アクシデント 2
僕の許可を得たことで、明日美は鼻歌を軽く歌いながらサイトを開き、配信の準備を整えていく。
なんとなくいつもより楽しそうな雰囲気だった。
子供がイタズラする時の様子みたい……。
僕はそんなことを思わずにはいられない状態だった。
「ねぇねぇ、透」
不意に声をかけられたため、心を見透かされたのかと思って、思わずビクッと反応してしまう。
しかし、咎める言葉が続くわけではなく、されたのは手招きだった。
それに従い、僕は椅子から立ち上がると、明日美の顔の横から顔を覗かせる形でパソコンを見る。
「どうしたの?」
開かれたサイトを見る限りは正常だった。
それより明日美のいい匂いの方が、問題の精神的にはおかしくなりそうだったのは秘密だ。
「通知オフの項目ってないよね。どうやるか分かる?」
明日美の何度も画面を上下にスクロールさせながら、困ったようにそう漏らす。
僕はその疑問に乾いた笑いを溢してしまう。
明日美の言う通り、画面上にその項目がないため、チェックを入れる箇所は存在しない。簡単に言えば、項目チェックというやり方じゃないだけで、ちゃんとやり方は存在しているのだ。
こういうところを検索でもして調べないあたり、明日美も女子なんだなぁって思ってしまった。
「何を言い出すのかと思えば……」
「結構、私真面目に困ってるんだけど?」
「それは知ってるよ。ちゃんと教えるから」
「なんかバカにされてる感じがする」
「してないしてない。やり方は配信ボタンを押した後に出てくる『最初のメッセージ』ってのをキャンセルしたらいいだけだよ」
「あったっけ?」
「ちゃんとあるから。もうそれが当たり前になってるから、覚えてないだけだよ」
『配信する=ちゃんと表示されたものを書く』というのは無通知配信をしたことや、なんとなくその項目をキャンセルしたことがない人がやるぐらいで、一般的には出された項目は書いてしまう。そういう当たり前の行動が癖になっていることが分かる発言だった。
でも、下手におかしい行動をするよりもそれをちゃんとした方が失敗は少ないのは常識的な思考だから、しょうがないことだろう。
明日美は僕の言うことに対して、少し疑心暗鬼になっているらしく、その項目があるのかどうか必死に思い出しそうとしているようだった。けれど、思い出せなったのだろう。
「あのね、一度配信ボタン押してみてもいいかな?」
「それはいいけど。その代わり、すぐにミュートボタン押してね。僕も出来る限り、静かにしておくから」
「うん、それは分かってる。じゃあ、押すよ?」
そう言って、明日美はマウスのカーソルを配信ボタンに合わせる。
僕はそこで「あ……」と漏らしたことで、明日美はマウスから慌てて手を離した。
「いきなりどうしたの? 何かあった?」
「まだ部屋を出る準備出来てないから、その準備してからでもいいよね? そしたら、すぐに部屋から出れるし」
「あ……そうだね。そっちの方がいいかも」
僕の考えに同意してくれたため、僕は勉強机の上に置いてあるイヤホンを手に取り、再びパソコンの画面が見える範囲に近寄る。
ただ、さっきみたいに顔の横からかおをだすのはやめておいた。僕の理性が保てそうにないからだ。
「じゃあ、いいよ」
「うん、押すね」
「うん」
僕は自分の口に力を込めて、閉じる。少しでも声が出ないようにするためだ。
それと同時ぐらいに配信ボタンを押す。
すると、先ほど僕が説明した時に言った『最初のメッセージを〜』という固定文が書かれた画面が表示された。
明日美は画面を指差し、「このこと?」と無言で伝えてきたため、僕は頷く。そして、同じように僕も指でキャンセルボタンを指差し、そこをクリックするように促す。言われた通り、明日美はキャンセルをクリックすると配信が始まったため、急いでミュートボタンを押した。
「これのことか〜。これはちょっと忘れてたよ」
「しょうがないよ。じゃあ、配信始まってるから部屋から出るね。あとはいつも通り、頑張ってね。人少ないかもしれないけど、それはしょうがないってことで」
「分かってるから大丈夫だよ。ありがとう」
明日美のお礼を半分聞き流しながら、僕は急いで部屋を出る。
急いで出たのにはもちろん理由があった。
扉の方へ身体を向ける前にチラッと画面の端を視界が捉えると視聴者が一人増えていたからだ。つまり、明日美の固定リスナーか新規の方かは分からないけれど、誰かは明日美の配信を見始めたということ。
その邪魔者である僕は急いで退散しないといけないのだ。
部屋から出て、扉を閉めるとそこからはなるべく静かに音を立てないように階段を降りる。
その間にもちろんスマホにイヤホンを刺し、ツイキャスのアプリを起動させ、明日美の枠を確認しながら。
枠に入ると、明日美はまだミュートのままだった。
どうやら明日美も僕の様子を伺っているらしい。
そこでミュートが解けたのは、僕が階段を完全に降りきり、リビングに向かっている最中だった。




