上はあるだろうか?確かにこれが100円ならお買い得だろう。ただ、問題は……両手をふさぐほどの大きさだということ。
「袋ないですか?」
バナナを抱えてめぐみが言った。
「あー、最近袋持ってくるお客さんばっかりだったから」ポリポリと頭をかいておじさんが言う……バナナを抱えて歩けと、暗にそう言われた。
「私はゴリラかっての!」
商店街から十分離れて、めぐみは一人呟く。
「バナナ10本以上なんてどうやって消費したらいいのよ!」
ぶつくさと文句を言いながら近道しようと公園に足を踏み入れた。
「もし?」
めぐみは、声が聞こえた気がして辺りを見渡した。
「もう少し上です」
声の指示に従って少し視線を上げためぐみは驚いて尻餅をついた。
「あぁ⁉ 大丈夫ですか?」
慌てたような、優しそうな声を発するコウモリ。体のサイズは人間の子供ほどあるだろうか?それが、ブランコの鉄柱にぶら下がっていた。
「……」
めぐみは化け物!と言おうとして、踏みとどまった。逆上したコウモリにガブリッとやられるかもしれない。
「もし、大丈夫ですか?」
めぐみの恐れとは対照的にどこまでも優しそうな声でコウモリは言う。犬に似た顔つき、つぶらな瞳も相まって、だんだんとかわいく見えてくる。
「えぇ、大丈夫」
めぐみは、おしりをパンパンと叩いてスカートについた土を払う。
「あの、もし、バナナの処分にお困りでしたら手伝いましょうか?」
コウモリはバサリと羽を広げ迎え入れるような姿勢をとった。めぐみの目線の延長に稲荷袋が見え、男の子なんだと知る。
「バナナ好きなの?」
「えぇっ!それはもう!」
自分を抱き締めるように羽を閉じたコウモリは、バナナがいかに素晴らしい食べ物なのかを語り始めた。
「そんなに好きならあげるよ」
5分ほど話を聞いていためぐみだったが、そろそろ疲れてきたので話を切り上げるためにそう言った。
「ありがとうございます!!」
心の底から嬉しそうにコウモリは言い、ばさりと羽を広げた。稲荷袋がプルンと震える。
「……女性の前で羽を広げるのはやめた方がいいわよ」
めぐみはバナナを渡そうとコウモリに向かって一歩踏み出した。
「あぁっ‼ スカートで不用意に近づいてはいけません!」
コウモリが慌ててめぐみを制する。
「パンツが見えてしまいます」
そう言いきるとコウモリは目を羽でおおった。
「目の付け所が違うと見える世界も変わるのね」
めぐみはバナナを1本だけ自分用に残し、全てコウモリに渡しながら笑った。
コウモリと一緒に食べたバナナはいつもより美味しく感じた。