第肆話《狐》
「儂はムクゲ、この冥界を司る神の狐、初代神職より授かりし力とその崇高な神事の数々を今なおここに受け継ぐ者である……身の上話、などはこのようなものでどうじゃろうか」
見たらわかる……まあどう見ても確かに神様、ではなくて、神社の巫女さんみたいな格好。あとしゃべり方もなにか上品というか奥ゆかしさを感じる。見た目のちっこさと相まってインパクトが強い喋り方だ。
というかまず言葉は喋っているものの、人間じゃない。
その頭にちょこんと見える耳にふわっふわな尻尾。どれも綺麗な金色の毛で覆われている。
こうして見るとあっ、神様だな!と分かるのだけど……実際のところ、冥界神だという説明がある前にこのようにして出会ったわけであって、トイレが関係しているからてっきりトイレの神様かなにかかと本当に思ってしまったということは言わないでおこう。
「──先程から申しておるが、そちの心の声はだだ漏れじゃぞ」
そうだったよ……言われたばっかなのになんてことを。そして相手は神様だ。人類が勝てるはずのない能力も持っているだろう。いわゆる神通力で何でもお見通しってやつだな、気をつけねば。これも聞こえてるのか。プライバシー保護法とか神の前では何の役にも……。
「なぜこのような狐なぞが、などと心の内で申していたじゃろうから説明してやろう……もっとも、日本の場合はこうして九尾の狐が冥界に通ずる門番をし、内なる冥界へ死者の霊を招き入れるのが主なのじゃ。日本古来の呼び名で言えば冥界は『天津のクニ』となるがの」
「それじゃあここにいるのも日本人のみ、と……」
「そうなるの。もちろんのこと、よその国にも同じような役目を持つ神はおる。わしの古くからの知り合いにはめそぽたみあと言っていたじゃろうか、その地域で冥界の門番をしておる神の姉妹がおるが」
あー何だっけメソポタミア神話の……何とかと何とかだよな……。習った、というか神話に関しては興味本位で調べた気がする。がよく覚えてない。
それにしても、このでっかい鳥居にしろ何たらの入り口とか。どうなっているんだろう?
「で、ここの先はどうなっているんでしょうか、というかここで何してればいいんですか」
「そうじゃの、中央には神殿があるがその奥に閻魔大王がおる。皆ここで前世の行いを基に裁判にかけられ天国か地獄か行く先を決められることになるのじゃ」
想像通りだ。閻魔様はいるんだな。
「それよりここにいるということがどういうことを表すかは分かるよの」
不意に質問が投げかけられた。
「僕はやっぱり死んだ、ということですよね……流れ的に」
「そんなこと当たり前じゃと申すか、そちはとうの二十年前から死んでおる本当の彼とは別者で、別人格で……ここまでは知っておると思うが、全く世代の異なる小学生のまだ可愛い坊主で『ザザン』にお熱、なんていうのは恐らく其方ひとりだけなのじゃからな」
衝撃のひとことで吹っ飛びそうになった。否、本当に吹っ飛んだ。で、尻餅着きそうになったけど大丈夫だったんだ。なぜだかわからないけど。
「結構、衝撃ですそれは……」
でも、なんだか納得できるような……?
「その様子だと心当たりはありそうじゃな」
確かにクラスで話題についてけなかったり、全くギャグが通じなかったりしたことあるけどそういうこと? 違う? 本当にちょっと渋いけどみんな当然のように知ってると思ってた。
「それもそうですけど」
「なんじゃ、質問なら何でも申すが良い」
「あの……なぜだかここに来る途中で信治君の様子が映ったんですけど……一見何もなさそうでしたが彼は、記憶はどうなるのか知りたくて」
「あやつのことか、心配はいらぬ。あやつの身の人生においての記憶は残されておる。ただ、そちの昔に関わる記憶のみ消去させてもろうた」
安心してほっと胸を撫で下ろした。
「そちは優しいの。己より人のことを先に想うとはな」
「……しかし、じゃ。その優しさゆえそち自身をも殺めた」
その声は先ほどの気さくな調子とは打って変わり、厳しくも憂えたような。
「そちはなんとも、不幸で可哀想なやつじゃ」
「……」
僕は口をつぐんだ。
同情なんてされたところで今更どうしようもない。
「その無念が形となり、そのまま怨霊として現世に残ってしまった」
「おん……りょう、か……」
「そうじゃ、認めたくはないじゃろうが……これが事実であることには変わりはない」
「でもどうして、僕はこんなに長いこと僕自身の存在を忘れていたって言うんだ! だって僕は! ……っ」
ついかっとなってしまった……が、それがもうどうしようもないことだということに気が付き、言葉に詰まった。
『そう憤るのも無理はない。じゃがまだ話は終わっておらん。それでそち自身は強い思い入れのあったあの学び舎の、便所の個室に残ったというわけじゃ』
今ムクゲの言ったことは僕の記憶とそう違わない。けれどまさか霊体になっても居座り続けたと、あんな場所に。まるでどっかの妖怪じゃないか僕、まるでトイレの花子さん的な? なるほどトイレの名無しさん……誰だよ〇ちゃんのデフォルトユーザー名か。
『──そして、そのままの姿で二十年の時が経ったある時、そちは己によく似た一人の少年を見つけた』
つまりはそれが……。
『そうじゃ、彼の名がかの「柏木信治」』
はっとさっきの自分だと思っていたあの少年の姿を思い浮かべた。
『彼もまた、自分の行く末に絶望を抱いておった』
小さな神様は僕に背を向け語り始めた。
『その絶望をあの少年から感じ取ったそちは、このままではまるで自分と同じ道をたどってしまうと危惧し、少年を救うべくとっさの判断で彼の魂に憑依した』




