誰にも作れない本
「ねぇ、誰にも作れない本を作らない?」
トモコが俺達4人に提案したのが高校3年の夏。教室で進路指導の面接順番を待っている時だった。
「一言で破綻するとか才能溢れてる」
笑いながらヒロキが返事して、
「面白そうだと思ったけど、誰にも作れないなら私たちにも作れないね!」
マユミがなるほどと手を鳴らした。
「言葉のあやってやつじゃん、もー!」
トモコがぷくりと頬を膨らませて睨んだのを、肩をすくめて変顔で答えるヒロキ。
「それで?どんな本を考えてるん?」
ユウキがトモコの頭を撫でてまぁまぁとなだめながら言った。
「ハジメも興味ある?」
黙ってみんなの会話を聞いていた俺にトモコが期待に満ちた目を向けて聞いてきた。
「まぁ?」
曖昧に返事すると「そこは、すごーく興味あるって言うところだよ!」とトモコに返された。
「中身のわからない段階でうかつなこと言えないよな」
ヒロキがにやりと口の端をあげて茶化した。
「みんなの進路を1冊にまとめるの。私はアロマセラピーやりたいから香り担当。マユミはお花屋さんだから押し花。ユウキは写真家だから写真、ヒロキはほら、ARだっけ?スマホかざすとキャラクターが動くやつ。ハジメは公務員だから……えっと、適当に?」
意気揚々と説明するトモコ。
「しれっと言うけど難しいからな!」
そう言いながらも代替案をいくつか呟くヒロキと同じタイミングで
「適当って!?」
と目を剥く俺。
「テストの空き時間に、テスト用紙裏にせっせと書いてるアレは?」
ボソッとユウキが耳打ちしてきた。
「何で知ってるんだよ……」
アレとは小説設定の事に違いなかった。俺は恥ずかしさと驚き半々で返す。
「たまに消し忘れてるもんね」
マユミが頷き、
「筆圧すごすぎて消ゴムが意味をなしてない」
ヒロキが説明を付け足した。
「本だもん、文章は必要だね!そうしよう!」
トモコが何度も頷いた。
「いや、待って!?」
俺の意思と関係なくすすむ計画に待ったをかける。
「他にいい案あるの?」
トモコの不思議そうな顔に威圧された俺は渋々了承する。
「でも、誰にも作れない本って言いにくいね」
マユミが困ったなと、腕を組んで言った。
「アルティメットBookでどうだ?」
自信満々にヒロキが言った。一瞬ぽかんとした間の後、俺を含めた四人に笑いが起こる。
「いまどき小学生でもそのセンスは……」
トモコがさっきのお返しとばかりに腹を抱えて笑っている。
「いいじゃん!俺らの究極の技術詰め込んでつくろうぜ」
耳まで真っ赤になりながらもヒロキがそう言うものだから、俺たちも乗り気になって、じゃあ10年後に作ろうと約束した。進路指導の面接の順番が僕に回ってきてそれっきりその話は終わったものだと思っていた。
だから、28歳の誕生日にトモコから「アルティメットBookの話は書けた?」と電話が来たときは驚いた。
みんなそれぞれ高校生の時の夢をそのまま叶えていたわけではないけれど、その本を作るために趣味として続けていたのだと言う。
「単行本3冊ほどあるんだけど」そう返した俺に「じゃあ、アルティメット事典にしようか」あの夏と変わらない声でトモコが言った。