相談した結果 3
考えた末、僕は注意する事は辞めることにした。
今回、明日美が悪いのではなく、間違いなく僕が施錠を怠ったことが悪い。もし、ちゃんとしていれば明日美も家にまで入って来ることはなかったのだ。それに明日美自身も看病するという目的があって来てくれたのだから、そのことに対して怒るのはお門違いすぎる。
ただ、確認しないといけないことがいくつかあった。
「ちゃんと鍵閉めてくれた?」
一番に確認しないといけないのはこのことだった。
僕が元気な時でもちゃんとしていることであり、一般常識として当たり前のこと。
明日美はにっこりと笑みを浮かべる。
「うん、もちろん。鍵とチェーンロックしておけば大丈夫だよね?」
「ありがとう。この確認が出来れば大丈夫」
「普段からしてるの見てるからね。それぐらいはしてるよ。それに透の親戚の人が来た時に、私が応対したら変だもんね」
「それもあるね」
言われてみれば、その通りだった。
親戚の人がいきなり来るパターンは僕も考えてなかったので、改めてそのことに気付かされる。
そのことに気付く明日美は「さすがだ」と思った瞬間だった。
同時に思考がどんどん落ち着いて来たのだろう。
僕は再びあることに気付く。
なんで明日美がこんな平日の真昼間に僕の家にいるのか、ということだった。
普段なら、この時間帯はまだ学校のはず。
しかも冬休みでもない。
だからなおさらこの時間帯に僕の家にいることはおかしいのだ。
「なんでいるの?」
改めて僕はそう尋ねる。
もちろん、先ほどとは違う意味で、だ。
しかし、明日美は僕の意味を理解していないらしく、首を傾げる。
「だから看病しにーー」
「そっちの意味じゃない」
「じゃあどういう意味?」
「だから、こんな平日の真昼間に僕の家に居るの? 学校はどうしたの?」
「早退しただけだよ?」
「なんで?」
「心配になったから。理由はさっき言ったでしょ?」
「……ちなみに早退した理由はなんて先生に伝えたの?」
「『ちょっと風邪気味っぽくて……』って、ちょっと荒い呼吸?みたいなのしてたら、許してもらえたよ?」
「熱は計られなかったの?」
「え? うん、別に。日頃の行いが良いせいからかな?」
「うん、きっとそうだと思う」
そんなことあるのか……。
僕はちょっとだけ愕然としていた。
普通、早退する場合に熱を使う場合は、『熱を計り、熱があった場合のみ許される行為』だと思っていたからだ。
だから、明日美のように演技だけで早退を許されることなどほとんどない。
これが優等生と劣等生の違いなのかもしれない。
もしかすると、明日美の演技力が上がって来た?
配信をする都合上、そういう風に台詞枠をさせられる場合もある。
リスナーの要望に応えるという意味では、それも大事なことなのだが、それに関してはやはり演技力が一番に物を言う。つまり、明日美が望もうと望まなくてもそれは必然と身に着いてしまうものだ。
そう考えると、明日美がどんどん厄介な人物になっているのではないか、と思い始めていた。
そんな僕の考えていることを分かっていない明日美は呑気そうに、リンゴにフォークを刺し、
「はい、あ〜ん」
と差し出してくる。
わりとそれを真顔でして来ているので、僕の方が恥ずかしくなってしまい、
「自分で食べられるから」
思わず拒否の言葉が出てしまう。
この時、普通であればこういう状況になることがほとんどないことに気付かずに。
「いいから。はい、あ〜ん」
しかし、明日美は無理矢理僕の口元へ持って来て、唇に軽く押し当てて来る。
さすがにこれをされてしまえば、拒否することなんて出来ず、僕は素直に食べさせてもらうことになった。ただ、「あーん」とは言うことは出来ず、普通に食べるだけが精一杯だった。
「美味しい?」
「うん、美味しい」
「良かった! 美味しいそうなの選んできた甲斐があった」
「うん?」
その発言に僕は違和感を覚える。
明日美の言い方だと、このリンゴを明日美が選び、それを買って来てくれたということになるからだ。
っていうか、家にリンゴなんてあったっけ?
その疑問に辿り着く。
「もしかしなくても、リンゴ買って来たの?」
「うん。そうだよ。お昼ご飯も買うついでにね」
「……リンゴ代いくらした?」
「そんなこと気にしなくてもいいよ。私が買いたくて買ってきただけだし。ほら、看病っぽいことしたいでしょ?」
「看病っぽいこと? この濡れタオルとか?」
そう言って、持っていた濡れタオルを見せる。
迷うことなくそれに頷く明日美。
「本当はね、冷えピタの方が良かったかなって思ったりもしたんだよ? でもさ、家にあるの勝手に使うのも迷惑だろうし、だからと言って私のお小遣いも限られてるから辞めといたの。さすがにリンゴ代は良いとしても、冷えピタなんて買ったら透が無理矢理にでもお金払おうとするでしょ?」
二つ目のリンゴを僕の口に持ってきながら、明日美は困ったように笑う。
きっとその通りなんだと思う。
リンゴ代ぐらいなら払う意思は見せたけれど、断れたらあっさり身を引くことが出来る。しかし、冷えピタになると払わないといけない感情に駆られ、明日美の言うように払っただろう。流れでもリンゴ代もまとめて。
本当にお見通しだなぁ。
持ってこられたリンゴを口にしながら、僕はそう思った。
「さすがだよね」
「もうそろそろ一ヶ月だからね。こうやって距離感が友達を超える状態になって」
そのまるで意味ありげな言い方に僕はちょっとドキッとしてしまう。
「その友達を超える状態って? どういう意味?」
きっと意味はないのだろうとは分かっている。
分かっていたけれど、僕はちょっとだけ変な期待を持ち、そのことについて口が勝手に開き、そう聞いてしまっていた。
「親友? なのかな?」
「親友……ねぇ……」
「でも女じゃあ男とは友情を築けないとも言うから、彼女未満恋人未満?」
「なにそれ、結局は友達じゃないの?」
「もしくは奴隷? 下僕?」
「それだと看病なんてせずに、普通に自分のやりたいことをしにこき使うだけだと思うけど?」
「……じゃあ親友で」
「じゃあそれで」
やっぱりだった。
どこかで期待してしまっていたのだろう、僕の心に『がっかり』という言葉が似合うほどのショックがやって来た。
けれど、分かっていた分、そこまでのダメージはなかったと思う。いや、思いたい。
それでも友達から親友になれたのは進歩なのだろう。
僕はそう思い、満足するように心に言い聞かせるのだった。




