過去にあったこと 1
三学期が始まり、三日後ーー。
僕は母さんに「真面目な話がある」と食事中に言われ、普段なら夕ご飯を食べたら部屋に戻るのだが、今日はそのままリビングにいる。
母さんの熱は二日後には治り、今日は久しぶりの出勤をして疲れているはずなのに、いきなりそんなことを言われたため、戸惑ってしまっていた。
そんな僕の様子を察してか、母さんは、
「コーヒー飲む?」
と自分の分を入れつつ、そう尋ねてきた。
僕はその誘いを「ううん」という返事とともに首を横に振って断る。
正直、何に対しての真面目な話なのか、気になってしょうがないところだった。
思い当たるものは何個かある。
それは『僕の就職してからの一人暮らしのこと』、『母さんが仕事関連で何かあったか』、『明日美と配信してることがバレたか』。
可能性としては僕の就職の件についてなのだと思うのだが、なんとなく雰囲気が違う気がする。
議題さえ出されていないのに、意味のないことを必死に考えているのば馬鹿らしいと思うのだが、気持ちが焦りすぎて、考えずにはいられなかった。
こんなことを考えているうちに、母さんは僕に自分の分のコーヒーと僕のために入れたであろうオレンジジュースを持ってきて、向かい合うように座る。
「ありがとう」
頼んでもないのに持ってきてくれたオレンジジュースを受け取り、僕はお礼を言っておく。
「どういたしまして。久しぶりの真面目な話だから、喉が渇くと思って準備したの。余計だった?」
「そんなことはないけどさ。それで真面目な話って?」
「うん……あの子ーー北山明日美さんだっけ? あの子とはどういう関係なの?」
「……ッ!」
いきなり放たれた質問は、僕にとって全身に衝撃が走るものだった。
走りすぎて、声も思考も一瞬止まり、ほんの少しでもこういう状況になった時の言い訳が吹っ飛びそうになる。
同時に今まで感じたことがないほどの動悸が鳴っていた。
「友達だよ?」
「あ、付き合ってないんだ」
「うん、付き合ってはない」
「じゃあ、家に連れ込んで何してるの?」
「……連れ込んではないけど……。ちゃんと答えるから、僕もそのことについて尋ねてもいい?」
「何を?」
「なんで僕が北山さんを『家に招いてる』って知ってるの?」
「そんなの簡単でしょ? ご近所の人たちに聞かれたのよ。『あの美人な女の人は透の彼女なの?』ってね。実際は誰のことは分からなかったけど、母さんが熱で早退した日にも来てたでしょ? だから、あの子なんだなって」
その説明だけで合点がいった。
ここまで言われれば、僕はもう誤魔化すことも出来ず、正直に本当のことを言わなければいけない。その覚悟が出来てしまうほどだった。
「なんだ、あの日のことバレてたのか……」
僕は観念したという風にそんな言葉を吐いて、俯く。
「玄関先で話してたことが聞こえたって言ったらいいのかな? 長時間じゃなくてもしばらくは話してたでしょ? せめて誤魔化すつもりなら、もう少し離れてから話さないとね」
「そういうことか……」
「それで本当にどういう関係なの?」
「どこから話せばいいかな……」
正直、自殺したくなったということだけは話せないため、そこだけを隠して僕は素直に話すことにした。少しだけ修正が入るけれど、根本的な理由の『配信をするために僕のパソコンを貸している』ということだけは隠さないように。
その話を聞いた母さんはちょっとだけ難しそうな顔をしつつも、『家に招いている』という理由だけは納得してくれたようで、少しだけ安堵したようだった。
「別に良い年齢だから付き合っててもおかしくはないと思ったんだけど、そういうことだったのね。変なことして、『責任を取らないようなことだけはするな』って言うつもりだったんだけど……」
「あの……母さん? 最後まではいらないよね?」
「何言ってるの? お父さんと母さんは透の年齢の頃には付き合ってたのよ? 結婚までには時間かかったけど」
「なにそれ、初耳」
「だって言ってないもの」
「そうだけどさ」
「それ以前に聞かれてないから、答える必要もないかなって」
「聞く聞かない以前に、親のそういう話を聞く状況でもなかったでしょ。母さん、仕事で疲れてたり、夜勤だったりで」
「それもそうね」
まるで、僕がそういう返しをすると分かっていたかのように母さんは楽しそうに笑う。
親にまでからかわれるのか……。
そう心の中でボヤかずにはいられなかった。
けれど、少しだけ隠し事をしなくてよくなったため、気持ちが少しだけ軽く鳴ったような気がしていた。
「えっとさ……その配信の件なんだけど……」
「それは良いわよ。条件として、『変なことするなら、ちゃんと関係を作ってから』にはなるけど」
「だから、『その関係』の話から離れてよ。変なことするつもりないから」
「はいはい。本当にウブなんだから」
「息子にそんなこと言わないでよ」
「息子だからこそよ。他人にこんなこと言ってたら、おかしい人でしょ?」
「そうだけどさ、自重してください」
「いやよ」
母さんは僕のお願いを拒否するように、顔を逸らす。
子供かよ。
そう言わずにはいられないほど、仕草はまるで子供のようだった。
けれど、『明日美を家に招いてもいい』という許可を得たことにより、僕はこのことを早く明日美に伝えたい衝動に駆られてしまう。
しかし、母さんはそれを阻止するように次の質問をして来た。
「それで北山さんって子、どこの子なの?」
それは親としては知ってはいけない情報。
当たり前のことだ。
親同士の付き合いがあろうがなかろうが、そのことは親にとって重要な話なのだから。
だから、僕は素直に話すことを決める。
もちろん、身内関係のゴタゴタは抜きにして。
きっと母さんが勤めてる職場の院長だと知って、驚くだろうなという少しばかり悪戯心を含めた気持ちを込めて。
しかし、母さんの反応は僕の予想を超えていた。




