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2-3・妖精の小言


「確かに私は『白化』だ」


深夜のせいか、本当の姿を見られたせいなのか。


イコガは諦めたように話し出した。 


「だけど、美しいなんて言われたのは初めてだよ」


「あ、お世辞とか、そういうのじゃないです」


セリはイコガの苦笑いを見て、慌てて否定する。


「いつもの黒い髪や瞳も凛々しくてお似合いですけど、その白い髪もステキです」


「……どうも」


しかし、イコガは暗い顔のまま、髪と目の色を変える魔法を発動した。




「どうして外に出た」


顔を逸らしたイコガは少し強い口調でセリに訊ねた。


「ごめんなさい。


窓の外を見ていたら、何かが目の前を横切って。


誰かを怒らせたのかと心配になりました」


それでイコガに相談しようと探していたら、とセリは説明する。


「それは心配いらない」


イコガの顔は窓のほうを向いて言った。


その壁一面の大きな窓は、今は重い布のカーテンで遮られ、外を見ることは出来ない。


イコガは大きなため息を吐いた。


「俺は君をもう巻き込みたくなかった」


それはセリにも何となく分かっていた。


「私に振られたなんて嘘をついてまで遠ざけようとされたんですもんね」


その言葉にイコガが驚いたようにセリの顔を見た。


「いや、そんな付き合いではなかったと思うが」


アゼルへの言い訳であって、セリへの言葉ではなかったはずだった。


「はい。 私が勝手に、そう思ってただけです」


今度はセリが顔を逸らす。




 セリは今まで異性とそういったお付き合いなどしたことはない。


会いたいとか、そんな気持ちを持ったことさえなかった。


「わ、私が勝手にコガ先輩が『ウエストエンド』に恋人がいるんだと勘違いして」


セリの目に涙が浮かぶ。


それを見られないよう、セリは身体を包んでいた布で顔を隠す。


「ごめんなさい」


勝手に失恋して、嫌いになろうとした。


それを謝りたかった。


「恋人……」


イコガの顔が徐々に赤くなる。




 イコガは何となく彼女なら大丈夫だという気がした。


「俺のこと、怖くないのか?」


セリは、声を出すと泣き出しそうだったので、ただ頷いた。


「この町を見て、この館を見て、あの月を見て、君は怖くないの?」


セリは何度も頷いた。


「どうして、ここへ来た」


イコガは、一番知りたかったことを訊く。


 セリが顔を上げると、スルリと柔らかい布が頭から滑り落ちた。


「会いたかったから」


頬を涙がつたう。


未知の土地を見たい、知りたい。


だけどやはり一番はイコガに会いたかった。




「先輩がここでどんな風に暮らしてるのかなって思って」


どうしても知りたくなった。


このまま何も知らずに帰りたくない。


思わず、この部屋に入る言い訳を手に入れて押しかけた。


「私、ずうずうしいですよね」


無理矢理笑顔を作ろうとするが、セリの顔はまた崩れただけだった。


「ごめんなさい」


セリは両手で顔を覆ってうつむく。


「謝らなくていい」


顔を上げたセリの頬を、イコガは布の端でそっと拭う。


「謝るのはこちらだ」


あれから、イコガはわざと無視していた。


彼女と会わないように道を変えて、アゼルに嘘の言い訳までして。


「君に酷いことをしたね」


女性にすることではなかったとイコガは反省している。


「まるで子供みたいだろ」


そう言って口元を歪めて笑う。




 イコガは立ち上がると、その手に湯気の立ったカップを持って戻って来た。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


セリは少し落ち着いてきたが受け取る手はまだ少し震える。


イコガの手がセリの手に重なり、一緒にカップを支えるように持つ。


指が長いせいで細く見えるが、やはり男性の手は大きくがっしりとしていた。


その手に包まれ、セリは少し落ち着いた。


「先輩」


顔を上げたセリをやさしい笑顔が見下ろしていた。


「もう先輩は止めないか。 コガでもコーガでもいいから」


手の震えがおさまったとみて、イコガがセリから手を離す。


そしてセリの横に移動して、布を彼女の肩にかけ直し、そのまま隣に座り込む。




「本音は、来てくれてうれしいよ」


イコガは小さな声で喋り始める。


「俺に興味を持っても、『ウエストエンド』と聞けば誰も近寄らないからね」

  

家族も領民も、物心ついた頃にはほぼ失っていた。


『ウエストエンド』は荒れ果て、セントラルからの支援がなければ生きて行けなかった。


 十歳の時、弟がいるからセントラルへ来いと呼び出される。


しかしイコガの姿を見て、弟を引き取った祖父母は彼を引き取ることを諦めた。


とてもセントラルで暮らせる姿ではなかったからだ。


弟に会うことが許されたのは、イコガが変装の魔法を会得してからである。


遠縁の者と紹介され、イコガは兄と名乗ることもしなかった。


「アゼルにわれて、一年間だけ学校へも通った」


祖父母の家系にはもうアゼルしか跡継ぎはいなかったので、彼のわがままは大抵受け入れられた。




 アゼルは『ウエストエンド』に来たことはないそうだ。


ただ彼も危険な場所だという認識はある。


「あいつはどうやら俺を『ウエストエンド』から切り離したがっているな」


だから学校という場所に長期間通わせ、イコガにセントラルの良い所を見せようとした。


 そんなイコガの考えにセリは首を振る。


「それは違うと思います」


二人が兄弟だと知らなければ、そう思ったかもしれない。


でも今は、違う。


「アゼル様は先輩、あ、コガさんに普通の暮らしをして欲しかったんじゃないでしょうか」


「コガでいいよ。 普通って?」


「ええっと、例えば友人と遊ぶとか、他の町へ旅行するとか」


恋愛、とも言いたかったが、それはなんだか恥ずかしくて、セリは言葉を呑んだ。


 だがイコガは、学校でもずっと他人との接触を避けていた。


『ウエストエンド』出身だということは、まるで禁忌のように秘密にされた。


「アゼル様も困っていたと思いますよ」


卒業したら軍部に入る彼は、他の同年代たちとの接触が減ることが予想された。


このままでは兄は友人を得ることもなく、また引きこもってしまう。


「だから、『ウエストエンド』に興味を持った私なんかに切符をくれたんです」


すべては、やさしい嘘をつく兄のために。




 セリにも弟がいる。


あの子がもしこんな時間を用意してくれたら、セリは全力でそれに答えるだろう。


 セリは開き直ってイコガを見つめた。


「明日の朝一の汽車ですよね。


それまでに教えてください。 この『ウエストエンド』のこと」


「……いいだろう」


イコガは立ち上がり、床に座っていたセリの手を取って立ち上がらせた。


そしてふわふわの長椅子に彼女を座らせる。


「さて、何から話そうか?」


時間はたっぷりあるようで、無限ではない。


「では、先ほどの岩の周りに飛んでいた光の正体から」


イコガは微笑む。


セリが今まで見たこともないような、とろける笑顔だった。




「羽があっただろう?」


セリは頷く。


「あれ、妖精ですか?」


古くからある絵本の挿絵の妖精。


小さくて人型で羽がある。


「顔は見たかい?」


「んーっと。 なんか睨んでました」


セリがそう言うとイコガは笑い出した。


「あははは、なるほどね」


「な、なんですかっ」


セリが憮然とした顔をすると、イコガはなんとか笑いをこらえた。


「あの妖精はね、相手によって見た目が変わるんだよ」


「え?」


恐ろしいと思っていると、恐ろしい顔になり、かわいらしいと思ってるとかわいい顔になる。


「睨んでたんだね」


そう言ってイコガは再び笑い出す。


「はい。 とってもかわいい顔をしてましたけど、睨んでました」


イコガはおやっという顔をする。


「かわいい顔してた?」


「はい」


男か女かは分からなかったが、とてもかわいい顔をしていた。


「へえ」


イコガは立ち上がり、カーテンを開けた。


「こんな顔かい?」


そこには、小さな光に包まれた妖精がぶんむくれた顔でイコガを睨んでいた。




 イコガが窓を開けてやると、スルリと光が部屋に飛び込む。


それは大人の男性の手のひらくらいの大きさをしていた。


何をしゃべっているのか分からないが、イコガの目の前でプンプンと怒っていることは分かる。


セリがポカンと見上げていると、光がふわりと飛んで来る。


【あなたがセリでしょ?】 


言葉が直接頭に響いた。


「ああ、こいつらの声は小さいから、近寄って直接頭に響かせて来るんだ」


「はあ」


セリはイコガに向けていた顔を妖精へ戻す。


その妖精はジロジロとセリを眺めていた。



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