アクシデント 1
「配信もようやく慣れた気がするな〜」
翌日の夜、部屋に入ってきた明日美はパソコンを起動させながら、そう嬉しそうにそう言った。
感覚もまるで自分の部屋にいるに近い感じのゆったりさを出している。
本来、配信はストレス発散などの目的などのため、このゆったりさは大事だと思うのだが、さすがに男と二人っきりで緊張感がないというのもどうかと思う。
本当に竜也の言う通り、恋愛感情あるの?
そんな疑問さえ持ってしまうほどだった。
「ん? なんで変な顔してるの? 私の顔に何か付いてる?」
僕の返事がなく、ただその様子を眺めていただけなので、不思議そうにそう尋ねてくる。
「目、鼻、口、耳かな?」
だから、ひと昔流行った言葉を返してみる。
そういう返しが来るとは思っていなかったらしく、明日美は一瞬きょとんとした表情をした後、呆れを超えた目つきで僕を見てきた。
「古くない、そのネタ? そんなの流行らないよ?」
「ほら、なんとなく言ってみたくなる時もあるじゃん?」
「ないと思うけど」
「配信では、こういうボケも大事だよ?」
「私はもっと清純派で生きていきたい」
「清純派とは?」
清純派にも色々とタイプがいると思うため、僕はあえてそれを聞いてみることにする。
明日美は「ん〜」とちょっと唸り、
「下ネタを上手くスルー出来るようなお姉さんキャラ?」
などと今のスタイルとそんな大差ないキャラを言ってきた。
明日美の配信スタイルは、実際そんな感じになりつつもあるのは間違いなく事実だと僕は思う。ただ下ネタのコメントに対し、絶対に反応しないのではなく、それなりに反応しつつもそれ以上は広げない。むしろ広げさせないようにしている。普通であれば、下ネタのコメントを配信者が反応すると、リスナーはそれをネタに広げる形になるのだが、そうならないのは天性の素質のようなものなのかもしれない。同時にそんな配信スタイルになっているのだが、そういう下ネタに対して、明日美もリスナーも注意なんてせずにそうなってるため、なおさらすごいのだ。
「うん。そうだねぇ、頑張ってねぇ」
だから、僕の返事はそれに対する応援なんてする必要もないため、自然と棒読みの返事になってしまう。
無論、それに対する明日美の反応が少し不機嫌になるのも分かっていた。
案の定、不機嫌になり、頰を膨らませる始末。
「もう少し応援してくれてもいいんじゃない?」
「応援してるじゃん」
「感情がこもってない!」
「応援なんてしなくても、明日美ならそれを叶えられる実力を持ってると思うから、僕は安心してふざけられるんだよ」
「そこはふざけないで、真面目に応援してくれると嬉しいんだけど?」
「……頑張って。何かあったら相談にのるから」
そう言うと、明日美は再びきょとんとした表情になり、いきなり僕から顔を逸らしてしまう。
どうやら不意打ちが効いたらしい。
「急にまともになるの禁止。びっくりしたでしょ?」
「これぞ、まさにギャップ萌え」
「……萌えてないけどね」
「それは残念」
「残念じゃない。っていうか竜也くんは来ないの?」
明日美は自分が現状立場的に負けていると気付いたらしく、ワザとらしく話題を変えてきた。
それに対してツッコむことも出来たのだが、これ以上変な風にからかっていると逆襲された時に大変な目に合いそうな気がしてきたため、僕はその話題に乗ることにする。それがきっと賢明な判断のはずだと思って。
「分かんない。ギリギリで判断するとは言ってたけど……」
僕はスマホを確認する。
連絡は来ていなかった。
それもそのはずだろう。家にいる時はだいたい基本的をサイレントにしていない。だから、だいたいは通知音で連絡が来たことは分かるようになっているのだが、何かの誤作動で通知音が作動しない時もあるための確認だからだ。
「じゃあ今日はもう来ないのかな?」
「かもね。来なかったとしても、配信には顔を出しそうな気はするけど」
「来ると思うよ。すぐに反応するかどうか分からないけど」
「それは分かる」
気を使ってる可能性あるな、竜也のことだから。
僕は昨日の件を考えると、僕が告白しやすいように遠慮している節も十分に考えられる気がして、しょうがなかった。そうでなければ、ギリギリで決める必要なんてないのだから。
普段通りでいいのに。
あんなことを言われ、意識しない方がおかしいので僕はそう言わざるを得ない状況なのも間違いなかった。少なくとも今は大丈夫だが、これからどうなるか分からなくて少しばかり不安に心が押し潰されそうになっているのも本当だからだ。
「そうだ! 良いこと考えた!」
僕の気持ちとは裏腹に明日美は楽しそうにそう言い、再びを僕を見てくる。
その表情は黒い笑みに満ち溢れていた。
間違いなくロクでもない考えが思いついた時の表情。
「何を思いついたの?」
もちろん、僕にそれを聞かないなんて選択肢はなく、必然的にこう返す。
「通知なしでも放送出来るよね?」
「それは出来る……まさか?」
「うん。一枠だけでも通知なしでしてみようかな? 今日、ここに来ない竜也くんが悪いってことで」
それは否定しようも出来ない事実なのだが、それを行った場合、他のリスナーも反応出来なくなってしまう。明日美はそのことを分かって言っているのだろうか?
そんなことを思っていると、
「もし、これでいつもみたいに人が集まらなかったら、『どれくらい私の配信を楽しみにしてくれている人がいるのか?』も分かるし、一石二鳥だよね」
僕の考えなんて、まるでお見通しのようにウインクをしてきた。
さすがにそこまで考えているので、僕に止める術なんてあるだろうか? いや、断じてない。むしろ、そこまで一瞬のうちに考えてしまう思考に、正直震えてしまいそうだった。
「そこまで分かってるんだったら、いいと思うよ」
僕や竜也だけではなく、リスナーすらも試す対象に入ってしまっているらしい。
最終的に配信者はいつかそうやってリスナーを試すことにもなるのだが、その考えが出る時点で明日美がそのレベルにまで到達してしまったことを実感出来た。
配信を始めて一ヶ月(毎日はしてない)のだが、その思考に辿り着くのが早すぎるよ。ヘラったわけでもないのに。
僕はそう思わずにはいられなかった。




