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僕と明日美と母さん 5

 明日美もまた驚いた顔をしていた。

 自分が幼い頃からそんな風に罪悪感を覚え、母さんに必死に謝ってきたことを覚えていなかったことに対し、戸惑いを覚えているようだった。


「そんな……なんでお父さんたちは教えてくれなかったの……?」


 そして、信じられないと言う風に呟き、今度は違う方向で罪悪感が働き始めてしまったようにさえ感じ始める。


「それはきっと明日美ちゃんがそのことをいつまでも引きずらないようにするためでしょうね。トラウマになる方が強いから」

「だけど、また同じ過ちをして、透のお母さんを傷付けて……」

「忘れていたことなんだから仕方ないと思うの。忘れるように私も望んでたから。また昔にみたいに謝られるとは思ってなかったけど、それは大丈夫。その代わりと言ってはなんだけど……これで自分自身のことを許してあげて。私もいつまでも明日美ちゃんがそのことで傷付いてる姿を見たくないから」

「許してもいいんですか? でも、それは……」

「いいのよ。じゃないと透と付き合いながら、その罪悪感に心を押し潰された状態で付き合うの? それはそれで透にも失礼だし、明日美ちゃんが辛いだけでしょ? ね、透もそう思うでしょ?」


 今まで蚊帳の外になっていた僕に、いきなり話を振ってきた。

 そして、二人の視線は僕へと集まり、発言次第で全てを決まると言わんばかりの重圧(プレッシャー)が押し迫ってくる。


「僕に失礼かどうかは置いとくとしても、父さんの件のことをずっと引きずったままの状態ではいて欲しくないよ。何かあるたびにそのことを思い出して、明日美が辛い思いをするんでしょ? うん、その姿は見たくない。僕は幼かったから分からないけど、母さんが許せるって言うんなら、それでいいんじゃないかな? だから明日美も許してあげてよ、自分のためにも」


 そう、結局はこんな解答をすることしか出来ない。

 だって僕は問題の渦中の一人に入るけれど、渦中ではない人物に等しい。だから、二人がどこまでお互いのことを許せ合えるか次第なのだから。

 そこで明日美は緊張の糸が一気に解けてしまったらしく、泣き始めてしまう。

 子供の時から今まで溜め込んでいたものを全て吐き出すかのような勢いで。


 そんな明日美を母さんは我が子を慰めるかのように抱き締め、明日美の後頭部と背中をリズムよく叩きながら慰め始める。

 しかし、そんな母さんも明日美の感情に引きずられてしまったらしく、しばらくしてから同じように静かに泣き始めてしまう。

 僕はその二人を見ることしか出来なかった。


 何も出来ないことが悔しく感じてしまったが、何をどうすればいいのか分からない以上、下手に動けない。同じように泣ければいいのだが、その時の記憶がない以上、感情移入することさえ出来ない。そのことがほんの少しだけだったが辛く感じてしまった。

 しばらくして泣き止んだ二人は、まず母さんが立ち上がり、


「明日美ちゃん、付いて来てくれる?」


 明日美の手を取り、立ち上がらせる。

 まだ言葉がうまく出せないのか、明日美は自分の手で何度も涙を拭いながら、頷く。

 そして、母さんはそれを確認した後、リビングから出る。

 その後をおとなしく付いていく明日美。

 僕も椅子から立ち上がり、一番後ろを付いていく。


「ここ、なんだけど……たぶん、大丈夫よね?」


 そう言って着いたのは母さんの部屋だった。

 父さんに会わせるつもりなのか……。

 それを理解した僕はほんの少しだけだったが、心配になってしまう。

 泣いてしまうのはもうしょうがないことだと思う。しかし、父さんの遺影や仏壇を見て、変な風に落ち込んでしまうことが不安になってしまっていた。


 そこで母さんと視線が合う。

 明日美ちゃんを支えてあげなさい。

 またもや言葉には出さないけれど、そんな風に言われてるような気がした。

 最初からそのつもりだった僕は首を縦に振り、明日美の隣に立つと右手を優しく握る。

 明日美は僕のいきなりの行動にちょっとだけ戸惑ったようだったが、ぎこちない感じで握り返してくれる。


「じゃあ、入ってきて」


 僕たちの準備が整うのを待っていたかのように、母さんは部屋の扉を開け、そこに入るように促してきたので、僕が明日美の手を引っ張る形で中に入る。

 もちろん、一発で明日美の視線は父さんの遺影へと行く。

 何も言えない様子で、その遺影をしばらくの間、眺めていた。


「あなた、明日美ちゃん、こんなに大きくなったわよ。透と付き合うことになったんだって。それは報告したわよね。今日来たのはあなたのことで私に謝りに来たの。この年で偉いわよね」


 そう言って、父さんに母さんは部屋に入るなり、そう話しかける。

 もちろん反応なんてものはない。

 けれど、母さんの言葉から何かあったらこうやって報告していたことに気付く。


「あれ、透はこうやって母さんが父さんに話しかけてるの知らなかった?」


 僕の反応から察したらしく、そう尋ねてきた。


「さすがに知らなかったかな。そんな風に報告してたなんて」

「一応、良いことも悪いことも報告してるから、父さんに天国かどこかで会えるとしたら、きっと色々言われるわよ?」

「こんな時に茶化さないでよ」

「それぐらい伝えたいことがあるってことよ。あんたがこうやって話しかけない分ね」

「言われもしないから言うわけないじゃん」

「言えないでしょ。恥ずかしいのに」

「……だろうね」


 母さんの本音を聞き出せたところで、僕の明日美の様子を見る。

 ずっと、無言で父さんの遺影を見つめていた。

 まるで何か言いたそうな感じで、口を開こうとしては強く締めて、堪えているような感じだった。


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