アクシデント 3
たぶん明日美にもガチ勢というものはきっと存在しているのだろう。
それが今回の配信で分かるほど、数人は明日美が無通知で配信したにも関わらず、リスナーの三人ほどが反応を示していた。
たぶん偶然だと思う。
偶然だとは思うけれど、それでも他の枠より明日美の配信を見にくるってことはそれだけファンとして獲得出来ているという証だ。
「明日美もきっと嬉しいだろうなぁ……」
ラジオ放送で、一緒の部屋にもいないから明日美がどんな顔をしているのかは分からない。けれど、協力者として手伝っている以上、嬉しい。だから、明日美もきっと嬉しいと思っているとはずだ。
コメントでは明日美の無通知放送についての疑問が飛び交っていた。
それもそのはずだ。
テロップにも「無通知」と書かれてもなく、いきなり放送が始まり、しかも最初はミュート。こんなの何かあったのか、と心配になるのがリスナーとしては心配して当たり前の状況なのだ。
<ごめんね。ちょっと無通知放送がしてみたくなってしてみたの。何かあったわけじゃないよ? あ、あと最初ミュートにしたのは家族が近くにいたからなんだ〜。配信始めた途端に部屋に入ってきたから、ちょっと追い出してただけだよ>
しかし、こんな感じで適当に誤魔化していた。
声色も雰囲気もいつもの雰囲気と同じような感じで、なんの違和感もなく。
だからこそ、リスナーたちも別に気にする様子もなく、ただの気まぐれという認識でコメントも収束していく。
中には家族に対しての嫉妬みたいなものも飛んでくるが、明日美はそれを読むだけ読んで、適当に宥めていた。
「これ、他人の家で嫉妬してるなんてバレたら、僕の命はないんだろうなぁ……」
本来の配信環境を口を滑らせた時のことを考えると、背中にゾゾゾッと急な寒気が走ってしまう。
そんなことすれば明日美の配信生活なんてあっさり終わり、リスナーの嫉妬で僕の命は本当になくなってしまうことを考えると、恐怖どころか地獄に叩き落とされそうな気さえしてしまったからだ。
もちろん、そんなことは絶対に言わない約束なのだろうけど。
ただ、ここで僕は今までコメントしていないことに気付き、ここで『わこ』とだけ挨拶をしておく。
<あ、煮込みうどんさんいらっしゃい>
すると他のコメントを飛ばして、明日美は挨拶してくれた。
なかなか顔を出さないので心配してたかな?
そんなことを思いながら、僕は話題に乗っかれるように次のコメントを考える。
その時、画面の上から通知バーが現れると同時に通知音が僕のスマホから鳴った。
「え?」
僕はその通知に出された名前を見て、一瞬思考が止まってしまう。
通知に表示された名前は『母さん』。
慌てて、僕は通知バーをタップし、LINEを開く。
『体調悪いから今から帰るね』
そんなメッセージだった。
本来は心配しなければいけない内容なのだが、僕の頭の中ではそれどころではなかった。
明日美が配信をしている。
どうにかしないと!
そんな考え中、僕は慌ててツイキャスを開き、そのことをコメントで書きそうになるぐらい、僕は動揺してしまっていた。
しかし、すぐに僕はこのことをツイキャスでコメントするのはマズいことに気付き、慌ててLINEを開き直し、母さんではなく明日美の名前をタップした。
内容は簡潔にだが、『母さんが返ってくる!』という内容だ。
あとはそれを明日美がなるべく早く気付いてくれることを望んで。
同時に僕は母さんに返信をしてないことに気付き、そちらにも慌てて返信をする。
「大丈夫なの? 何かしといたらいいこととかある?」
そして、再び意識は明日美の配信へと集中させる。
まだ気付いていない様子だった。
その理由も分かっている。
配信している最中に無駄な雑音が入らないように、明日美はスマホをサイレントにしているからだ。しかも、バイブも停止させて。
それは明日美が気付いていたのもあるが、僕自身もそのことに対して賛同してしまった以上、しょうがないことだ。
だから僕のLINEに気付かなかったとしても明日美を咎めることは出来ない。
頼むから、早く気付いてッ!
それでも、僕はそう望むことしか出来ない。
これ以上、気付かないのであれば、部屋に乗り込むことしか出来なくなるからだ。
その時、母さんからLINEが届く。
『あと十分ぐらいで着くから、鍵開けといて』
そんな簡潔な内容だった。
ただ僕が聞くより前に時間を提示してくれているあたり、少しだけ僕は嬉しさを感じた。
本来は僕が一番気にすべきことを、母さんが提示してくれたことにより、疑惑として残るような発言を控えられるからだ。
「分かった」
僕も簡単にそれだけ返し、改めてスマホの時計で時間を確認する。
返信するまでに多少の時間がかかっているため、残り時間を逆算し、明日美が気付かなかった場合のことを考えないといけない必要があったからだ。
冷静に考えて、五分前にはその準備をしないといけない計算に至った。
こんなことをぐちゃぐちゃの思考で考えている間にも時間はあっという間に過ぎ、急いで部屋に乗り込む覚悟とその時にかける言葉を考える必要がある。
「えっと……えっと……ッ!」
母さんのために鍵も開けなくちゃいけない。
覚悟も!
言葉も!
正直、何をどの順番からすればいいか分からなくなっていた。




