明日美について 1
あれから冬休みに入り、正月を迎え、年が明けた。
実はあれ以降、僕と明日美は会っていない。
クラスが違うのもあったが、何より特進クラスだからこその授業や家族関係の事で配信をする暇がなかっただけだ。
あの時のことが原因だと言うわけではない。
竜也の方もあれから僕の家には来ていない。
もちろん、学校で話すことは話す。けれど、明日美の話題はお互いが出さないようにしている。別に取り決めになっているわけではないのだが、なぜか禁句扱いのようになっているのかもしれない。簡単に言えば、明日美と知り合う前の元の状況に戻ったと言った方が正しい感じなのだろう。
ただTwitterの明日美のツイートではDTドラゴンという名前で未だにリプをしているので、二人とも仲が良いのは分かっていた。
きっと気持ちの問題ではあるのだろうが、それが僕の中で目に付くというレベルで。
その度にモヤモヤしてしまうけれど、それに対して何も言うことが出来ないため、僕は何とも言えない気持ちで見ているだけで精一杯だった。
そんな気持ちを迎えつつも一月五日、僕は明日美と会う約束になっている。
なっているというより、LINEで「配信したいから、その日に行ってもいい?」という自分の気持ちを曝け出したメッセージが届き、予定もなかった僕は頷くことしか出来なかっただけだ。
「久しぶりに会うから緊張しているのか、それともこんな気持ちだから会うことに緊張しているのか、全くもって分からないな」
何度も目になるか分からないその時のやりとりを見ながら、僕は言葉を漏らす。
ちゃんと自分を取り繕えるのだろうか?
そんなことばかりを考えていると、「ピンポーン」と久しぶりに聞くような玄関のチャイムが鳴る。
玄関のチャイムが久々に鳴るのではなく、それを鳴らすのが明日美だという状況が久しぶりなだけなのだが。
ちなみになんで明日美かと分かったのかと言うと、到着寸前の状態で、
『もうすぐ着くよ。チェーンもちゃんと外してから開けてね』
という指示があったからだ。
確かに来る人物が分かっている以上、チェーンロックを付けた状態で鍵を開けて、目的の人かどうかを確認。再びドアを閉めて、チェーンを外して、また扉を開けるという行為は無駄以外のなにものでもない。こうやって連絡を取り合っていれば済む話なのだ。
僕は寝転がっていたベッドから起き上がると、自分の部屋から出て、玄関へと向かう。そして、言われた通り、チェーンロックを外してから鍵の方も解錠して、ゆっくりとドアを開ける。
ドアを開けると、そこには明日美の顔が視界に入る。
「明けましておめでとう! 久しぶりだね、元気してた?」
明日美は一度ペコっと腰を少し曲げるようにして頭を下げた後、すごく良い笑顔を向けてくれた。
それに倣うかのように、
「明けましておめでとう」
と首から上を軽く下げて、とりあえず年明けの挨拶を返す。
「たぶん元気だったかな? グータラ過ごしてたから」
「そんなことしてたら太るよ?」
「……正月って意図的に国民を小太りさせるための行事みたいなところあるよね」
「ありません。それは女性に失礼だよ?」
「……それはごめん。でも、誰か個人を指して言ったわけじゃないから許してよ」
「それを個人的に言ってたら、あとでその誰かに逆襲されてたかもよ?」
不意に黒い笑みを浮かべる明日美。
眉間にも軽くシワが寄っているような気さえした。
だから、誰か個人を指してないっていうのに。
そんなことを思いながらも、この話をしていると分が悪いと感じたため、
「そんなことより、どうぞ。いつまでも立ち話してるわけにも行かないでしょ」
僕はドアを全開にして、早く家に入ることを促す。
「お邪魔します」
明日美はその促し、そう答えて、家の中へと入ってくる。
入ってきた後はいつものように鍵を閉めて、チェーンロックをかけて、邪魔にならないように僕は階段の前で待機しておく。
今日の明日美の服装は厚着をしていた。
季節は迷うことなく冬。それにふさわしいコートとマフラーを着けていた。見た目的にも高そうだと思ってしまうような服装で、なんとなくこの家に来るのは場違いなような感じがするレベル。
「どうしたの?」
僕の視線がに気付いたらしい明日美が靴を脱ぎながら、そう聞いてきた。
「んーん、別に。靴脱ぐの待ってるだけだよ」
本当であれば、服装のことぐらい言ってあげれば良かったのだろうが、なんとなく気恥ずかしくなった僕はそう言って誤魔化す。
「そういえば、明日美はこの正月とか何してたの?」
けれど、この流れで話をさっきの話題へと戻す。
今度は自分ではなく明日美のことについて。
きっとこれがさりげない話題の転換だと思う。
「私? 私は親戚とかの接待の手伝いとか、お爺さ……お爺ちゃんとお婆ちゃんの家に言って、挨拶とかね。なんだかんだ疲れることばかりしてたよ」
「……聞いてるだけで疲れそう。っていうか、今、変なこと言いかけてなかった?」
不意に言い直した『お爺ちゃん』という言葉が耳につき、そのことについて興味を持ってしまう。
明日美もこれは失言だと気付いていたらしく、ちょっと困ったように笑い、脱いだ靴を靴箱の中に隠している。
靴を隠しているのは、二人っきりで会う際に、母さんが不意打ちで帰って来た時のことを考えたためである。隠しておきさえすれば、明日美をこっそり家から出させるため、こうしておくことが一番だと判断したからだ。
「これはちょっとやらかしちゃったね……」
「珍しいこともあるんだね。やらかすとか」
「疲れてるんだよ」
「疲れてるなら、家でゆっくりしとればいいのに」
「それは無理だよ。居たら居たでコキ使われるか、勉強させられるだけだもん。それを強制でさせられる以上、ゆっくりなんて出来ないよ」
「聞いてるだけでも疲れそう」
「でしょでしょ? だから今日は息抜きも兼ねているんだから、私を労って?」
「労わるか……。毎日お勤めご苦労さまです?」
「どこのヤクザの娘?」
「さあ? 労わるって聞いたら、これぐらいしか知らないから。それでやっぱりヤクザの娘だったりするの?」
僕は冗談でそう言ってみる。
実は僕は明日美のことをほとんど知らない。
噂では金持ちの家の娘であることは聞いたことがある。聞いたことがあるだけで真偽を確かめたことがない。そもそも接点が見つからなかった以上、聞くという段階までも達していないのだから。
「違います〜! 続きは部屋で教えてあげるから、部屋に行こっ?」
明日美は頰を軽く膨らませて否定した後、家の住人である僕を追い抜き、階段を上っていく。
それについて僕も後ろを歩く。
この時、僕は正直嬉しい気持ちになっていた。
久しぶりの会話でこんなにも冗談が言えるような状況に、すぐになれると思っていなかったから。




