第零話《序》
──何ぞやの、よもやま話と言うて古来より受け継がれてきた物語たち。
ただし、そのどれもが『ありえない』『オカルト』『作り話』と括られるのならば、全てが現実と切り離され空想と現実の間の関係を否定された前提で話は進まねばならぬ。
そもそもフィクションだから現実で起こりうるはずのないこと、とまで断定出来るその自信を持った現代人の片割れにこそ、この物語に耳を傾けることこそして欲しいほどなのじゃが。
……儂の愚痴など聞いていてつまらんじゃろうな。
よぉしよし、そちは物わかりが良いようだから早速と思い出話でもするかの。
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幼い頃は誰しもこんな話に心踊らせただろう。
よくある都市伝説的ジャンル、様々に語り継がれる、トイレには『トイレの神様』がいる……と。
しかし、そんなたわいもないストーリー、幼少時代に親の読み聞かせだったり、おしゃべりや絵本に出てくるようなものは歳を取るごとにばかばかしくなって信じようとはしなくなっていく。それも続くのは小学生の内まで。そしてふと気づけば同世代以上の誰ともそんな『馬鹿げた』会話をすることはなくなる。それが人間の発達、成長の中で当たり前のことだとしても。
もし、そんな人生の中で淘汰されていくような話にあるような出来事、事象、それらがこの現実に存在するとしたら、見えるならば──。
──これは、ひとつの人生の終焉と決別、そして不確かな『その先』へと紡がれる物語。




