予定通りの仮病 3
「それでいったい何をして欲しいの?」
僕は負けを認めたところで、秋山さんの叶えてほしい願望を聞いてみる。
本当は聞かなくても分かっている。
分かっているけれど、やはりそれはそれで聞かないといけないと思ったから、ワザと尋ねているのだ。
「私も配信者になりたいから、色々と教えてほしいんだけどダメかな?」
「何のために? それは僕のため? 秋山さんのため?」
「私のために」
「あ、そうなんだ。じゃあ、いいよ」
平然と流した会話だったが、僕はちょっとだけびっくりしていた。
一応、カマをかけたのだ。
ここで秋山さんが『僕のため』と答えるのであれば、全力で止めにかかった。いや、止めることはしなくても、少なくとも『自分のために』という方向に話を持って行くつもりだった。じゃなければ、配信なんてものは長くは続かない。自分が楽しまなければ、ダメなのだ。
どうやらそこの考えはしっかりしていたらしく、僕はホッとする。
そんな僕を見ながら、秋山さんはにっこりと笑みを浮かべている。
「なんか安心した顔してるね」
秋山さんも僕の考えをお見通しだったらしく、そんなワザとらしい質問をしてきた。
「そりゃあね。僕の考えを読んでくれてありがとう。でいいのかな?」
「それは違うよ。帰ってから私だってちゃんと考え直して、こういう結果に至っただけだよ」
「……それは意外」
「私だって誰かのために自分を犠牲にするほど、お人好しじゃないってことだね」
「それが楽な生き方かもしれないね。じゃあ、話を進めるよ?」
「うん、大丈夫」
「秋山さんはどの配信アプリで配信したいの?」
今の時代、スマホがあれば配信が出来る。
それは昨日簡単に説明した通りだ。
しかし、その配信アプリもちょっと前とは増えて、今ではたくさんある。
僕自身はツイキャスの方しか分からないため、もし他の配信アプリを使いたいというのであれば、それを調べなければならない。
そう思ったのだ。
「滝本くんが利用してるアプリでいいよ。そしたら悩まなくていいでしょ?」
「……そうきましたか」
「そう来ます。ある程度のことは予測してるから、どんな質問が来たところでサクサク答えちゃうよ?」
「だろうね」
僕の脳裏にはその様子が一瞬で思い浮かぶようだった。
ここまで気を使われたことをされると、もう僕が何を教えるべきなのかよく分からなくなってきて、逆に困ってしまいそうな気がした。
「それでアプリはもうスマホに入れたの?」
「ううん。入れてない。私がお願いしたいのはそこから先かな?」
「え? どういうこと?」
「家庭の事情……に近いんだよ、ここから先は……」
秋山さんは困ったように笑う。
僕にはここから先、何が困るようなことが起きているのかさっぱり想像が付かなくて、首を傾げることしか出来ない。
「えっとね。別にそんな強制とかじゃないんだけど、スマホにそういうアプリ入れてると親が怒るんだよね。不意打ちで確認された時に」
「え? マジ?」
「マジです」
「苦労する生活してそう」
「慣れだよ、慣れ。あ、でもLINEとTwitterは許可もらってるから大丈夫。とりあえず悪い影響を受けそうなアプリはダメって感じなのかな?」
「Twitterこそ悪い影響受けそうナンバーワンアプリじゃん」
「……だよね」
そこは秋山さんも納得しているらしく、苦笑した。
僕はそんな秋山さんの生活環境に同情してしまう。
「まぁ、いいや。何でもかんでも制限するよりはある程、緩くないとダメって理解してるご両親だと思っておく」
「うん。子供の扱い方が上手い親だよ、本当に」
「んで、スマホのアプリを入れちゃダメっていう状態で、僕に何を協力してほしいって?」
「それはね……うん……ものすごく言いにくいんだけど……」
そこで秋山さんの視線がある一定の方向へ向けられる。
僕はその視線の先に何があるか知っている。
いや、少しだけ語弊があるので正しい言い方をしておこう。
この部屋に秋山さんをまねきいれてから、ちょくちょくその視線の方向にある物を見ていたのだ。まるで興味がないかのようなフリをしながら。
その物とはーー。
「パソコンですか?」
少しだけ嫌な予感を感じながら、それを僕をチラッと見た後、秋山さんを見直す。
コクッと一つ頷かれる。
それしかないよね。分かってた。
スマホに配信アプリを入れちゃダメだと分かった時点で、選択肢なんてそれしかないのだ。
がそれにも大きな問題がある。
「貸すって無理だよ。これ、ノートパソコンじゃないんだからさ」
僕が持っているのはデスクトップパソコン。しかもゲーミング。さらに言えば、男のロマンと言われるデュアルディスプレイ状態。
そんなものを貸すのは物理的に無理な話だ。
貸すなんて選択肢をするぐらいなら、自分で買った方が早い話なのだ。
しかし、そこで僕はあることを思い出す。
「え? ちょっと待った。パソコン持ってなかったよね? 親が買ってくれないとかで」
「うん、そうだよ」
「だったら貸すとか無理じゃない?」
「たぶん、滝本くんが想像してる『貸す』じゃ無理かな?」
「え? どういうこと?」
秋山さんの言う意図が分からず、僕は必死に頭を回転させる。
思いつく限りでは、『貸す』という感じのほかに何が別の意味があるのかどうか、ということ。
ちょっとの間、考えてみるけれど、全く思いつかない。
思いつかないが故に思考がショートし、一瞬にして考えるを辞めてしまう。
聞いた方が早い。
それが僕の中で出た結論だった。
「分からないから答えを教えてほしいんだけど?」
「あ……うん、そうだよね。普通、分からないよね」
秋山さんはなぜか恥ずかしそうに両手の指を絡めたりしながら、僕をチラチラと見ている。
たぶんちょっとした緊張を味わっているのだろう。
それほどものすごいことを言い出す。
僕はそれだけ分かった。
自然と僕も緊張してしまい、生唾をごくりと飲み干す。
数秒の沈黙。
秋山さんから出た台詞は、僕が考えることすらしなかったものだった。