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予定通りの仮病 1

 翌日。

 僕は予定通り、学校を休んだ。

 今までは休んだとしても、誰かの配信を見たり、YouTubeを見たり、ゲームをしたりして楽しく時間を潰すことが出来た。

 しかし、今日はそれら全てがほぼやる気が出ず、無駄に寝て、一日を過ごしただけだった。


「無駄な時間の使い方してるよな」


 ここで学校に行っていれば……。

 そんなことを想像する。

 少なくとも無駄に時間を過ごすよりは良い時間潰しになったのかもしれない。

 けれど、休み時間が来るたびに秋山さんから逃げるのは面倒。

 そう思うと、やっぱりこれが正解なのだ。

 なんて憶測の正解を考えつつ、ため息を漏らす。

 ふと考えるのは、あの推していた配信者さんのことだった。

 こればかりは気になってしょうがなかった。

 僕自身がTwitterを消した。一応、別垢というものを持っているが、配信者さんが鍵垢のため、もう内容を見ることは出来ない。

 もしかしたら僕のことを書いてくれてるのかもしれない。

 そんな願望はあるけれど、たぶん何も書いてくれていないだろう。書いてくれていたとしても、きっとロクでもない内容だ。

 だからこそ気にはなりつつも、見に行く勇気なんてない。

 それは配信も同じ。


「気分だけはすっきりしたんだけどな。これは秋山さんのおかげだよ、本当に」


 そう呟きつつ、僕はゆっくりと身体を起こす。

 そして窓から入る夕日を一瞬見た後、


「学校ももう終わりかー……」


 もう授業が終わったことを悟る。

 ふと頭の中に蘇る秋山さんの台詞。


『先生に家の住所聞き出しても聞きに行くから』

「いやいや、そんなまさかね」


 それを取っ払うかのように僕は頭を左右に思いっきり振る。

 あの時とは状況が違う。

 いくら秋山さんでもこれはあの時出た発言であり、今さら考えるとこれを実行しようなんて普通は思い留まるはずだ。

 あり得ない。

 そうは思いつつも、なぜか期待と恐怖が入り混じった気持ちが僕の中であった。


「やばいね、どうも」


 カラオケでの秋山さんの行動がどう考えても尾を引いてることは間違いない。

 弱っている時に女性に優しくされるとコロッと落ちるなんて話は聞いたことがあったが、まさかそれを体験しつつあるなんて冗談でも考えたくなかった。

 それはいくらなんでも秋山さんの優しさに甘えすぎだと思うから。

 僕は立ち上がり、台所へと向かう。

 のぼせ上がった頭と乾いた喉を潤すために水でも飲むために。

 部屋から出て、台所にある一階へ向かい階段を歩いていると「ピンポーン」と玄関のチャイムが僕の耳に入る。


「ははっ……なんてタイムリーなチャイムだよ。無視しよ」


 頭の中にはなんとなく秋山さんの姿が容易に想像出来た。

 けれど、そんなことはない。

 きっと親が何かネットで買い、それを配達しに来た人が押したのだろう。

 申し訳ないが、今は人前に出る気分ではないため、無視する選択肢しか僕にはなかった。

 そんな最低は自分に対し、自嘲した笑いをしながら階段を降り、玄関を通り過ぎ、キッチンへ向かう。

 するとまた鳴るチャイム。

 僕は再び無視し、冷蔵庫から水が半分ほど残っているペッドボトルを取り出し、一気に飲み干す。

 しかし、また鳴った。

 無視。

 鳴る。

 無視。

 するとチャイムの連打が始まった。


「うるせぇ!」


 間違いなく、僕が家にいることを分かっての確信犯の行為であることは間違いない。

 念のために持ってきたスマホを見てみる。

 鍵を忘れた親からでも、何か用事があってやって来た友達からのLINEの通知は来ていない。

 つまり、相手は僕のLINEを知らない人がやって来たっていうことは分かる。

 その瞬間、僕の背中に悪寒が走った。

 頭の中に浮かぶのは秋山さんの姿。


「い、いやいやいやいや……。そんなまさか……」


 ないとは思いつつ、僕には彼女しかここに来るのは想像出来ない。

 とりあえず僕は近所迷惑になりかねないチャイムを連打する主を見に玄関に向かう。

 そしてチェーンロックを念のためして、玄関のドアをおそるおそる開けた。


「ど、どなた様ですか? チャイムの連打は周りに迷惑なので止めて頂きたいのですけど……」

「止めてほしいなら、居留守を使わなければいいんじゃないかな?」


 聞いたことのある声の主が空いたドアの隙間から覗き込んでくる。

 そこにいたのは言うまでもなく、秋山さんだった。

 ただ、昨日と違うところがあった。

 それは僕に見せる感情。

 昨日は間違いなく慈愛に満ちた女神あたりと表現するならば、今日の秋山さんは憤怒に満ちた阿修羅。

 完全に怒っていた。

 悪寒を通り越し、血が一気に冷めきるような感覚が僕を襲う。


「えっと……なんで僕の家知ってるのかな?」

「先生に聞いたの。それより早く家の中に入れてくれない? 私、お客さんだよね? ずっと探してたから寒いんだけど。風邪引かせるつもりなのかな? ねぇ、早く入れて?」

「……家の中汚いから、また今度じゃダメですか?」

「ふ〜ん。そういう態度取るんですね。ふ〜ん……」

「いや、あの……」

「風邪引いたら責任とってもらうことになるんですけど、それでも大丈夫ですか?」


 冷ややかに敬語を使い始める秋山さんに僕は恐怖を感じることしか出来なかった。

 そもそもこのタイミングで敬語を使い始める行為が卑怯だと思う。

 そんなの誰でも負けに屈することしか出来ない。


「……はい、ちょっとだけ待っててください」


 僕はそう言って、一旦ドアを閉じるとチェーンロックを外す。

 その間も秋山さんはチャイムを連打してきた。

 きっと嘘をついて、このまま逃げると思ったのだろう。

 そんなことするはずないのに。

 しかし、昨日の逃走をしてしまった以上、僕にそんなこと言えるはずもなく、ドアを開ける。


「マジで止めてください。お願いだから」

「あ、逃げなかった。うんうん、偉いね。じゃあ、改めてお邪魔します」


 秋山さんは笑顔でそう言った。

 顔は笑っているのに、声は笑っていない。

 きっとこの後、絶対に怒られる。

 僕は自然とその覚悟をしてしまっていた。

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