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予定通りの仮病 2

 とりあえず僕は自分の部屋に招き入れることにした。

 リビングはあるけれど、親がいつ帰ってくるか分からないからだ。

 もし、異性を家の中に招き入れてるとバレれば、いろんな意味で面倒なことになることがあらかた予想がつく。そんな予想は絶対に外したい。

 それに秋山さんは昨日の件のことで怒ってくるのは間違いないのだから、その姿を親には見せたくない。

 だからこそ、自分の部屋に招くという選択肢しか思いつかなかったのだ。


「まさか本当に来るって思ってなかったから、部屋の掃除とかしてないけど許してね」


 部屋に入る前に秋山さんにそう忠告する。

 この伏線を張っておけば、どんな風に思われたとしても大丈夫だとネットで見たことがあったから。


「大丈夫だよ。いきなり私が押しかけたんだしね」


 秋山さんは普通に話してるつもりなのだろう。

 でもやはり、最後の「押しかけた」という発言だけはどうしても威圧感を感じてしまう。

 どうすることも出来ない僕は深いため息を吐きながら、部屋のドアを開ける。


「どうぞ。荷物は適当な場所に置いていいから……えっと、ベッドぐらいしかないか。座れる場所って。とにかく入って」

「お邪魔しまーす」


 秋山さんを招き入れた後、すぐに僕も部屋の中に入る。

 そして、まずベッドの上でグシャグシャになっている布団などを起こすと、秋山さんが座れる場所を作った。

 それだけ出来れば十分。

 僕は自分が使っている椅子に座ればいいだけなのだから。


「あ……ちょっと待ってて。飲み物取ってくるから」


 そこで僕は飲み物を出していないことに気がつく。

 致命的なミス。

 即座に部屋から出ようとするとーー。


「そこまで気にしなくていいよ。そんなに長居するつもりないから」


 秋山さんにそう呼び止められる。

 僕はそこで足を止め、ちょっとだけ悩んだ結果、その指示に素直に従うことにした。

 冷静に考えてみれば、お客さんが来た時用の飲み物を準備していないからだ。そもそも、僕が炭酸系統やコーヒーぐらいしか飲まないで、定番のオレンジジュースやりんごジュースを常備していないのだから。


「コーヒーぐらいなら出すんだけど、本当にいいの?」


 念のため、もう一度確認を取ってみる。


「うん、いらない。私にはそれよりしなきゃいけないことがあるから」


 そう言って、秋山さんは学生鞄を開け、中から何かをゴソゴソと探し始める。

 僕はその行動を見ながら、言われた通りに椅子に腰掛ける。

 その間に探し物が見つかったらしく、学生鞄から出したのは茶封筒。


「はい、これ。昨日の残り」


 そして、僕の茶封筒を突き出す。

 それをおそるおそる受け取り、秋山さんの様子を確認しながら、中身を見た。

 中身は一万円札二枚と千円札が三枚、小銭がはいっていた。


「これって昨日の残り? えっと、割り勘してくれたの?」


 確認しないでも分かるはずだったが、念のために確認。

 ベッドに秋山さんは座りながら、首を縦に振る。

 その反応は呆れており、目は完全に冷たくなっていた。


「まったく。あの時、私が無理強いっぽくしたのは分かるけど、逃げるのは酷くない? さすがの私も反応に困ったじゃん」

「それはごめん」

「お金をそれなりに置いて行くならまだしも、まさか一万円札だし……。さすがに返さないとまずいよね。いくら滝本くんが奢ってくれるっていう流れだとしても」

「それは……僕も予想外でした」

「そして今日返そうと思ったら、学校休んでるし……本当に何してるんだか……」

「それは……その……」

「たぶん滝本くんの予想では『学校でも昨日の件を尋ねられる!』とか思ったのかもしれないよ。もしかしたら、その想像通りだったかもしれないけど、休むなんて酷いよ。先生に本当に住所聞くハメになっちゃったじゃん」


 本当に聞いて、家にまで押しかけてくるとは思っていませんでした。

 怒っているというよりは拗ねているような状況に近いと分かった僕は、心の中でそうぼやく。

 こんなこと口に出して言ってしまったら、さらに火に油を注ぐようなものだから。

 秋山さんは唇を尖らしながら、僕をジーっと見つめている。

 なんとなくまたこの心の声を読まれているような気がしたが、そんなことまで気にしていたら身が持たないので考えないように必死に努める。


「でもさ、本当に先生が教えてくれるとは思わなかったんだけど。なんて聞いたの?」

「それは企業秘密。私の人徳だと思っておいてくれたらいいよ」

「あ、はい」


 意地でもそのことについて教えてくれそうにないので、僕はこれ以上、聞くことは辞めた。

 それよりもさっきから気になっていることは、昨日の件についての話題を出さずにこのまま帰ってくれるかどうかということだった。

 一応、昨日無理矢理実行しようとしている認識があるようなので、もしかしたらなかったことにしてくれるかもしれない。

 そんな淡い期待に僕は必死にすがることにした。

 しかし、現実はそんなに甘くない。


「これで借りは二つほど出来たってことだよね?」


 僕の考えを読んだかのように、秋山さんの目が光り、そう悪魔の質問をしてきた。


「二つ?」

「うん。『カラオケ代をそのままにして帰ったこと』、『私に先生から住所を聞き出す手間を作ったこと』の二つ」

「あ、愚痴の件は違うんだ」

「あれは私自身が聞きたくて、無理矢理聞いた節があるからノーカン」

「その無理矢理をノーカンにするなら、延長線上にある『無理強いした結果、カラオケ代を残して逃げたこと』もカウントに含まないことになるんじゃあ……」

「あー……それは……」


 秋山さんの中でそこに対しての悩みが生じ始めたらしい。

 一応、そこは愚痴と関連しているのでなんとなく論破出来るような気がしたため、適当に言ってみたのだ。

 心の中で僕は密かにガッツポーズを握る。

 あとはもう一つの方だった。

 こればかりは僕が学校を休まなければ、解決した問題だろう。

 根本的なことを言うと、聞く必要もないと思える行動。

 そこをどう切り崩して行くか、必死に頭を回転させる。


「まぁ、でもあれだよね。滝本くんの中で『私に悪いことした』って思うことがあるなら、それはもう借りのなにものでもないんじゃないかな?」

「え? そうくる⁉︎」

「うん、違う?」


 秋山さんは笑顔だった。

 そんな大きなくくりにひとまとめにされてしまえば、間違いなく僕の負けだ。

 今日もそれに対しての恩を感じたところなのだから。

 ここで何か言い返すことが出来れば、きっと僕は勝てたのだろう。

 でも、そうやって恩知らずみたいなことはしたくない。

 だから僕は素直に負けを認めた。


「はい、すみませんでした。僕が悪かったです」


 椅子に座ったままだったが、そう言って頭を下げる。

 秋山さんの顔は見えなかったけれど、雰囲気が昨日と同じようになったのを感じ、少しだけホッとした。


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