アクシデント 6
それぞれに準備が出来た僕たちは、部屋から出る。
僕が先に階段を先にゆっくり降りて、一階の様子を伺いながら、明日美に合図して降りるように促す。
気分はまるでスパイ。
しかし、そんな感じで遊んでいる場合でもない。
母さんのことも心配だし、明日美をバレないように外へ連れ出さないといけないと考えると、気分はものすごく複雑だった。
どちらか片方の問題がなければ、気分的にも絶対楽だったことが分かるぐらいに。
僕は先に玄関の扉に着くと、母さんが閉めている鍵などを外し、軽く扉を開ける。そして、靴箱の中に隠してある明日美の靴を出して、履きやすいように置く。
そこまでは問題なく大丈夫だった。
手で僕は廊下の奥を指差し、明日美に『母さんの部屋に行く』ことを伝える。
明日美はその意味を理解したらしく、一つ首を縦に振った。
それを確認した僕はいつものような足取りで母さんの部屋へ向かう。
本来であれば、もうちょっと足音を控えた歩き方をすべきなのだろうが、明日美がドジってへ音を立てた場合のことを考えての配慮をしたにすぎない。
僕は母さんの部屋に辿り着くと、扉から顔を出すだけにして、
「今から買い物行ってくるね」
簡単にそう声をかける。
母さんはベッドの上に目元を腕で隠すようにして、仰向けで寝ていた。
着替えもせずに。
布団を下敷きにする形で。
僕はそこで一瞬、『お腹にでも布団をかけてあげたほうがいい?』と悩んだ。けれど、僕はそれをすることをしなかった。
現在の状況を考えると変なことをしないほうがいいし、何よりせっかく寝付いたっぽい母さんを起こす行為を無理にする必要がないと判断したからだ。
ゆっくり扉を閉めると、僕は玄関へ向かう。
玄関には明日美の姿はすでになく、先ほど僕が扉を同じようにしてほんの少し開けた状態にしてあった。
もう外に出た?
女性の靴の履きにくさはどれほどのものか分からないけれど、なるべくその靴を履く時間を作らないといけないと思っていたため、ほんの少し拍子抜けてしつつ、玄関に急いで向かう。
きっと外で待っていると思ったためだ。
靴を履き、外に出る。
すると右横で壁にもたれる形にして、左足の靴を履いている明日美の姿があった。
「え?」
履き終わってない?
何か拭えない違和感を覚えつつも体は勝手に動き、玄関の扉を施錠。
鍵をポケットにしまっている最中にその違和感の正体がなんとなく分かってしまう。
明日美は僕の反応を無視して、無事に履き終わり、安堵のため息を吐いていた。
「もしかして、靴を履かずに外に出た?」
その違和感の答え合わせをするべく、そう質問を投げかける。
「うん、そうだけど」
何も気にしてないような言い方で、明日美はあっさりとそう答える。
「そこまで気を使わなくてよかったのに」
「気を使うもなにも緊急事態なんだからしょうがないでしょ? 普段だったら、こんなことしないんだから」
「それはそうだけどさ」
「それに私のことより、お母さんのことを心配してあげて? どんな感じだった?」
「なんとか寝付いたって感じだったかな? だから、それ以上のことは止めておいた。大人だし、ある程度のことは自分で対処出来ると思うしね」
「そっか。なら良かった。じゃあ、私は帰るね!」
明日美はそう言って、地面に置いていた手荷物を取ると、そのまま僕の背中を向けて歩き出す。
その行動に僕は一瞬、「え!?」と驚きの声を出してしまう。
僕の言葉に明日美は足を止め、呆れたような目で僕を見てきた。
「何言ってるの? 今日ぐらいは送らなくていいから!」
「いや、ごめん。僕も驚くと思ってなかったからさ」
「反射で答えないでよ」
「ごめんって! でもさ、途中までは送るよ。コンビニまでは」
明日美はそこでちょっと考え込んだが、
「それならいいかな? じゃあ、よろしくね」
そう言ってくれたため、僕は明日美に追いつき、横に並ぶ形で歩き始める。
ちょっとの間はお互い無言だったが、不意に明日美がクスッと笑い出す。
何がおかしいのか分からなかったが、その疑問に対して、問いかけもしていないのに話し始めてくれた。
「こんな風にドタバタするときって来るんだね〜。ないって思ってたよ」
「それか。予想はしてたけど、本当に起こるって思ってなかったかな」
「うん、良い思い出にはなったよね。これでお母さんが元気だったら、何の問題もなかったんだろうけど」
「それはそれで、明日美を外に連れ出す難易度が跳ね上がってたと思うから考えたくもない」
「初のお泊りになってたかもね」
「やめてよ。深夜にでも無理矢理外に連れ出すから」
「本当に?」
そう問われて、僕はちょっと考え込む。
どう考えても、『深夜に連れ出す』という選択肢はなしだった。
いろんな意味で危なすぎる。
それだったら、家に泊めた方がマシだと思ったからだ。
「ほらね。やっぱりお泊まりになるでしょ?」
僕の表情からそう察したらしく、明日美は僕が答える前にそう言ってきた。
「そうだね。その時は翌日、明日美のご両親に謝るつもりでも泊めた方がいいね」
「変なことしないでね?」
「しません! さすがにそこまでの責任は取れません!」
「甲斐性なし?」
「学生の時点でそうでしょ!ったく、何の話をしてるんだか……」
僕はジト目で明日美を見る。
しかし、明日美はまるで気にしていないようだった。
冗談で言ってるけど、どう思ってるんだか……。
竜也の言う通りなのか、そうじゃないかなおさら分からなくなってしまっていた。
もし、意識されているなら、こんな話は出ないと思うからだ。簡単にこんな話をしてしまう以上、僕は意識されていないと思い、ちょっとだけ残念な気持ちになってしまう。
こんなよく分からない会話をしながら、僕はコンビニに着き、明日美と別れる。
別れる時、やはり明日美のことが心配だったが、これ以上は怒られそうなので予定通り、お粥とポカリ、あとは多少のお菓子を買って家に帰る。
家に帰っている最中に、僕は明日美がなんであんな会話をしてきたのか、ようやく気付く。
それは僕を元気付けるためだ。
明日美と一緒に帰ってる最中はそれほど気にしていなかったが、現在母さんのことで頭がいっぱいになっていたからだ。
そのことを分かっていて、少しでも気持ちを軽くしようとしてくれていたことに……。
「本当、敵わないな。ありがとう」
本人はいないけれど、僕はそう言っておく。
きっとこれはLINEででも言わない方がいいと思ったからだ。




