第参話《逢》
『ようこそ、死者の彷徨う世界へ。二十年前に死んだ幼子よ』
不意にどこからともなく声を掛けられ僕ははっとする。にわかに信じがたい狂気染みた文言とは裏腹に小さい子供の声音なのだが、どこか神秘的な雰囲気が漂う。
死んだ、とか平気で物騒なこと呟くからには死後の世界のなんか偉い立場の……わんちゃん神説あるね。
そんなことはどうでもよく、今聞き逃したことは聞いておかねばならない。これは○検の二次試験で僕が愛用した必殺技「パードゥン?」の出番だ。もちろん日本語バージョンで。
「あのー、今の言葉もう一度お願いしますか?」
『……ふむ、どうやら其方は恐ろしく耳が悪いのじゃな、霊体離脱した際に耳も置いてってしまったのかの』
あー、人が聞き返したときに煽ってくるタイプだこの人。って……。
「ふぇ? 霊体離脱?」
『ちゃんと聞こえとるではないか、とぼけたつもりなのかは分からんが全部筒抜けだというものを』
「いや仕方ないでしょうが、動転してますしなにより神っぽいですね、心が読めるとか」
『神としてそれくらい当然なのじゃよ?』
「それ、あわよくば個人情報とかもうなんでもやりたい放題なんじゃ」
『神がやりたい放題出来ないのは下級でない神以外ほぼ全てのものじゃからな』
「スケールが違う!」
これは迂闊になにも言えないぞ。
「じゃあ、質問していいですか」
『儂を困らすものでなければなんでも聞いてたも』
「率直に言うと、あの……僕って『柏木信治』じゃないんですよね」
『そうじゃ』
「じゃあ、本当は僕ってどういう名前でどんな人なんですか」
『名前か? 前世の名などに拘る理由もない。どんな人か? 其方は其方で良いのじゃ』
「……」
『其方はもうこれ以上前の自身の過去を知るべきではない。今でこそ頭がいっぱいいっぱいであろう? 前の人生との記憶の断片とは決別すべきじゃ』
「でも僕は知りたい」
『……そうじゃな、儂は神だが冷酷な部類ではない。せめて知っておかんとする事実だけは述べよう……其方はまず、十一歳まで生きた。……』
僕はどうやら二十年前に十一で死に、十六年間漂い続けた。同じくしてその時十一歳の彼、柏木信治に憑依したところから、彼の十一歳からの記憶のみならず彼の出生以後脳が発達した頃からの記憶を抱えている。
が、しかし周りの環境は僕を柏木信治としか思っていない。憑依した当時こそ記憶がごちゃ混ぜになったが、やがて彼の記憶に寄って行き僕はもう一つの過去を殆ど完全に捨てた……らしい。
「で、無理に思い出すと僕にとって良くないわけで……教えてもらうならありですよね」
『これと決めたことをころころ覆すのは神としての尊厳に欠けるからの。それに探究心が大いにあるのはいいことだが、死んで別人のような生活をしてきた今までにも、死ぬ前の知らない今までも知ることは出来たであろう?』
語尾に『~のじゃ』なんて使うのは余程の変人やアニメとかのキャラクター以外にはいないだろうから……神様なら、まあ有り得るような。
「というか……早く姿を現してくださいよ神様か知らないけど声だけの神様とか不気味すぎるでしょうが! 恥ずかしがり屋? もしやもう見えない地獄に落ちてたり?」
『んなっ……! そんなわけなかろう。恥ずかしがっていたら神なんてやってられるものか! そしてここは天国でも地獄でもないぞ、れっきとした使者を迎える入り口、《冥界の門》と呼ばれる場所じゃ。……まあ其方が現世に居った頃になにかとんでもないことでもやらかしていたら地獄には落ちるかもしれんがの』
それは怖い。煽ったりしたことを今超絶に後悔してる。ちびりそう。実際トイレ途中だったし。尻まだ拭いてないし。うわちょっとこんな状況で天国行けてもめちゃくちゃ嫌だ!
『それと、確かに儂の姿かたちが見えず声だけとなれば不気味に思われて仕方のないことじゃがな。声は聞こえるけれど姿は現さず。それが本来神というものなのじゃが。しかし……其方がそこまで言うなれば現さんこともない。……ところで尻の様子なんか気にしてるようではなんだが、其方はもう過去とのケジメはついたのじゃな?』
「……」
ここまで一気に捲し上げた神様。でも学校の先生のようにやたらな無駄話はなく、その一言一句には肝心なことばかりだった。その中で色々今知ることはあった。
特に、この今、後悔できない状況でなにかとケジメは確かに付けないと。ケツなんかもう、どうでもいい!
──僕はこのなにも高校生「柏木信治」である、そう思っていたけど実際は違った……とにかく常ではない情報を抱えた頭がパンクしそうだ。そして驚くべきことに二十年前に僕はとっくに命を落としていた。
じゃあいったい、僕は何者か──。真の名前とかあるなら聞きたいっちゃ聞きたいけど、そんなこと正直どうでもいいくらい僕自身の何をどうすればいいか、さっきまで普通に生きていた僕の目指していた「目標」は? 抱いた「夢」は?
それは本来の「柏木信治」なる人物がきっと果たしてくれるはずだ。きっとその方がずっと良い。
だから──これでいいんだ。
「はい、ケジメはつきました」
「そうか」
ふと目の前を見ると、声を掛けてきた正体と思われる、一人の幼い出で立ちの女の子が立っている。
ようやく姿を表した神は見かけこそ小さくか弱そうなのだが、圧倒される何かを感じる。……神とはこういう存在なんだろうか。
「早く存在を現して欲しいと駄々を捏ねる其方の願いを叶えてあげたがの。神の姿など本来は見せないものではあるのじゃが……」
「……あなたはいったい」
つい口に出たその言葉に、優しい声音で応えが返される。
「儂の名はムクゲ。見たらわかるそのままの神じゃ。神の中でも生と死を操る冥界神というものじゃ」




