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過去にあったこと 4

「それで二つ目の恩ってなんなの?」


 僕は何気なくそう尋ねる。

 すると母さんの雰囲気は少しだけ暗くなった。

 まるで物語の核心がここにあるかのような、そんな雰囲気を出して。


「二つ目こそ、本当に覚悟して聞いてね? 父さんの死にも関わることだから」


 あっさりと言われた言葉に僕は驚きを隠せなかった。

 こんなことで父さんの死が関わってくるなんて思っていなかったからだ。いや、違う。昔に父さんが死んだ理由が事故死であることが分かっていたが、詳しくは分かっていなかった。教えてもらえなかった方が正解だろう。

 だからこそ、推測だが母さんが言いそうなことがなんとなく手に取るように分かった。

 そこで負担を減らすためにも僕の口から、そのことを言いだすべきかどうか悩んでしまったぐらいだ。


「覚悟は出来てる。そして、予想も付いたよ」


 僕の言葉に母さんはクスッと笑う。


「やっぱり? だよね。分かるよね。本当に父さんはバカっていうか……なんていうか……」


 そして、寂しさを隠すようにして父さんのことを悪く言い始めた。

 生きていて欲しかった。

 その気持ちが痛いほど伝わってきて、その悪く言う言葉に対して、僕は何も反論することは出来なかった。


「何があったの?」

「親友同士で言ったでしょ? だからある時、明日美ちゃんを預かることになったの。もちろん、父さんだけじゃなくて母さんも一緒にいる時にね。二人だったら、さすがに両方の面倒も見れると思ったからね。ただ、母さんも買い物があったから、ちょっと二人を父さんに預けて、買い物に出掛けたの。そしたら、どっちかが『外に出たい』みたいなことを言い出したんだと思う」

「そうなの?」

「死人に口なし。父さんは即死に近かったから……。それに透も明日美ちゃんも幼すぎたからね。結局は分からないのよ」

「……そう、なんだ」

「全部、透と明日美ちゃんの泣きながらの説明を聞いただけだから、理解はしづらいわ。言葉もようやくだった時だし。簡単に話すと、『外に連れ出して、三人でボール遊びをしてた結果、それが公園の外に出て、明日美ちゃんが飛び出したの。そしたら車が来て、それを庇って父さんが死んだ』。たったそれだけのこと。よくある展開で、考えれば回避出来たことなんだけどね。」


 そこで母さんは深いため息を溢す。

 目は涙ぐんでいた。

 あの時の光景を思い出しているのだと思う。

 しかし、僕の頭の中にはその時の記憶が全く思い出せないでいた。

 まるでその時の記憶がすっぽ抜けてるかのような、そんな奇妙な感覚。

 右手を顔の右半分に当て、その違和感を拭えないでいると、


「思い出せない?」


 僕の行動から、僕の考えを読んだかのように母さんは尋ねてきた。


「なんで分かったの?」

「分かったも何も、その時の記憶がすっぽ抜けてるって分かったから、病院に行って調べてもらったんだもの」

「……え?」

「一部分だけ抜け落ちた記憶喪失だって言われたわよ。つまり、過度のストレスとして脳がそれを消去したの。だから、思い出せないのよ。その時の場面を透は直接見てる人だから」


 生唾をゴクリと飲む。

 言われてみれば、母さんの言う通りだから。

 被害者が明日美と父さんだとしたら、僕は傍観者以外の何者でもない。


「母さんが行った時の、その時の透の様子聞いとく?」

「……うん」

「血だらけだった。透と明日美ちゃんと共に」

「……ッ!」

「父さんに近寄ったんでしょうね。明日美ちゃんはしょうがないとしても、透は近寄ったせいで。どっちが事故にあったのか分からないぐらいにね」


 瞬間、その時の映像が頭に走る。

 頭痛がしてきそうな感覚すら陥る。

 けれど、僕はその映像は自分が経験したものではないという確信があった。

 長い間、そのことを完全に忘れていたのだから、こんな話をされたところで簡単に思い出せるはずがない。きっかけとしては十分だが、少なくともその映像はイメージとして想像されているだけのもの。こんなものドラマやアニメなどの影響に過ぎない。


「大丈夫? 顔色悪いけど」


 母さんはそう尋ねてくる。

 震えた声だった。

 泣かないように必死にしているのが丸分かりで、なんで僕が心配されているのが分からないくらいに。


「大丈夫。さすがにその時の想像をしたら気分が悪くなるよ。母さんこそ大丈……夫じゃないよね。朝、元気な姿を見ていたかと思ったら、それだもん」

「大丈夫……じゃないね。ごめんね、泣かないでつもりでいたのに」

「ううん。僕こそごめん。こんなにも辛いことが起きてたなんて思ってなかった。もっとよくある交通事故だと思ってたから」

「それだとどれだけ事故した相手を恨めたかもしれないのにね。恨むも何も誰も出来なかった。誰も悪くなくて、父さんは明日美ちゃんを……ごめんね!」


 母さんは我慢出来なくなったらしく、座っていたイスから飛び出すように立ち上がると、そのまま自分の部屋へと走って行った。

 止めることも出来ないし、止めるつもりもなかった。

 そもそも何も出来なかった。


 誰も悪くない。

 そう思い込んでいるんだと思う。

 むしろ、そう思わなくちゃいけないのだ。

 もし、そう思い込みたくないのであれば、根本的な要因である『明日美を預からない』という選択肢を選ぶしかなかった。もしくは『買い物に出掛けない』のどちらかだろう。


 たったそれだけで変わる未来。

 そうしたら、今もきっと父さんと一緒に生活していたかもしれない未来。

 どんなに楽しかったのだろうか?

 僕には分からない未来だけれど、母さんはきっと楽しかったに違いない。


「その未来を崩してしまったのが僕と明日美……か……」


 自虐とも取れない言葉が漏れてしまう。

 しかし、母さんの言葉通りなら、僕たちが原因なのは間違いない。

 何が出来るんだろう……。

 僕の頭は母さんに対しての償いを必死に考えることで精一杯になっていた。


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