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過去にあったこと 3

 まるで僕の取る反応が分かっていたかのように母さんは苦笑した。


「本当に思った通りの反応をする子ね」

「これ以外にどんな反応が出来るのさ」

「それもそうね。驚く以外、何も出来ないか」

「そんなことより、父さんが作った恩って一体なんなの?」

「一つ目は結婚かな。もちろん北山さんのね」

「結婚?」


 その言葉で僕の中である程度の想像が出来た。

 それは、明日美から家関係の事情を軽く教えてもらっているからだと思う。もし聞いてなかったとしても、家柄的なものでも簡単に想像は出来るだろうが、現実味がなさすぎて頭から振り払っていたかもしれない。


「よくある身分違いの結婚ってやつなのかな? 明日美ちゃんの家についての事情は知ってる?」

「それなりにって感じで教えてもらった」

「じゃあ、分かるわよね。明日美ちゃんのお母さんが普通の人だってこと」

「分かるけど……父さんはそれに対しての助言でもしたってこと?」

「助言……行動……かな?」

「行動?」


 ものすごく不穏な言い方をする母さん。

 間違いなく周りに迷惑がかかりそうなことをしたんだな。

 僕は心は勝手にそう決めつけてしまっていた。

 さすがの母さんも少しばかり困ったような笑みを浮かべ、気分を持ち直そうとしているのか、再びコーヒーを一口飲んだ。


「簡単に言えば、『駆け落ちする覚悟あんの?』を言ったのよ」

「駆け落ち。また流行らないものを……」

「時代背景考えなさいよ。透が生まれた時期なんて『出来ちゃった婚』が出来た時期なんだから、十分に考えられるでしょ」

「それこそ知らないよッ! 今、初めて知ったよ!」

「あれ、そうなの?」

「そうだよ!」

「『出来ちゃた婚』っていうのは置いとくとしても、それなりの覚悟が必要だったってこと。院長さんが一般人と結婚するにはね」

「結婚って、そんな難しいものなの?」


 母さんは困ったように笑い、自分の髪を撫でる。

 なんとなく思い当たる節があるようなっていう感じだった。けれど、今の会話の流れでは話すようなことではないと思っているらしく、話してくれそうな感じは全くない。


「難しいと言えば難しいものよ。だって今まで違った環境の二人が一緒の家に過ごす。しかも、同棲とかじゃないから逃げようにも簡単には逃げられないんだから。妥協と我慢が出来ない限りは難しいんじゃない? ともかく、そういうのもあるから『ダメ』って言われてたのかもね。でも父さんは無責任にもそう言ったのよ。全てを捨てて、最初から自分で全てを作り出せるぐらいじゃなきゃ続かないと思ったらしくて」

「無責任すぎ」

「でしょ。母さんもそのことで怒ったの。そしたら、『金の援助なら少しぐらいはするさ。相談にも乗るし。あいつは自分が下に落ちた時の大変さを理解しない限りは結婚は早い』って言ってた」

「なるほど、母さんはそこに惚れたのか」

「……なんで?」

「だってカッコいいこと言ってる気がするけど。何歳か知らないけど、女ならキュンキュンしちゃうんじゃないの?」

「あ、そうなんだ。母さんは思いっきりビンタしたけど」

「それこそなんで?」

「人生舐めてると思って。自分がそれを理解してやる側ならいいけど、他人の人生をどん底に落としかねないと思ったから」

「あ、現実を一番見てた人ね」


 ちょっとだけ僕は震え上がってしまう。

 もし、この状況で変なことを言えば、同じように説教モードに移行してしまうのでないか、と思ってしまったからだ。

 だから、一人暮らしの件についてもなかなか渋っているのかもしれない。

 そう考えるのが自然だろう。

 父さんほど、人生を舐めているわけではないけれど。


「それで結局は二人は駆け落ちしたの?」

「確認はしてないけどしたみたいよ。ただ見つかって、連れ帰らされたみたいだけど。それでも粘ったみたい。だから結局は粘り勝ちして結婚したみたいね。縁切りされかけたみたいだけど」

「なるほどね。そこまでして結婚したんだから本気だったんだろうね。すごいと思う。」

「院長さんの反抗が初めてだからってのもあったみたい。父さん曰く『いいなりのロボットみたい』って言ってたし。本人の前でも」

「そこまで言っておいて、よく親友になれたものだ」

「建前と不満は別物みたいな感じなんじゃない? そこまでは分からないけど」

「分からなくはないか……」


 僕は自分と竜也の関係を考えてみて、そう思った。

 どういう経緯か分からないけれど、一緒にいることが多くなり、自然と『親友』という枠組みに入った。理由なんてない。一緒に居て、気分が落ち着くかどうかの問題なんだと思う。


「一つ目の恩はこんな感じね。あっちからしたら、これがきっかけになって結婚出来たと思ってるらしいから」

「そうなんだ。無責任発言して、何も手伝うことなく、北山さんたちが自分の力で解決しただけのような気もするけどさ」

「その通り! これがもし本になったら、『駆け落ちしてからの人生と親友の助け舟があって、無事に今の地位に……』みたいなフィクションが混ざるに違いない話ね」

「フィクションより、現実にそれが出来てたら、僕は父さんを誇らしく思えたに違いないよ」

「母さんも違う意味で惚れ直したに違いないと思う」


 思わず、「母さんは父さんのどこを好きになったの?」と聞いてしまいそうになる。

 軽蔑まではしてないにしても、一番現実を見ていた母さんがなんでよりにもよってこんな父さんと結婚したのか、僕には理解出来ないからだ。

 しかし、それを聞くことは今度にしておくことにした。

 二つ目の恩も気になるというのもあったが、脱線して母さんの惚気話を聞くにしては、また違う覚悟をしないといけないと思ったからだ。

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