告白 4
「あのね……あの自殺を止めた日のことを覚えてる?」
キスの余韻を味わい、ぼんやりとした思考の中にいる僕に明日美がそう尋ねてくる。
明日美の目も少し余韻に浸っているらしく、少しだけとろけたものになっていたが、目の奥はちょっとだけ輝いているようなものがあった。
まるで僕に前から報告したかったことがあったかのような感じだ。
「一応? あの時はあの時でおかしかったから、ちゃんと覚えてるかどうかは分からないけど」
「それじゃ、話してもしょうがないのかな? でも、知って欲しいから言っておくね。たぶん、傷付けることにはなると思うけど、知っててほしいことだから」
「……うん、分かった」
何に対して、僕が傷付くのか分からないけれど、明日美がどうしても話しておきたいようなので頷いておくことにする。
「屋上から私を学校内に入れる時に腕、引っ張ったの覚えてる?」
「そんなこともあった気がする。なんか風邪引くかもしれないから、無理矢理したんだっけ?」
「そうそう! あの時に私も少しだけデジャヴみたいなの覚えたの」
「デジャヴ?」
「うん。あれって、たぶん透のお父さんに腕を引っ張られた時の感覚だと思う。あの事故の時の……」
「守られた時の?」
「たぶんね。私自身も幼すぎて、もうそんなには覚えてないの。だから感覚の話になるんだけど、そんな気がするんだよ」
「そっか。だから、僕がそれをした時に、一瞬呆けたみたいになったのか」
「やっぱり親子なんだね……。私がそうやってデジャヴ感じるってことは」
「どうなんだろ」
さっぱりイメージが湧かない。
記憶自体があまりない僕にとって、その感覚の話をされたところでどう受け取ったらいいのか分からずにいると、
「ごめんね。でも、やっぱりこれは伝えたかったの。覚えてたとしても覚えてなかったとしても、やっぱり透に関することだから」
内容が内容だけに僕のことを考えて、明日美は謝ってきた。
「大丈夫だよ、気にしてないから。よく分からないけど、母さんが言うように父さんの面影があるってのは辛い時もあるけど、良いこともあるのかもしれないね。僕にとっては……たぶん良いことなんだと思う。悲観的にならないってことは」
そう言って、前向きに受け止めておくことにする。
きっとそれが明日美にとっての良い返事なのだと思い。
明日美はそれだけでも嬉しかったようで、「うん」と元気に返事をしてくれた。
たったそれだけのことなのに、僕は心の中は幸せに満ち溢れてしまう。
そのタイミングでだった明日美のスマホからバイブが鳴ったのは。
時間帯が深夜であり、静まり返ってるせいか、音が普段より大きく聞こえてしまったため、僕と明日美はビクッと身体を震わせた。
ただ、それがほぼ同時に起きた出来事だったからか、僕たちは自然と笑いを溢してしまう。
しかし、現実にも引き戻されてしまう。
「やばッ! 今、何時⁉︎」
そう言って、慌ててポケットから慌ててスマホを取り出し、時間を確認する。
時間はもう一時半を少し超えていた。
予定では一時間ぐらいの予定のはずだったのに、それを大幅に超える時間になっていることに僕は驚いてしまう。
「……マジか……。これ、明日美のご両親にバレたら怒られる時間じゃん。え、送るよ!」
動揺しながらそう言うと、明日美はちょっとだけキョトンとした表情をした後、クスッと笑う。
なぜかその笑顔を見るだけで安心出来てしまう自分に違和感を覚えてしまう。
「な、なんで笑ってるのさ!」
動揺した僕とは正反対の反応をする明日美に対して、そう尋ねると同時に違和感の正体に気付く。
本来であれば、こんな深夜に親に黙って外出しているというのに、明日美がそれに対して何の動揺もしていないせいだった。現在の状況から考慮したとしても、少なからず動揺してもおかしくはないだろう。しかし、その動揺の『ど』すら当てはまらないほど、落ち着いているのだ。
何かあるよ、これ。
僕がそう思うには時間はかからなかった。
きっと僕がそんな表情をしたからだろう。
明日美は僕を落ち着かせるように後頭部を優しく撫でてきた。
「ごめんね、今まで隠してて。透に謝らないといけないことがあるの」
「謝る?」
「うん。実はね……今日、透に会いに行くの親にちゃんと伝えてあるの。ううん、それだけじゃない。もっと前から。そう、あの自殺を止めた時から、もう話はしてあったんだ」
「嘘でしょ?」
「ううん、本当。だから昼間だろうが、夜だろうが透の家に行くことが出来たの。ただ条件はあったけどね」
「条件って?」
「透のお母さんには接点を持ってるってことを秘密にしておくこと。顔を合わせたとしても、私のことをバラさないこと。それでもバレた場合はどうしようも出来ないけどね」
「え? 全部報告済み?」
「うん。一応はお父さんの親友で恩人なわけでしょ? 責任的な話は私の責任だから、透が責められることはない……のかな? そこらへんはよく分からないけど、ちゃんと『行くね』ぐらいは言ってるから、今回のことで透が怒られることはないよ。ダメだったら止められるしね」
とんでもない話だった。
いくら父さんの親友だとしても、僕はその息子にすぎない。いくら恩があり、罪という概念があったとしても僕という存在を過信しすぎているようにしか思えなかった。
試されているわけではないと思うが、それでもなんか納得いかないものが僕の心の中に芽生えてしまう。
「やっぱり怒ったよね?」
明日美は普段見せないような悲しい顔を僕へ見せてくる。
反射的に僕は首を横に振り、それを否定した。
「怒ってはないよ。けど、それでいいのかな? って気持ちがあるぐらい」
「いいんじゃない? そこは私の両親のせいになるところもあるし。さっきも言ったようにダメだったら止められると思うから」
「それで僕が襲ったら、どうするつもりだったんだろ」
出来もしないことを僕は口に出して、現在の明日美の反応を見てみる。
今までの明日美での返事は聞いていたが、関係性が変わった現在の明日美の気持ちを確認したくなったから。
「責任自体は取らせると思う。けど、私はいいよ。『襲うっ』ていうのは言葉の意味合いとしてはもう変わってくるから」
「あの……レイーー」
「そんな言葉使わないでよ。雰囲気が台無しになるでしょ」
「ごめんなさい」
「透の言いたいことは分かっての返事だから」
「そうですか」
「それにね、きっとお父さんたちは喜ぶかもだよ? 恩人の息子と結婚する流れを作れるわけだし」
明日美はまるで僕のことを試すかのような言い方をしてくる。
僕が試す側だったのに、立場は一瞬にして逆転してしまっていた。
なんでこんなにも僕のことを過信しているのか、明日美とそのご両親の謎に関しては深まるばかりで、心のどこかで僕は反逆してみたい気持ちも少しだけ生まれて気そうだった。
無論、実行するつもりも勇気もないのだけれど……。




