告白 5
そんな時、明日美がちょっとだけ笑ったような気がした。
今までの幸せそうな笑みとは違い、ほんの少しだけ黒い笑み。
これは嫌な流れだ……。
本能的に僕はそう察した途端、
「ねぇねぇ。ものは試しに私を襲ってみる?」
そんなとんでもない言葉が明日美の口から飛び出てきた。
僕は一瞬、躊躇う。
その言葉を間に受けていいのか、それとも流した方がいいのか。
まるでどっちにとってもいいような感じで試されているような気がしてしまっていたからだ。
「ほ〜ら〜、早く決めてよ。これを言った私が恥ずかしいでしょ?」
「待ってよ。さすがにこれを即決するのは難しいって……」
「理性と本能の迷いってやつ?」
「むしろ幻滅されないかどうか」
「……どっちでしょう? ほら、残り十秒、九……」
明日美はそう言って、どんどん時間を減らしていく。
「二、一、はい、答えは?」
「また今度で。今日は素直に帰ろう。それがいいよ。付き合って、いきなりはやっぱりダメだと思うし」
いきなり始められた時間制限に戸惑いつつも、僕は当初の考え通り、理性に従い、こちらの答えを選ぶ。
言葉通り、やっぱりいきなりだと関係的にダメだと思ったからだ。
「うん、そう言うと思った。ちょっとだけ残念かもって思うけど、やっぱりそれが透らしい答えだし、私もそれでいいと思うから。ごめんね、意地悪なこと言って」
「最近は表情で分かってき始めたから大丈夫だよ。それなりに僕も覚悟決められるし」
「それはそれでつまらないかな。今度から真顔でいきなり質問してもいい?」
「ダメ。心臓に悪い」
「ちぇ、つまんないの」
軽く舌打ちをしつつ、明日美は唇を尖らせる。
そうかと思えば、すぐに表情を緩ませ、にっこりと笑顔を作り直す。
結局のところ、今の状態が幸せすぎて表情が緩んでしまうのだろう。
こんなことで明日から学校で大丈夫なのかと思ってしまい、心配になってきてしまう。もちろん、僕も含めてだが。唯一の救いなのが、クラスが別だから頻繁に顔を合わせることがないから、バレることが少ないということだけだった。
「今日は余韻に浸ってもいいけど、明日からは普段の明日美に戻ってよ? そんなじゃ学校でバレる」
念のため、そうやって注意を促しておく。
「え? それは透もでしょ?」
「大丈夫。明日美の話題をまず出さないし」
「私も出さないもん。でも、透の家では甘えてもいいよね?」
「それならいいけど……こういうのって母さんにも言った方がいいのかな?」
「どうなんだろ……。一応、私は言うつもりだけど……判断仰いでみる?」
明日美は急に真面目な顔になり、上目遣いで僕を見てくる。
普段からたまにこういう風にしてくることがあったが、今日はなんでかいつもより可愛く見えてしまい、ドキッとしてしまう僕がいた。けれど、話題が話題なので僕も真剣に考えて、それを悟られないように努力することを試みる。
「そうだね。僕たちの場合は複雑だし、そっちの方がいいかも? ただご両親にはこう言っておいてくれるといいかな? 『母さんに話すとしたら、僕の口から話したいから話題を振らないでほしい』って。実際、今接点があるのかどうか知らないけど」
真剣に考えた結果、そういう結論が出た。
なんでもかんでも明日美のご両親経由で話されるというのは、やはり良いものではない。僕が親の立場になってみて考えたとしても、これが一番良い選択肢だと思うからだ。
「うん、分かった。透の言う通りにしておくね。もし、透のお母さんに報告するときは私も一緒にいてもいいかな?」
「それはいいけど……キツいこと言われるかもしれないよ? 一応、関係的に……」
「分かってる。責められたり、付き合いを拒否されたとしても……。きっとこれは親は関係なくて、私たちの問題だと思ってるから。解決するなら、私たちの力でなんとかしようよ」
僕があえて言わなかった言葉を、明日美本人からそう言ってくれた。
そう明日美の言う通りなのだ。
僕たちが付き合うことに関しては、僕たちの問題。だから、明日美の両親には変な口を出して、無理矢理付き合いを認めさせられたくない。これが反対の立場だったとしても、僕も同じ風に考えたと思う。
「分かった。そうしよう。じゃあ、今日は帰ろうか。家まで送るよ」
そう言って、僕はベンチから立ち上がり、大きく背伸びをした。
ずっと座りっぱなしだったからか、ボキボキッと無駄に骨が音を立ててしまう。
明日美も立ち上がり、同じように軽く伸ばした後、ちょっとだけ悩むような表情をして、
「あのね、今日もいつもと同じ所まででいいかな?」
と少し遠慮気味にそう言ってきた。
気持ち的には家まで送ってほしそうな感じではあるのだが、少し問題がある。そんな感じの雰囲気を出していた。
「それはいいけど大丈夫? そこだけが心配なんだけどさ」
「大丈夫だよ。私、そこまでひ弱じゃないし」
「ひ弱っていうか、普通に彼氏として心配してるだけだよ」
「……それは卑怯な台詞だよ」
「そうかな?」
「うん、卑怯。ともかくいつもの所でいいから。家まで送ってもらうとしたら……やっぱり日が明るいうちにちゃんと招待したいしね」
「なるほどね。うん、口滑らせた感じするけど、聞かなかったことにしよう」
「……言わせたようなものでしょ、バカ」
明日美はそう言って、僕の腕に抱きついて来る。
その行為が新鮮で、僕は正直恥ずかしくてしょうがなかった。けれど、そんな羞恥心よりも幸福感の方が強すぎて、振り払うことも出来ない。
そんな感じで固まっていると、明日美が歩き始めたため、僕もそれに付いていくように歩いていく。
腕に抱きつかれて歩くという行為に慣れていないため、歩きにくくてしょうがなかった。
それでも、やっぱりこういう関係になれたことが嬉しさのほうが強すぎて、そんなことどうでもよくなっている自分もいた。
そんなよく分からない感情になりながらも、僕は歩いていく。
まるで『今まで止まっていた何かからようやく抜け出し、新しい明日を歩いている』という謎の感覚を味わっているようだった。




