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第玖話《捜》

「……やっぱりピースが足りないのよね」

 完成目前にして文香ちゃんはため息をついた。


「ほんとだ……」

 ひと通りあるぶんは埋めたものの、ところどころピースの形だけ白くぽっかり穴が開いている。

 やっぱりピースは文香ちゃんが転んでしまったときに失くしてしまったのだろうか。

「……俺もっと捜してみるよ」

 弟君はさっき拾い集めていた場所以外も捜し始めた。


 じゃあ僕も捜そう。しばらく捜し続けて、そうすれば文香ちゃんも弟君も、僕も満足できるし。

 僕はわりといろんなもの──消しゴムとかカードをよく失くすひとつの天才だったので、そういうのが隠れている場所を当てるということには慣れているほうだ。

 そのなかで培った攻略法の手順は、まず先ほど転んで失くしたと思われる範囲に絞り、そこを徹底して捜す、それだけだ。


 ……この作戦は功を奏し、こうして捜すうちに転んだ付近一帯では、全ピース残り五つのうちなんと四つを見つけることが出来た。

 しかし、残りひとつはどうしてもない。こういうのはよくある。最後のひとつはどうもないというものだ。

(この近辺はもうないのか……?)


「あの……言い忘れてたんだけどじつはね、前からこのジグソーはパーツがずっと一個無くなってるんだ」

「……そうだったんだ」

 それなら、ここ以外にある可能性も高い。……もしもここの部屋じゃないとすると、捜すのにはさらに時間がかかることになるだろう。今日中には終われないかもしれない。

 しかし、ここまで来たらイチかバチか、この部屋を一心に調べて、ある程度で切り上げよう。

 先程言った通り、僕はなくし物ハンターであるので、場所をある程度絞って捜索に当たりたいと思う。ハンターとかカッコいいな。そんな自分の行動の名前を自分でアレンジして考えつくのは文香ちゃんや弟君ぐらいの子供の特権だろうな……精神は高校生だからちょっと恥ずかしいが。うん。でも今はどう見ても小学生なので許せよ神様。

 捜索を続行。絞るとは言ったが、具体的にはこういう小さいものがすっぽりありそうなところ。といえば意外とこんな場所だったりする……例えばこの大きな縦長の銀色の引き戸の隙間とか。でもさすがにどんな飛び方をして入るか考えるとあまり現実的ではないような隙間だ。

 たまたま教室の角にあったテーブルランプを近くのコンセントに繋ぎ、その光で隙間を照らしてみる。

 ……やっぱりないな。

 じゃあこっちはどうだ……大きめの、奥側の二脚が板でつながっている机、その板と床の間。

 ……ここもない。

「だれか見つかった……げほげほっ! ここ埃くさっ」

 文香ちゃんは机によじ登り、戸棚の上にピースがないかを見ている──うん……そこにはないと思うな、投げ入れたりしない限り。

「俺もねえよ……なあ姉ちゃん、今日はもう諦めよーぜ」

「いや、さがす!」

「……へい」

 姉の言うことは絶対のようだ。

 僕も本腰入れて捜そう。こういうのは意外と床じゃなくて、机上に……。


「あった」


 ひとこと僕はそう言った。

「……えっ、ほんとう!?」

「ほら、ここ」

 僕は何かいろいろな作品が載った机の一角を指さす。

 紙粘土みたいなので作ってある何かの鳥のオブジェの足元にピースは落ちていた。

「まじかよ! やるじゃんお前」

「ほ、本当に見つかるなんて思ってなかった……」

 二人ともピースが見つかったことを心から喜んでいるようだ。諦めずに捜してよかった。この二人のはじけるような笑顔を目の前にしたらもうそんなふうに思うわけで。


「……よし、じゃあこのピースは文香ちゃんが」

「うん!」

 最後の仕事は文香ちゃんに任せることにした。その重役を快く任せられた文香ちゃんは意気揚々と、ひとつ空いた白の地に握りしめたピースをめた。


 ──出来上がったのは、広い野原で楽しくピクニックをしている人たちの絵だった。

「わあ……」

 最後まで足りなかったピースはというと、木陰に座る男の子の上半身から顔あたりの部分だった。

「よかったな、完成出来て」

「うん、見つけてくれてありがとう」

 外を見るともう夕方に差し掛かる頃だった。それでも見つけられて何より。このままだったら三人とも根気が良すぎてなかなか諦めつかず、とことん日が暮れるまで探す羽目になっていたかもしれないな。


「……お前がいなきゃきっと見つけられなかったよ、シン」

 弟分はこれまでずっと可愛げ無いことばかり言っていたため、そんな台詞を言うなんて急になんか可愛い奴に思えてきてクスッと笑ってしまった。

「そうかもな、なくしたものを見つけるのはまあまあ得意だし……あれさ、僕って自己紹介したっけ」

 そういえばそうだ、この弟君に自分の名前を教えてはいなかったような。


「いやお前さ、教室にいたじゃん。あのとき俺、絵描いててさ」

 あの教室で水彩画描いてた……あぁあの子か。

「あーあれ弟君だったか! 声は似てると思ったけどさ、いや早く話してくれって……」

「おとうと言うなよ、誰もお前と兄弟になった覚えはねえ! ……んで、俺は佑太ゆうた

「佑太君か、よろしくな」

「今更よろしくなんていうなし」

 急につっけんどんになった弟君──改め佑太君。なんか僕が機嫌悪くしたかな……?


「あのねこの佑太はね、絵を描くのが好きでー、これまでにたっくさん、ずーっと絵を描いてるの」

 状況を見かねて助け舟を出してくれた文香ちゃん。大人だ。どうやら頼れる姉として弟分の佑太君の趣味もしっかりわかっているようだ。


「じゃああれも、か」

 落書きやらプリントが貼っつけられた黒板の上の部分を僕は指さした。

「まあそうだけど……」

 佑太君は自分の作品を見るのが恥ずかしいのかそっぽを向いている。

 この部屋の入り口から目立って見えていた大きな絵も佑太君作だったのか……すごいなこの子。将来は大成して立派な絵描きにでもなっていたんだろうか。

「あのジグソーパズルだってそうよ?」

 さっき仕上がったジグソーを指して文香ちゃんは言った。

「あのジグソーの人たちは……実を言うと私の家族なの。ちょうどね、家族でピクニックに行ったことを思い出したときにね、佑太に言って描いてもらったわけ」

「もうほんと渋々だからな……それに、ここはこう、とか注文がやたら多かったけどな」

「それでも気に入ったのができたからいいじゃない」

「俺が姉ちゃんの言うことに頑張って合わせたからだろっまったく……」


 そうか、それでこれが大事なものだって言ったのか。

 真ん中でサンドウィッチをほおばる女の子――これが文香ちゃんか、野原を駆け回っている男の子が……もしかすると佑太君に重ねた弟君なのだろうか? レジャーマットで寝そべる大人たちはご両親だろう。もうひとり、木陰の男の子は……誰だろう。


 とまあ、一件落着したことだしそろそろ僕は戻らないと……そうだった、ムクゲとの約束のことを完全に忘れていたのだ。時間的にも早く行かなきゃいけない。


「えっと、僕は約束があってもう行かないといけないから、じゃあそろそろ……」

「待ってお兄ちゃん」

 ん……聞き間違いか何か?

「今なんて? お、お兄ちゃん?」

「そう、シン君がお兄ちゃん」

「僕が?」

 よく意味が分からない。

「おい何言ってんだよ姉ちゃん、シンが迷惑がってるだろ、お前の家族ごっこ」

「……親切だししっかり者だからシン君はお兄ちゃんでいいじゃん、ほら佑太、シン君は今日からお前のお兄ちゃんだぞ」

 あー、僕とも一緒に家族になろうよってことか。小学生っぽいなそれ。なんか……。


 三人が校舎を出るときにはもう、空は真っ赤に色づいて、太陽は今にも地平線の向こうへ消えそうになっている。

 この世界でも太陽はちゃんと昇り沈みするし、昼も夜もあるということはよく知ることができた。

「そういえば、あの先生ってどういう担当なの?」

「んー、担任なのかな? わかんない! ほかの先生はいないから!」

 へー、と頷いた。人手がほんとに足りていないのか、あの人はもしかして僕と同じようなボランティア的な役割の人なのだろうか。

 それとも、神か何かそういったものに関係しているのだろうか? そのような気配も全くなかったけど。

「ねーねー、そのキーホルダーめっちゃ可愛いよね、あのお山の上のキツネさんでしょ?」

「あー、これ?」

「ずっと出しっぱだったよ」

というのは、ここに来る前に熱心なムクゲファンのおじさんから手伝いの駄賃として貰ったアクキーのことだ。うっかり、というかまったく本人の前で見せびらかした挙句そのままにしていた。

「まあ、そのこれからキツネさんのところに行かなきゃ行けなくて」

「うわぁー、じゃあキツネさんに会ってからのこと、いつか教えてね!」


 文香ちゃんは校舎の外に出てから校門を出るまで、スキップしながら楽しそうに鼻歌を歌っていた。

 今日のことが余程嬉しかったのだろう。

「本当にシンお兄ちゃんのおかげで今日楽しかった。それに、大事なものまで見つけてくれてほんとうに……おいこら佑太も! せーのっ」


「「ありがとうございましたっ!」」


 二人の元気な声は夕暮れ空にこだまして消えていった。


 角を曲がって住宅地に入る前に、ふと校舎を眺めてみる。何度見ても改めてよくできているものだと思った。これをどうやってあっちの世界からイメージをまるまる移し替えられるようなことができるのだろうか。それも、まるで向こうからそのまま持ってきたような。


 そんな不思議な技術をきっとあのムクゲだったりその先代がずっと引き継いできているのだと思うと、神様って侮っちゃダメなんだろうな、と改めて思った。


「戻るか」


小学生二人とのあっという間の出会いと別れ。会ったときにはタダのガキ二人だと思っていたような節は少しながらあったが(自分も見かけ上ガキなのは置いといて)、今はそのような感情もまるでなく、心から子供になっていたような気がする。……どこかに忘れてきてしまったあの、ただ純粋に発見に驚き、疑問を抱き、時間のひとつひとつが宝石に思える──あの「こころ」だ。

今の今までその気持ちを忘れていないという事実にひたすら感慨深いものを覚える。

いつかまた、彼彼女らに会う時は来るのだろうか。

──この時、不思議な空虚感というのか、後味悪くはないが何かモヤッとするような気持ちが胸に立ちこめたのだ……いったいこの正体は何者なのだろうか。



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