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2話2節

「あったあった、今月発売の最新刊! 続き気になってたんだよねーー」

「少女漫画って装丁がかわいらしいのは、手に取ってもらうためなのか?」

「かもね。血生臭い色のした本はさすがにニッチだと思う」

「照美は発想が極端なんだよ……。少年漫画もお色気シーンとか多いよな。その辺流れみたいなもんがあるのかもな」

「昔は乳首や局部が丸出しだったけどね。今だと謎の光で見えないけど」

「逆に今なら少女漫画の方が生々しかったりしますよ?」

「うおーー! ここでそう来たか! いい意味で裏切られた!」

「明音! 静かにしなさい!」


「……この辺は小説の棚か?」

「ライトノベル……ティーン向けの挿絵付き小説ね。年代別に並んでるみたい」

「年代を経るごとにだんだんタイトルが長くなっているように見えるな」

「結構前のやつだと、○○の○○みたいな感じが主流で、だんだんタイトルが長くなっていって、今だとタイトルだけで内容わかるレベルで長くなってますよ」

「それ逆に覚えにくい気がするんだが……?」

「流行り廃りが早いのも特徴ね。ここしばらくだと異世界転生ものかしら?」

「へぇーー……転生もの……ねぇ?」

(何故そこで俺を見る……?)

(あなたの今の状況って、まさしく転生ものっぽいなって思っただけよ)


「それってさ、いきなり無敵の力を手に入れて無双すること多いよね」

「そうですね。やっぱり爽快感とかがあるからじゃないでしょうか?」

「私はいきなり強くなるのはやだ! もし貰っても努力して強くなりたい!」

「明音はその辺はぶれないわね……」

「そして、ライバルと死力を尽くして戦って友情を深める! 熱いよね!」

「明音ちゃんは思考が〇ャンプ漫画のそれだよね……」

(エンジェルスの力は与えられた力じゃないのか……?)

(貰った力を振り回しているだけなら、今頃バッドキングの世界だと思うわよ)

 

 休憩を挟みつつ、勉強会は進んでいく。

 明音は煙を吹きながらも何とか理解しようと食い下がっている。

 龍姫もそんな彼女を鼓舞しながら教えていく。

 そんな二人を尻目に、俺は照美の助けを借りつつ問題を解いていく。

 歴史以外の分野を満遍なくやっている深琴には、時々アドバイスを送る。

 こういうのも、彼女達が守り抜いてきた日常というものなのかもしれない。

 そして、気づけば窓越しに見える景色は夕日が指し込むものへと変わっていた。

「今日はここまでね」

 龍姫の一言で、今日の勉強会は終了となった。


 図書館の入り口から出て、ふとスマホを見た明音が素っ頓狂な声をあげる。

「あ、お母さんから買い物頼まれてる!」

 見たところ、SNSアプリから連絡が来ていたらしい。

「ごめん、みんなは先帰ってて!」

「待ちなさい、夜も近いし一人は危険よ」

 即座に走り出そうとした明音を、照美が制する。

「少し前に危ない目に遭ったって聞いたし、私も同行する」

「じゃあ私も……。ちょうど買い足しときたいものがあったなーー……なんて」

 ぎこちないながらも深琴も手を上げる。

 些かあからさまな気はするが、照美のいう事ももっともだ。

 新たな使徒、ディフィスタンが現れた以上警戒は必要だろう。

「そういう訳だから、翔くん。しっかり龍姫をエスコートしなさい」

「お、おう……」

 そのまま、明音と一緒に照美、深琴が彼女の買い物に付き合うことになった。


「……とりあえず、帰りましょうか」

「……ああ」

 そうして、俺は龍姫と一緒に自宅への帰路に就いた。


 そこまでは良かったものの、ろくに会話がないまましばらく経っている。

 正直、今の空気はかなりきつい。

 どうも、龍姫と翔の関係は仲良しというわけではないようだ。


「……ずいぶん居心地悪そうだけど、腹でも壊したの?」

「いや、違うけど……」

「そう……」

 さっきからお互いに話をしようとはしているのだが、長く続かない。

 だが、龍姫の一言を皮切りに、少しだが話が進んでいった。


「正直、記憶喪失って聞いた時は何かの冗談だと思った」

「……事実なんだからしょうがないだろ」

 正確には違うのだが、端から見ればそう説明するしかないのだろう。

 俺は、目金翔ではないのだから、この青年の記憶を持っているわけがないのだ。

 だが、肉体は紛れもなく目金翔本人のもので……。

 改めて、自分の置かれた状況がややこしい事を再確認した。


「でも、こうして色々出来てない状態のあんたを見ると、信じるしかないわね」

 その表情は、どこか寂しさを含んでいるように見えた。

「あんな点数取ったら頭を掻きむしって発狂していたでしょうね。

『一体何を間違えたでヤンス! こんなのおかしいでヤンス!』……ってね」

 そこまで慌てふためくレベルなのか……。

 もし肉体の復元が終わって、翔の意識が戻ったら謝っとこう。

 あと、妙に気合の入ったモノマネをされて少し笑いそうになった。

 真面目な堅物だと思ってたが、こういう茶目っ気もあるんだな。


「前にも言ったけど、私とあんたは成績トップを争い合うライバルだったの」

「ああ、中学の同級生らしいやつから聞いた」

「勉強以外はまるで必要ないと言わんばかりの勉強バカで、明音達と一緒に便利屋として色々やっていた私が、自分と勝負になっているのが気に入らないって食って掛かってきた事があったの」

「なんというか、負けず嫌いを拗らせていたんだな」

 翔にとって、成績トップの肩書は何にも代えがたいものだったのだろう。

 それしか見えない人間にとって、龍姫の姿勢は軟弱に見えたのかもしれない。

「総合的な勝率は確かにあんたが上。だけど、明音達との繋がりまで否定されるのは我慢できなかったの」

 龍姫の言うスタンスの通りなら、きっと当時の翔に友達はいなかったのだろう。

 この場合、居ないというよりは作らないと言った方が正しいのかもしれない。


「だから私はそう言われた次のテストであんたに勝った上で言ったのよ。

『私は勉強以外を無駄だと切ったりしない、全部自分の糧にしたから勝てたのよ』……ってね」

 

 翔にとって大切なものがあるように、龍姫にも大事なものがあった。

 一つだけの者と、多く持っていた者。

 その時は全部捨てなかった龍姫が勝った、それだけの事である。

「その後は、素直に負けを認めたあんたも態度が柔らかくなって、勉強以外に目を向けるようになった。おかげで一層手強くなったけど会話も増えていった」

 翔も態度を改め、様々なものに触れる事を覚えていったのだろう。

 彼の部屋の書物は参考書が大半だったが、ほんの少しだけ漫画があった。

 それは、新たな事を知ろうという翔の成長の証なのかもしれない。


「……そこからまさか事故で記憶喪失になるなんて予想できないでしょ?」

「そうだな。……すまん」

「あんたが謝っても仕方ないでしょ? 子供を助けるために飛び出したのは記憶を無くす前の翔なんだから。行為自体は悪い事じゃないし」

 彼女のいう事は尤もだ。

 彼女達と関わる前の翔なら、どうしていたのだろう。

 犠牲者が子供か別の誰かになっていたのだろうか。

「正直、今のあんたの口調も違和感凄くて調子狂うのよ」

 寂しげだが、落ち着いた口調でこちらに視線を向ける。


「私はね、負けず嫌いなの。あんたと勉強で対決するのはそこそこ充実していた。一度負けたら、次は負けるかって頑張って、勝ったときは嬉しい。

あんたが元の調子に戻らないと、色々始まらないの。だから――」

 龍姫はこちらをビシッと指差す。

「さっさと記憶取り戻して私に追いついてきなさいな」

 その不敵な笑みは、どこか信頼にも似た感情が見て取れた。

 こいつなら、自分は全力を出せる。

 何があっても追いついてくるし、お互いが負けを認めない。


 何故だか懐かしい感覚であった。

 それは、エンジェルスと戦っていく内に感じたものに近い。

 全力をぶつけても勝てない……いや、勝ちたい。

 どうやれば勝てるか、こうすればどうか?

 まるで、子供が対戦型遊戯で遊ぶ時のように。

 憎悪や怒りの対象としてだけではなく、互いに遠慮のない間柄。

 きっと、ライバルというのはこういう関係なのかもしれない。 

「……まあ、期待しないで待っていてくれ」

 俺は言葉を短く切って伝えた。

「正直、ライバルに塩を送るような真似はしたくないけどね」

 そして、少し間を空けて、龍姫がハッとした表情で俺に詰め寄ってきた。



「ところであんた、深琴へのフォローとかちゃんとした?」

 深琴……? なんで急にその名前が出てきたんだ?

 俺の反応を見て色々察したのか、彼女はデカい溜息をついた。

「気づいてなかったの? あんたの状況的に仕方ないか……」

「いや、何の話だ?」

「事故に遭った時、すぐにお見舞いに行こうって提案したの、深琴よ」

「深琴が……? てっきり明音の提案かと思ってたよ」

「まあ、あの子奥手で、そこまで自分の事ひけらかす感じじゃないしね」

 

 実を言うと、彼女に関する情報はあまり持っていなかった。

 深琴以外がマンションに集まっているため情報が偏りやすいしな。

 極端に遠いというわけではないが、やはり重要度は低いと見てしまっていた。

 何か重要な、目金翔に関する情報を持っているのかもしれない。


「俺と深琴はどういう関係なんだ? まさか、恋人同士何ていうんじゃ……」

「ああ、いや、そこまでじゃないかな」

 違うのか……赤の他人、あまつさえ異性をそこまで心配しないと思うから、そういう関係か、それに近い間柄だと思ったのだが。

 さすがに恋人は飛躍しすぎたか?

「アイドルとそのファンっていうか……なんて表現したらいいのか……」

 俺に聞かれても困るが。

「あんたの家って、確かPCあるわよね? あれから使った事は?」

「下手に動かして壊れるのが怖いから触ってない」

 あとは、実質赤の他人のパソコンを使うのはどこか気が引けるというのもある。

 元侵略者が何言っているんだって話ではあるが。

「とりあえず、パソコンを調べれば何かわかると思う」

「いや、それってどういう――」

 

 ふと、龍姫の表情が強張る。

 同時に、俺の背筋にもぞわっとした気配が襲ってきた。

「明音からも似たようなこと言われたでしょうけど、逃げなさい」

「……俺には何かできないのか?」

「あんたじゃ足手まといよ」

「……わかった」

 振り返らず、俺はその場から離れた。

 とはいえ、やはり逃げるわけにはいかない。

 俺は適当な物影に隠れて様子を見る事にした。




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