過去にあったこと 2
「あの子……なんだ……」
思わず漏れてしまった心の声。
そんな感じで母親は自分が漏らした発言に対して驚き、やらかしてしまったという感じで口元を慌てて手で塞ぐ。
もちろん、僕はそれを見逃すはずがなかった。いや、出来なかったっていうほうが正しいのかもしれない。
身元を明かしただけで、こんなにも反応するとは思ってなかったからだ。
「その反応なに?」
だからこそ、僕はそう質問した。
こちらが身元を話した以上、誤魔化すことなんて出来ないという確信みたいなものがあったから。
母さんは気まずそうな表情になり、 僕から一瞬、視線を逸らした。そして、まるで自分の気持ちを落ち着かせるかのようにコーヒーを一口飲む。
「時期が来たら……じゃ、もうダメなのかな……」
独り言に聞こえるような僕への確認を母さんはして来た。
覚悟を決めて。
そうは言ってないけれど、そんな風にも聞こえるような発言。
なぜだか僕の心臓はひんやりとした冷気に包まれた気がした。
母親が漏らした発言から何か隠してることがあるということだけは十分に理解出来た。しかし、それは興味本位という意味合いが強い。だからこそ、覚悟を決めるまで気持ちの整理は出来ていないからこそ、僕が僕自身を追い詰めているような錯覚さえあった。
次回に回すことは簡単なのだろうが、僕は覚悟を決めないといけないような気がした。なんとなくだけど、そうしないとこの話はうやむやとなり、今後話してくれるきっかけがないと思ったからだ。
「ちょっとだけ待ってくれる?」
僕は母さんにそう言って、母さんと同じようにオレンジジュースを一口飲み、ゆっくりと深呼吸をする。そして、母さんをじっと見つめ、
「うん。大丈夫。何について話すのか分からないけれど、話していいよ」
無理矢理覚悟を決める。
母さんはそんな僕の様子を見て、クスッと笑った。
その様子は僕ではなく、他の誰かを思い出し、それを懐かしんでるかのように見えた。
「本当にそうやって覚悟を決めて、こっちを見つめる姿は父さん、そっくりなんだから」
「父さんに? そんなに似てるの?」
「子供の時から容姿や仕草がたまに似てたけど、成長したらもっと似てきたの」
「そうなんだ……」
「こんな意味の分からない前置きしてるように見えるかもしれないけど、話すのは透の父さんについての話なのよ」
「父さんの? でも……それって……」
不意に思い出す昔の母さんとの会話のこと。
僕は中学卒業の時に父さんについて尋ねたことがあった。
肉体的にも精神的にも大人になったタイミングという意味合いでは、この時期に尋ねることが正解だと思って。しかし、それは母さんによって拒否されてしまう。『話すにしてはまだ若いから、二十歳になった時にちゃんと話す』と言われて。話してもらう立場上とその時の母さんの哀しそうな表情を見てしまった僕は、それ以上追求することは出来なかった。だから、その提案を受け入れ、二十歳になったら話してもらうことで納得したのだ。
「約束より早いけど、話すきっかけとしてはベストタイミングなのかもね。これが運命で父さんが望んだタイミングだとしたら、母さんに拒否をする権利なんてない。そう言われてる気がする」
天が決めたタイミング。
父さんが望んだタイミング。
自分の意思とは違う何かで導かれたタイミングだと母さんは悟ったらしく、複雑そうな顔をしたままだったが覚悟だけは決めたようだった。
「母さんが良いなら、僕は聞くよ。聞きたくないわけじゃないしさ」
「良いもなにも話すわよ。どこから話したらいいのかな……。まずは父さんの交流関係について話したらいいのかな?」
「交流関係? なんで?」
「それは母さんにも深く関わるし、北山さんーー明日美ちゃんて呼ぼうかな。明日美ちゃんにも関係してくることだから」
「え? 僕たち家族揃って関係してくるの?」
「もちろん。だって、明日美ちゃんのお父さんこと母さんが勤めてる病院の院長さんは、父さんと親友同士だったんだから」
軽く驚愕な出来事だった。
僕と明日美が知り合い、母さんの職場の院長っていう状況だけでもかなりの低確率な偶然だと思っていたのに、もっと深く遡るとそこまで繋がっていたなんて誰も思いもしないからだ。
「う、嘘でしょ?」
「なんで?」
「なんで……って……。そんなアニメやドラマとかでよくあるご都合主義みたいな関係あるわけないじゃん」
「あ……ッ! 本当ね、言われてみれば……。やっぱり当事者だと気付かないものなのかな」
「なにを呑気な!」
「呑気も何も本当のことだもの。そもそも、母さんがあの病院で働いてること自体が偶然じゃないの。むしろ作為的なものだから」
「……作為的?」
「そうよ。母さんが雇われた理由……最初は看護師の資格は持ってなかったから、掃除のおばさんーー年齢的にはお姉さんだったけど、父さんが亡くなって働かないといけなくなったからよ」
「そこからッ⁉︎」
「働き始めて、雇われた理由はね。でも、これって実際父さんのおかげなのよ。その一部始終を知ってる母さんからすれば」
「父さんのおかげって言うけど、何をしたの?」
「簡単に言うと、院長に二つの恩を作った。それだけのこと。下手したら、お金の援助をさせちゃうぐらいのね」
僕はその母さんの言う言葉全てが信じられなかった。
いや、信じることが出来ないほど現実味を帯びていない。
お金の援助をさせちゃうぐらいの出来事があるというのは、相当なことをしないといけない。そんな相当なことを父さんが出来るはずがない。立場的なものを考えると、むしろ逆はありえたとしても普通はありえない。
そう思ってこそ、一般常識で考えられるものだと思っていたからだ。




