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第拾話《再》

 二人と別れてから、僕は神社を目指した。

 神社の場所はよく目立つ。この里の一番高い山の上にあるからどこから見てもだいたい見える。

 しかし、今の時間、昼間とはまた違った印象を見せている。山の斜面や神社の本殿は陽に照らされて煌々としている。



 石段を駆け上がる時にはもう既に日は沈み、脇の狐火がてらてらと燃えていた。

「遅かったの」

 狐の神様は境内の傍の石に腰掛けていた。長く待たせてしまったのだろう。

「はい……すみません」


「──とまあ先ほど言っていたように、そちには一度現世へ行ってもらうことになる」

「まあそうか、現世……ってまさかまた憑依しろみたいなこと言うんじゃないですよね!?」


「まさか! まったくそちにはわしの言うとることが伝わってないようじゃの……『憑依』という状態は一番質が悪い、禁忌だ、とされているものじゃ。何故か? それはの、死者が生ける世界において生者に悪戯するということは本当ならあってはならぬことであって、そのような死者は直ぐにでもこの世界へ来るということが望ましい」

 そうなのか……じゃあ僕って、ばりばりタブーやっちゃってるじゃん。

『そうじゃよ、そちの場合かなり憑依していた期間が長かったのでな、わしが用いる術式でかなりの高難度である除霊の秘儀と霊体憑依乖離術を使い申さねばならなかったの……まったく、苦労したのじゃぞ』

「その苦労はよくよくわかったので心に直接語り掛けないでくれますか!?」

「ほっほっほ! わしの気苦労が知れてよかったよかった。そうじゃ、現世に行って来たらついでにお稲荷さんでも買ってきてくれぬか、『冥土の土産に』とでも言ってな」

 ぐっ……どこまでこの狐は僕をいじる気だ。

「いやいや、生きてる人にちょっかい出しちゃダメなんじゃないですか! お稲荷買うにしろその金もないし」

「お前は幽霊じゃろ? なーに、姿も見えぬのじゃ、お稲荷一つとってくるのも容易いことじゃ」

「いくら幽霊だからって盗んでくるにしても良心というものが……」

「良い奴過ぎるのじゃそちは!! 嘘もまじめにつけぬやつ、間違うなくそちは天国行きじゃ、安心するがよい! ……わかった、そちにいくつかくれてやるものがある、その中にお駄賃も入れてやるのじゃ。これに関してはそちの手から離れた瞬間実体化するのでくれぐれも気を付けるのじゃぞ」

「わかりました。それで何を……うわっ!?」


 言い切るのを待たずして、ムクゲの掌に棒状の道具が出現した。

 数秒後にあっこれあれか、神主さんが持ってるやつか……どうりで既視感があると思ったら、と納得が行く。

「言うより出すが易し、と思ったのでな。

 ──そしてこれは『大麻おおぬさ』。それに少々の『切麻きりぬさ』や米と塩も必要じゃな……」

 でんでん。

「なんか他にもいっぱいありますね……」

 あの郷に降りる途中に置いていた謎の包みの正体はこういうものだったのだろう。

 というかこういう類のものって「悪霊退散っ!」ってふうに使うんだよね……? 今の俺もほら、霊じゃん? 大丈夫なの?

「心配するなかれ、そのように霊を退けるという効果は現世で通じるだけのことじゃ。冥界には冥界の、つまり簡単に言うとなんじゃろうか……近いのは結界、という概念であろうか。あえて追い払うのではなく逆の概念で、世界の外側にその効能を発揮させ、その結果こちら側に留める効果が生まれるわけでの」

 追い払う、のではなく留める、のか。逆転の発想だ。

「霊が他の世界に行く用事のある初級の神に憑いたりするなど、滅多にないが中にはいるようなのじゃよ、そういう悪さをする霊も一律揃って冥界にはいるわけなのじゃ、仕方ないことと受け止めておる」

 そりゃご苦労だな。死んでまで迷惑掛けるなんて酷いこった……

「その代わりじっくりと地獄で反省、してもらうがの……そうならないように其方も重々行いには気をつけるように、じゃの」

 案外この、ドSなのかも知れない。

「ではこの辺りで晩御飯にするかの」

 気づくと境内はすっかり暗く、もう立ち話をするのには遅い時間だ。

「今日は名だけ覚えて寝るが良い。それぞれの使い方も明日から数日、この場で教えるのじゃからよく聞いとくのじゃぞ?」

「は、はい!」


「ふあぁ……色々と今日は疲れたな」

 郷には今日初めて行ったものの、これまで通り僕はこの場所で寝泊まりするようだ。拝殿からすこし離れたところにある寄せ木造りの小さな建物。

 その一角にある八畳の部屋には僕の寝室がある。

 今はそちらではなく、ちゃぶ台が部屋の真ん中に置かれた八畳と十畳の、今で言うLDKにいる。

 そう、寝る前には食事……に関しては霊というものは取らないでも問題は無い、というが。しかしこれまでしてきたことを急にしなくなるのも違和感だろう。睡眠も、トイレも然りだ。


 ムクゲは、台所で何か食材を切ったり、鍋で料理をしている。

 ……いい匂いがする。


 それもしばらくのうちに出来上がり、


 ご飯に味噌汁、鮎の塩焼き。そして、ほうれん草のおひたし。ちゃんと和食だ。昨日もこんなんだった。

「いただきます」

 僕は箸に手を伸ばした。


「食事をしながらでいい、よく聞くのじゃ」

「ふぁ……ふぁい」

「返事は食べながらするでない」

「……(もぐもぐ)」

 怒られた。


「本来、何もしなくても活動できるのが現世との最大の違いじゃ」

「……もぐもぐ」

「基本何をするにも自由で、何をしないも自由……なのがこの世界じゃ。冥界に限らず天界を全て引っ括めて、の」

 つまるところ、実質アイドルはアレをしないという理論は、冥界や天国で(もしかすると地獄でも)立証するのではないか……? 特にアイドルには詳しくないけど、僕は永久に下痢腹痛から解放されるので万々歳です。ええ。

「ご馳走様でした」


「其方、ひとつ勘違いしとる。……食べたからには腹に溜まるのじゃぞ?」

「あ」



 ……ところで冥界の神様アイドル、ムクゲはいつも寝ているのだろうか。寝支度を整えながら僕はそんなことを考えた。

 勉強するにも仕事するにもうってつけだろうな。睡眠も何もいらず身体に支障が出ないわけで、それだけ出来るわけだ。郷には学校も店も会社もあるから確かに。死んでまで社畜にもなれるということだ。……凄い、地獄に予め来てるようなものじゃないか。社畜は過労死しても生前の社畜のままって社会、恐ろしすぎる……。

 忙しいはずの神様ムクゲはきっと本当なら僕に構わずほかの仕事で手一杯なはずだ。こうして今時間を与えてくれているわけで。



 風呂に入りに行くところで(ここの建物には郷の夜景が見られる最高の露天風呂も完備されている)、ふと、ムクゲのいる部屋をちらりと覗いて見た。

 座布団にちょこんと座り、机に向かってせっせと何か書いているようだ。後ろ向きで何をしているかはよく見えないが。

 ムクゲの横には、小さな紙が束になっている。


 現世に行ったら何しようかな……なんて生きていたら思わないような妄想をしながら、多少寝ては見たがなかなかの快眠で──。

 ──スッキリと迎えた朝だ。


「今回これらを使うこの儀式はどういうものか、ということを軽く説明しよう」

「はいっ!」


「其方の霊体を現世に送るにはその鳥居に《冥界の門》としての機能を働かせることがひとつ……それに関しては儂が全て担当するから気にせんで良い。

 そしてふたつ、こちらはまた別の話で……ああ、神通力の構造図式はほぼ同じようなものじゃが。それはよいが、つまり、普通なら現世で通じぬ効果を一部関与させるというものであって……」


つまり、例えるとこういうことらしい。現世においては姿の見えない幽霊なので、人に触れられないのが普通。このとき持たされた幾つかの道具でその定義を変化させ、それを触れられるようにすると言ったようなものだ。姿を見せられるようにするというのも同じことらしい。


「其方に限ってしないと信じたいが──悪用は厳禁、じゃよ?」


 道具の使い方と、向こうに行ったときのルールを(あと何故か向こうの美味しい稲荷ずしを売る店も)数日掛けてみっちりムクゲからレクチャーされ、そのかいあってどうにかマスターした僕は、ようやく現世へ旅立つことになった。

 昼まではあの寺子屋に顔を出したりとわりかし自由にさせてもらって、一日のスケジュール的には午後おやつの時間を挟んでのレクチャーだった。


 ムクゲは何やら呪文を唱え始め、神社の鳥居に暗雲が立ち込める……どうやら向こうの世界とつなげるようだ。そういえばこの冥界に来た時も、こんな黒い雲のようなものが視界を覆っていたような気がする。

 僕は言われた通り、鳥居へ歩みを進め、周りにこの雲か霧かよくわからない気体が充満していくのを感じた。だんだんと黒く染まってゆく視界のなかでは、とくに何も思うことはなかったはずなのに可笑しいな。つい、向こうに行ったらもう会えないのだろうと思うとなんだか寂しくて、ムクゲのほうを見てしまった。


「──ではこれで大丈夫じゃな……くれぐれも気をつけていってくるのじゃぞ! あと土産も楽しみにしてるからの」

 ムクゲはにひっと笑い、吸い込まれてゆく僕を見送った。



 △▼△



 視界が開け、日差しが差し込む。

 鳥は囀り、木々は葉を風に靡かせる。

 ああ、これが現世か。

 冥界には一週間といただけだったがあっちとの違いはよくわかった。

 あるものすべてが「生きている」。

 生の鼓動を感じるのだ。


 時がとめどなく流れ、生あるものすべてがその中で支えあい成り立っている。


 これが……現世だ。僕がこれまでの一週間たりとて欲してやまなかったこの感覚。

 でも、この世界には死ある者がいてはならない。

 ここには僕だってほんとうはいちゃいけないし、いけなかった。


 再び来てよくわかった気がする、死者になったとしてもこの世界にい続けたいという思いが。

 死んだ者ほど生を渇望し、また生きたいと願う。

 しかし僕の生前の最期みたいな、死を渇望する奴もいる。

 こんなの不条理だ。

 だけどこの世界にごまんといるわけだ、そういう人が。


 不条理に生きねばならない、ただひたすらに。

 その不条理の中に埋もれた花は、不条理に生きることを諦めた今だからこそ、花開いたことの奇蹟に気づく。

 そして──きっとその花はもう、咲かない。

 幾ら渇望したとしても、「もう一度」は「もう二度と」やってこないのだから。



 二歩三歩、と前へ前へ歩く。

 踏みしめた大地は、アスファルトやコンクリートで覆われていようとも、その下では土が何層にも渡り積み重なっている。

 ……土が、生きている。

 その命漲る全てのものに、僕の身体は震えた。

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