第漆話《文》
かくしてこの冥界で義理でも生活、いや死活をしていくことになった僕──柏木信治ではない誰か──は、ひとまずこの郷にいる人々の手伝いをこなしつつ、この(肉体年齢小学生・精神年齢高校生、実際年齢を合計すれば三十代ほど)訳の分からない肉体に慣れようと努めているわけでもあった。
見た目は若返り随分なショタとかいうやつで、重ねた年月は三十路、頭脳は高校生とかまるで目の前のムクゲとリアルに同じような状態なのだからやれロリババアだ、なんて笑ってはいけない。ブーメラン突き刺さるから。
「……今何を考えていたのじゃ?」
「いっ、いえ何でも!」
「まあよい、他人の思うたことすべてが耳に入ってくるとなると思ったよりなかなか大変での、いらない情報は流していかねばならぬ」
「?……それは大変だ……」
「いちいち全部拾っていたならば、こうして一息つくことすらできんからの」
ムクゲと僕は、神社の麓にある郷の茶屋で休息をとっている。
「……この世界にもこんなふうにお店とかあったりするんですね」
「そうじゃよ、死者だって何もせずにこんなところにいられまいであろうに」
そうか、確かに死んで何もできなかったら退屈だ。
この郷にいる人々は確かにみんな幸せそうだ。でも、恐らくは僕に似た状況にあるのだろう……。
「まあ、彼らは彼らなりに自らの答えをああやって探し求めているからの、あちらの日常を少しでも再現できれば思い出すきっかけはできよう」
そうか、きっかけさえあればこの人たちは無念を残すことなく旅立つことができるというわけか。
「それで、いつもムクゲさんはここでなにをしているんでしょうか」
「……そうじゃな、とくに助けを必要としている者がいなければ雑談やらにふけるのもよし、じゃ」
なんか思ったより楽、そう……?
「いいや、彼らには少なからず現世に残した何かがあるはずじゃ、思い出の物だったり、歌であったり……皆それぞれその願いを果たしておけたほうが展開へ召されたとしても気が楽じゃろう? その思いをくみ取るのがわしの役目、これはとても大事な任務じゃ」
「彼らの思いをどうやって汲む……あっ神通力……そっか」
「うむ、儂にはその能力が生まれつき身についておるのでの、その能力を駆使して彼らの願いをかなえるのじゃ……だがな」
そういってムクゲは口をつぐんだ。
『儂が思っていることを知ることもできると同時に、心の中を覗き見たりその者の過去、未来を知ることができる千里眼の持ち主でもあるということに気づいていたじゃろうか』
この神様は人の願いを果たすのにそこまでの能力を持っている……少しぞくっとした。
「この能力が災いし、儂は彼らに人の心を盗み見られるのは気味が悪いと何度も避けられてきた」
「確かに心の内を覗かれて良い思いはしない」
「そちもそうじゃろう、儂も嫌な思いはさせまいと極力この能力は使わないでおるのじゃ……特段好かれる、ということに興味はないが嫌われるのも厄介でな。気味悪がった彼らは内なる願いも何もかも、儂に見られまいとだんだんと心を閉ざしやがて願いを見えなくなるまで曇らせてしまうこともあった」
「それじゃ、彼らの願いは……」
「彼ら自身で果たしてもらう、ということに他ならない。儂が手を貸すのはひとりで願いをかなえるのが難しい者であったりと、ほんとうに手助けが必要だという者のみに限った」
それなら……悪い心地はしないな、なるほど。
「でも、今見た感じだと嫌われているイメージはなかったように感じますけど」
「それは……まあ、あのなんじゃ、最近の死者どもはこんなちんちくりんの半獣を見ても怖気づかない変わり者ばかりのようじゃの……逆に好意を持って接する者までとはほとほと呆れるのじゃが」
経緯を聞くとなんだか今の状況がなんだかんだで良いのかも知れない。
「……それならここにもいますから」
勇気を出しさっきのアクキーを鞄から取り出した。
「なっ……そちもそのような物を身につけ始めるなど、恥ずかしいから辞めて欲しいのじゃが……」
照れてるムクゲさんが可愛いかもしれない。恐らく僕はケモナーじゃない(あくまでケモ耳までが対象……おっとこれは蛇足)が何故かそう感じた。
「じゃあムクゲさんとはここで」
「では頑張るのじゃ。わしはこのあと用事があるのでな、夕べにはこの山の上で会おうかの」
△▼△
先ほどと打って変わって手伝いを頼む人は少ない気がする。郷の中心部に当たるこの近辺は先ほどの神社近くと比較すると若年層が多いこともあるが。道行く人に「困ってませんか?」なんて急に声でも掛けるにもムクゲの体験談が脳裏をよぎり、何をするでもなく散策がてら探すことにした。
この世界の時間の流れは緩やかだ。いつまでも陽の向きが変わらないような気がするが、気のせいだろう。
「んしょっ、んしょ! ええい、くそー!」
なかなかいないと思ったらいかにも困ってそうな女の子が!
どうやら手紙を持つ手がポストに届いてない。
おっとこの世界にもポストがあるんだな、こう見てると結構冥界って現世に似せてある。ムクゲってそもそも現世に行ったことがあるのか? まあこれだけ知っていたら……。
そんなことよりも任務遂行を。あの女の子を今は助けるしかないでしょう。
「だ、大丈夫? 明らかに届いてないよ?」
「あっ君、ちょうどいいところに来たね!」
こっちも助ける人がいてちょうど良かった、これはまさしくwin-winだ!
「その手紙をポストに入れたいんだね、入れてやるよ」
僕自体現在のところ死んだときと同じ小学生のときの身長なので大してこの子と変わらない。向こうからしたら同い年くらいに見えるのだろう。こんな小さな子も死んじゃってるなんて世界は残酷だな、どの口が言うのか。
「まって! その前にわたしの話を聞いて」
「おう、聞くよ」
「さっきのポストに届かないのはフリで、ほんとうはめっちゃつま先立ちになれば届くもん」
そういって女の子は手紙を持っていないほうの手で実演してみせた。それでも結構ぎりぎり、つま先立ちになった脚はめっちゃプルプルしてるし。
「じゃなんでそんなフリを?」
「……じつはねちょうど助けに来た君に、わたしの相談を聞いてもらいたいの」
やりおるなこの子。
「この手紙のことはね、中に書いてあるのはわたしの家族のことなの、いまあっちの世界で暮らしてる」
……死んでから手紙を書くなんて思いもつかなかった。しかも現世宛と。果たしてそれさ彼女の可愛い妄想とかそういうものだろうか。ありえない夢を壊すかも知れないけど、もし本当なら……なんて好奇心がはやってしまった。
「でも現世……向こうにいる家族にどうやって送るの?」
「どうやって送るのか君も気になるよね! どうなっているのかというと、このポストにとーかんした手紙はあっちの世界の家族には直接届くわけじゃないんだよ」
「だめじゃん」
「だめじゃん、じゃない! たまに山のキツネさんが集まった手紙のいくつかをほんとうに届けてくれるんだから! そのまま手紙か、何か思い出せるようなもので、って言ってた」
よもやそんなことまで……というかほかに神様とかいないの? あといると聞いているのは閻魔大王ぐらいしか。明らかに人手、いや神手不足だよな。
「はいはーいわかりましたかぁ? でもここからが本題だからね! ちゃあんと聞いてね……」
──なるほど、病気で死ぬ直前に家族に宛てて手紙を書いた、と。
「そうなんだけど……」
といって女の子はうなだれる。
「手紙に書いたことが『どこどこに行きたい』とか無理なことばっか書いてて、その時わたしは無茶だ、ってわかってはいたけど書きたいなって思えたのがそれくらいで」
「それだけでもよかったんじゃない?」
「でも、今はね、もっとたくさん楽しかったこととか、みんなへの気持ちとか書きたかったの」
死んだときそういうのは伝えられていなかった。僕の両親に何を書き残した記憶もないし、あの時は……。
「……どうかしたの?」
「あ、いや……考え事」
「こっちがずっと話しちゃったし君のことも聞いてあげるよ? 君もお母さんとかに手紙とか書いたの?」
「いや、あまり覚えてなくて……」
「ふーん、また思い出したら君の話聞かせてよ! ……ねえ、君の名前はなんていうの? わたしは文香!」
自己紹介タイム始まったよってか僕、名前ないし……適当でいっか。
「……シン」
「シン君って言うんだ! いまさらだけどよろしくね!」
「よ、よろしく……」
シンってのはぱっと思いついただけで、真の名がないからとかっていうこととかと掛けた……っていうのは後付け。特に意味はない。実のところは信治って言おうとして言い留まったに過ぎない。
さて、この女の子の願いも叶ったしそろそろ……。
「あ、あのさ、わたしとかみたいな冥界にいる子どもたちが集まってる寺子屋、君も来てみない? 行ったことないでしょ?」
「寺子屋?」
あれか、江戸時代にあったとかいう、そろばんとか読み書きを教える、現代の小学校みたいなアレ?
「そう! よかったらわたしの大事なもの、見せてあげるよ?」
「お、おう……じゃあ僕も行くよ」
「じゃあ私についてきて!」
ぱっと走り出す文香ちゃんのあとを見失わないように追いかける。
いくつか角を曲がり、裏道を抜け……。
「ここだよ!」
そこは割とちゃんとした、アレだ。
「……普通に学校じゃん」




