プロローグ
八極拳開祖については異論が多く、何故か孟村呉家が否定されるという不思議な状況があります。
以前に『八極拳の謎』という題で、各派の八極拳を比較した上で、開祖が孟村回族の呉鐘である事を論じてみました。
この度は更に一歩進めて、呉鐘が八極拳で一門を立てるまでの物語を考えてみました。
よりファンタジーな内容ながら、八極拳開祖は呉鐘である事を改めて証明してみたいと思っています。
八極拳発祥伝説
〈八極拳開門譚〉
序章
フリーのルポライターであるこの俺、信成孝の元にある手紙が届いたのは、平成三十年の夏の盛りであった。差出人は、茨城県 行方郡の鹿島神道一羽流剣術道場第十五代当主であり、一羽流剣術無手類無極流兵法の伝承者でもある土子一之氏。彼とは五年前の靖国神社での奉納演武会で知り合い、その後の呑み会で当主と俺とは意気投合し、それからはたまに酒を呑むような間柄となっている。
普段はLINEでやり取りをしている彼から今時手紙、というのに驚いたが、その内容には更に驚いた。
『蔵の掃除をしていた所、今まで見た事の無い古い伝書が出て来た。是非内容を確認して貰いたい』
まあそんな内容だった。わざわざ俺に知らせてくれた事に感謝しつつ、なぜ俺なのか、と考えながら車を走らせた。
俺が道場に着くと、土子さんは道着で待っていた。
「どうしたんです土子さん。そんな改まって」
「信成君、良く来てくれた。早速これを見てくれ」
土子さんはそう言って、二冊の古い本を俺の前に置いた。かなり傷んだ和綴じ本で、あちこちに染みや虫食いがあるが、十分に原形を保っている。一冊目の表には『武術譜書』と書かれていた。
「へえ。巻き物ではないんですね」俺はそれを手に取った。「何の武術かは書いていないんですね」
「まあ、内容を見れば解る事だ」
土子さんはそんな思わせ振りな事を言う。
俺は、ゆっくりと表紙をめくって見た。表紙の裏には「雍正十 壬子 癩口述ヲ癖筆記ス」と仮名混じり文があり、中には、力強く大雑把な手書きの文字が詰まっていた。漢文である。
「『吾有八極拳一套何為八極拳文有太極安天下武有八極定乾坤太極變化作為八八六十四卦能先知未來之事八極分為八八六十四手有扶弱敵強之…』。土子さん、これって…。」
「信成さんなら判ると思ってたよ」
「これって、八極拳ですよね?」
「まさしく」
俺は八極拳には興味がある。ゆっくりとページをめくって行く。そこで、俺はある異和感を覚えた。
「土子さん、変ですねこれ。俺、呉会清の古譜の写真も、呉連枝の拳譜も見た事ありますけど、この拳譜には、本来の拳譜にあるはずの『六十四手論』や『九宮剣』、『呉会清の序文』すらありませんね」
「やはりそこに気付いたか。さすが信成さんだ」
「と、言う事はつまり?」
「この拳譜が、呉鐘の時代に書かれた事を示唆している、という事だ」
「でも、実際には、呉鐘の拳譜は失われているんですよね?」
「ああ、そう言われている」
「では、なぜそれが日本の、それも土子さんの所に?それにこの本、癩と癖によって書かれたとありますよ?それも日本語で」
そう尋ねた俺に、土子さんはもう一冊の本を示した。
「それに関しては、こちらの本に書かれている」
土子さんに言われてその本を見ると、表紙には『流祖略傳』とある。こちらを開くと、一冊目とは違い、全て和文でしたためてある。文字は同じく豪快な奴だ。最初のページは目次で、内容は三章に分かれていた。
「こいつは、見ようによってはかなりの問題を孕んだ内容の文献だ。専門家に渡すと、逆に問題を起こしかねない。そこで、まずは君に見て貰おうと思ったんだ」
土子さんは、俺を見て笑って言った。
それで、俺なのか。
俺は無言で頷いた。
確かにこの本には、これまでの定説や事実を覆す、驚くべき内容が書かれていたのである。
つづく
20190219
20190531改
※この物語はフィクションです。この中で描かれる登場人物、歴史、武術流派、宗家の人名や地名など、全てが作者の研究成果を踏まえた上での空想の産物です。