僕と明日美と母さん 3
リビングへ着くと、そこは普段と違い、すでにお菓子やコップなどが準備されており、明日美を迎える用意がすでにされていた。
僕が家を出る前はまだ準備はされていなかったので、きっと僕が家を出た後に準備していたのだろう。
母さんはいつも通り、キッチンが近い奥側の椅子へ向かいながら、
「北山さんは透の隣の方が安心するよね。じゃあ、そっち側へ座って? ほら、透、椅子ぐらい引いてあげなさい」
僕に指示を出して来たので、言われた通りに僕がいつも座っている隣の椅子を引き、そこに座るように促す。
「ありがとう。えっと……」
明日美は引かれた椅子にどのタイミングで座ったらいいのか、僕たちの様子を伺っていた。
「座っていいよ。明日美はお客さんなんだから、そんな気を使わなくていいから」
僕もそれだけ言って、隣へ迷うことなく座る。
その言葉を聞いた明日美は少し戸惑いながらも、
「失礼します」
それだけ言って、椅子に座り、持っていたポシェットを自分の膝に置く。その状態から自分の都合いい位置へと椅子をずらしていた。
母さんはというと、飲み物を用意していた。
自分はインスタントのコーヒーを入れ、僕にはオレンジジュースを淹れつつ、
「北山さんも透と同じものでいい?」
そう聞いてくる。
「は、はい……! でも、そんなに構わないでください! 大丈夫ですから!」
予想通りと言うべきか、頷きつつも遠慮する姿勢を見せる。
しかし、母さんはそれに対して何も言うことなくオレンジジュースをコップを注ぎ、それを僕たちの元へ差し出す。そして、自分のコーヒーをテーブルに置いた後、椅子に座った。
「そう言われても、お客さんをもてなす場合はこうしないといけないのが、日本の礼儀みたいなものだからね。『いらない』と言われて、『はい、そうですか』なんて素直に頷けないでしょ?」
日本の礼儀に対してのツッコミを入れて、場を和まそうとしてくれた。
きっと明日美が緊張しているのが十分に伝わっているため、母さん自体にも余裕が生まれているのだろう。雰囲気からすれば、普段通りのものだと僕は感じた。
対して、明日美の方はというとーー困ったように苦笑いをするばかり。
当たり前であることに対してのツッコミを入れられ、どう返したらいいのか分からないのだろう。僕に普段から見せるツッコミのキレが一切ない状態だった。
「そ、そうですよね。変なこと言ってすみません」
「いいのよ。気にしないで。やっぱり本題を素早く終わらせた方が北山さんにとっていいみたいね。じゃあ、本題を話しましょうか」
こうしてあっさり母さんは本題を話す流れへと作り出す。
さすがの僕も少しだけびっくりしてしまっていた。
もう少し大人というか親というかそういう謎の威厳をみたないものを出しながら、そういう話に持っていくという展開をす想像していたからだ。まるで世間話をするかのような言い方すぎて、逆に空気が壊れてしまうのでないか?
そんな風に思え、僕は明日美をチラッと見てみる。
予想以上にガチガチに緊張してしていて、僕の予想はあっさりと外れてしまっていた。
どうやら『本題』という言葉にだけ、思考が反応してしまい、空気や話の流れなんてものは正直気にしている場合ではないと言った様子。
「え、えっと……その……! きょ、今日はじ、時間を作ってもらってありがとうご、ございます! あの! その、私はと、透くんと付き合わせてもらってる……き、北山、あす……明日美っていいま……すッ!」
「そうなの。透と付き合ってるのね。うんうん。透のどこが好きなの?」
「す、好きな……! あ、あの……や、やしゃし……優しいところとか……いつも、気遣ってくれてると、ところとか!」
「そうなの? それならいいけど……」
母さんは明日美の言葉を真剣に聞き、そしてよくある質問を返す。
別段、付き合うことに対しての否定的な意見は出すつもりはない様子だった。
だから、その件に関しては僕が聞くしかないと思い、
「母さん。付き合うことに対しての反対とかはしないの?」
明日美の言葉を遮って、そう尋ねる。
母さんは明日美と僕を何度か見た後、にっこと笑みを作り、
「なんで? 付き合うことに対して、親である私が否定しなきゃいけないの?」
逆に否定する意見を求められてしまう。
僕はそう聞き返されるとは思っていなかったため、ほんの少し戸惑いつつも、自分の中でなんとか答えを導き出す。
「一応、ほら……相手を見て……ダメとか言うのかなって……。人柄とかそういうのあるじゃん」
「あー、そうね。合格でしょ。むしろ、もったいない。なんでこういう礼儀正しくて、家柄も良い相手に好かれてるのか、そっちの方が気になるぐらいよね」
「……息子をディスってない?」
「ディスる……? 最近の言葉すぎて正しい日本語を使って欲しいんだけど?」
「バカにしてない?」
「バカにしてるわよ。バカじゃない。あの成績で天才とは言えないし、凡人にしては悪すぎでしょ」
「やめろ。息子をこれ以上、落ち込ませるのはやめろ」
「事実よ、事実。逆に透が挨拶しに言ったら、『ダメ』って言われるんじゃない? 私は息子だからいいけど、北山さんのご両親があんたで許すとは思えないんだけど? そもそも、挨拶しに行ったの?」
「いや、まだだけど……」
「順番逆じゃない? 普通は男が先に挨拶しに行くものよ? これだから男は……ごめんね、北山さん。こんな息子で……」
母さんはまるで僕の不甲斐なさを責めるかのように、明日美へと頭を下げる。
さすがの明日美もここまで僕がボロクソに言われるとは思っていなかったらしく、ちょっときょとんとしていた。しかし、母さんが頭を下げたことでハッとしたらしく、
「いえ! 私がそういうのも言わなかったので! きっと透くんだったら、私が提案したら挨拶しに行ってくれたと思います! そもそも私が家をまだ教えてないので……」
普段通りの口調で母さんへの謝罪に対しての言葉を否定し、僕をフォローしてくれた。
くそ……ッ!
きっとこういうやって明日美の緊張を解す狙いは分かっていたけれど、予想以上に言われたため、僕は心の中で毒舌を吐いてしまうほどダメージを負ってしまっていた。
母さんは母さんでいうと、明日美の返事に対して、
「あれ? そうなの? まだ行ったことなかったの? それなら仕方ないのかな?」
と明日美の家に行ったことがなかったことに対し、驚きを隠せないでいた。
「そうです、仕方ないんです! というより、私が透くんのお母さんに先に言わないといけないことがあるから……だから、順番的にはこれが正しいんです」
「私に言わないといけないこと?」
「はい……」
明日美はおもむろに椅子から立ち上がり、椅子の横に立つとそのまま土下座をして頭を下げ、
「ごめんなさい。私が透くんの幸せを、お母さんの幸せを奪ってしまってごめんなさい‼︎」
悲痛な声でそう謝ってきた。
僕も母さんも明日美がそんな行動に出るなんて思っておらず、呆気にとられてしまい、その状態で時間が止まってしまう。




