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明日美について 2

 僕の部屋に入ると、明日美は持っていた手提げ鞄からスマホだけを取り出すと、近くの置く。そして、自分の椅子かのようにパソコン用の椅子に座り、まだ立ち上げていなかったパソコンの電源をボタンを押す。

 その様子を軽く見た後、僕もベッドに座る。


「それで、さっき言いかけてたの教えてよ」


 そう言って話を振る。

 背中を僕に向けている明日美から、「チッ」と軽く舌打ちする音が聞こえて来た。

 どうやら、この数秒で僕がさっきの会話を忘れると踏んでいたらしい。

 三歩歩けば忘れる鳥じゃあるまいし、もちろん忘れているはずがないのだが……。

 ただ、その舌打ちされたことが信じられなくて、


「今、舌打ちしたでしょ?」


 とちょっと不満じみた口調で尋ねてみる。

 普通ならその舌打ちを否定するところだろうが、


「うん、したよ〜」


 明日美は悪びれた様子もなく、そう言って僕の方へ椅子を回転させ、向き合うようになる。なぜか、色々と諦めたような表情で。


「まったく忘れてくれればいいのに」

「それは無理でしょ」

「だよね〜。でもさ、隠しておきたいこともあるでしょ? 私の家族関連とか」

「……それ言っちゃう?」

「え?」

「それ言われたら、別に僕は無理に聞く気はないんだけど。気にはなるけどさ」

「……それもそうだね」


 そこでハッとしたような表情になる明日美。

 僕が無理強いして聞くようなタイプではないことは、前回の竜也の件で分かっていることなのだ。したとしても憶測から言う助言程度。

 だからこそ、明日美の言うように秘密にしておきたいことまでは聞かず、そのまま無理矢理にでも流す。別に相談するようなことでもないので、誰かに聞くこともしないと思う。


「そういうわけでこの話はなかったことにしよう」

「しないけどね」

「……は?」

「したらしたで、また寒空の下、誰かにそれを聞いて風邪引かれても困るし」

「それはあの時の状況がーー」

「二度あることは?」

「三度ある?」

「正解。だから、素直に言うね。別に私も隠すようなことじゃないし」

「だったら、さっき勿体(もったい)ぶった理由は?」

「もう少し食いついてくるかなって思って。そしたら、あっさりしてたから困っちゃったじゃん。そういう性格だって忘れてた私も悪いけど」


 そう言いながら、明日美は頰を膨らませる。

 まるで僕が悪いかのような雰囲気を出しながら。

 もちろん、僕は悪くない。

 むしろ振り回された側だ。


 けれど、そんなことを言ってしまえば後がまた面倒なことになると思い、僕はそれに対して不満をぶつけることはしなかった。

 それが得策なのだから。

 それよりもまずはせっかく話してくれる気になっている明日美の気持ちが変わらないうちに、それを聞いておく方が優先順位的には間違いなく高い。


「それでさっきの『お爺ちゃん』を言い直した理由はなんなの?」


 そのことに対して尋ねると明日美は身体を丸め、自分の膝に頬杖を付く態勢になって、頰を膨らませる。


「それはね、『お爺様』って言おうとしたの」

「おじいさまぁ?」

「なんで棒読みなの?」

「時代錯誤すぎて」

「うんうん。それ、私も言おうと思ってた。でもしょうがないよね、家系的なものだもん」

「家系的?」


 そこで丸めていた身体を伸ばすようにして、椅子の背もたれに身体を預けるようにして大きくを伸びをする明日美。

 まるで一息入れないと話してられないかのような雰囲気を出す。


「お爺様はここら辺一帯の大地主らしいの。その関係上の話で、そう呼ぶように(しつ)けられてるだけだよ」

「……またとんでもない事実が出てきたものだね」

「でも私のお父さんは長男じゃないから、あとを継ぐというか面倒なものは関係ないけどね。ただ、そういう関係上、教育としては立派にさせてもらって病院の院長にはなってるけど」

「マジで?」

「マジっす」

「でも北山病院ってあったっけ?」

「ん? 探せばあるんじゃない? 私は知らないけど」


 僕の言っている意味を理解していないらしく、明日美は不思議そうにキョトンとした顔をしている。


「僕が言いたいのは、明日美のお父さんがしている病院の名前を聞きたいんだけど?」

「あ、そっちね。個人じゃないよ、私のお父さんが院長してるのは県立だもん」

「……県立? 県立って……」

「うん。県立は県立だよね」


 僕は思わず乾いた笑いが溢れてしまう。

 その病院を知らないはずがなかった。

 だってここ最近、お世話になったばかりの病院だからだ。

 無論、僕だけではない。

 僕だけではないっていうか、お世話になっているという意味だけで言うのであれば、母さんなんて毎日そこでお世話になっているようなものなのだから。


「どうしたの? 大丈夫? 何か変なこと言った?」


 今度は僕の動揺している意味が分かっていない明日美は不思議そうに僕を見つめてきている。

 それもそのはずだ。

 竜也にも話してない母さんの職場の話になっているのだから。


「言ってないよ、変なことは。奇妙な縁もあるもんだなぁっとは思ったけど?」

「奇妙な縁?」

「母さんの職場だからさ」

「……嘘でしょ?」

「嘘言ってどうするのさ」

「だ、だよね……。偶然だよ、偶然」


 明日美もちょっと引きつった笑いをしている。

 同級生の父親が経営している職場で同級生の親という関係は珍しくはない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()という状態で三年間、同級生だったっていうのが珍しい事例だと思ったのだ。

 もしかしたら、母さんは知っていたのかもしれないとは思う。だが、子供同士の付き合いにそこまで関与しないタイプなので、このことを尋ねた場合、「僕が聞いてこなかったから言わなかった」と返されるオチ。

 だから、結局この話が起きない限りは知らない情報だったのかもしれない。


 僕と明日美は自然と無言になってしまっていた。

 気まずい雰囲気ではあるものの、かなりマズいと雰囲気ではない。

 けれど、流れ的に何を言ったらいいのか分からない状況になってしまっていた。


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