カラオケ 1
僕が秋山さんに連れて来られた場所はーーカラオケだった。
なんでこの場所を選んだのか、それは分からない。
分からないけれど、秋山さんは慣れた手つきで機器の音量を全て下げていき、声の方が少しでも大きくなるように設定していた。
いや、ツッコミを入れるところはそこではない。
なんとなくイメージの話ではあるのだが、秋山さんがこういう騒がしい場所に訪れる人とは思っていなかったため、ド肝を抜かれたということだ。
「えっと……常連なの?」
お店の入口から受付、部屋までの移動は全部任せていたため、ようやく開いた一言がそれだった。
違う。
尋ねるタイミングは何回かあったのだが、秋山さんの雰囲気がそれを拒否していた。そのため、一切口を開くことが出来なかったというのが正解に近い。
「うん、そうだよ。気晴らしにヒトカラとかしによく来るよ」
「あ、そうなんだ」
設定をし終わった秋山さんは部屋に備え付けてあるハンガーにカーディガンを掛け、僕の隣にボフッと勢いよく座る。
そして、僕の顔をジッと見つめ、クスッと小さい笑みを溢す。
「意外だったって反応だね。私がこういう場所に来ない子だと思った? 残念でした〜。私だって普通の女の子なんだから、こういう場所にだって来るんだよ〜」
少しだけからかい口調でそう言ってきた。
心を読まれてるッ!
なんとなくだけど、これから僕が発言しそうな台詞全てを見透かされてるような気がした。
「それもそうだよね。うん、青春は大事だと思う」
「青春……かぁ……。言うほど、青春なんてしてないけどね。恋愛なんてしたことないし、まずカラオケだって友達と来たことないし。滝本くんと来るのが初めてなんだよ? こうやって誰かと来るのって」
「え? いや、嘘でしょ」
こればかりは予想を外れる言葉だった。
カラオケなんて誰かと来るのが当たり前であって、ヒトカラで来る方が珍しいと思っているからだ。
それこそカラオケ配信をする時に一人で来るぐらいものだという認識だったから。
けれど、僕はそこであることを思い出した。
それは受付のスタッフの反応だった。
なんとなくだがびっくりした反応をしており、何度か僕の方をチラチラと見ていたような気がした。それはむしろ僕が異性だからという認識だったとおもっていたのだがーー。
「思い当たる節あったみたいだね。うん、本当に初めてなんだよ。誰かと来るのって」
秋山さんの方を見ると、僕から視線を外すように天井を見上げていた。同時に頰が少しだけ赤くなっているような気がした。
「なんで? 今まで友達と来なかったの?」
「……誘えなかったし、誘われなかった……。これが正しい言い方なのかな? ほら、滝本くんがしてるイメージ通りだよ。別に私だってなりたくて優等生になってるわけじゃないし、こうやって友達と仲良くしたいんだよ? でも周りが、さ。遠慮しちゃっていうか……そんな感じでね。だから、私も誘いにくいっていうか……」
「誘えばいいじゃん。誘えば、一緒にーー」
「いいのいいの。慣れちゃったし。別に一人が嫌ってわけじゃないしね。昔から慣れてるみたいなところあるから。そんなことよりも! 大事なのは私の話より滝本くんの話でしょ? 」
これ以上は言いたくないらしく、秋山さんは無理矢理、話を切り替える。
僕からすれば秋山さんの方が大問題のように思えてならなかった。
それほど、僕の悩みはちっさく感じてしまえたからだ。
けれど、天井を見ていた秋山さんが僕を見てきた時には『断固としてこの話に触れるな』というオーラが漂っており、追求する言葉が出ることはなかった。
しかし、それでも僕はこれだけは言いたくて、何気ない気持ちでそのことを伝えることにした。
「これから僕を誘ってもいいよ。暇な時は付き合うからさ」
知ってしまった以上はなんとかしてあげたい。
たったそれだけの気持ちで伝えた軽い言葉。
それだけなのに秋山さんにとって、その軽い言葉が重く聞こえたらしく、「え……」と小さく漏らす。そして、僕の手を握ると、
「うん! 誘う! 誘うから付き合ってね! 今度はカラオケするために来ようね!」
今日来た趣旨とは違う意味をはっきりと提示して、嬉しそうにブンブンと振った。
僕はされるがままに、「うん。うん」と答えるのが精一杯だった。
テンションに任せるままに僕の手を握ってしまったことに気付いた秋山さんは軽く照れ笑いをこぼしながら、僕の手を離す。
「ご、ごめんね。ちょっとテンション上がりすぎちゃった……」
「大丈夫大丈夫。僕も学校で似たようなことしたから、お互い様ってことで……」
「そうだよね。そうしよう。じゃあ、お互いこの件について触れることは今後なしってことで……」
「うん、そうしよう」
二人の間でよく分からない不可侵条約を結んだ僕たちは一旦、お互い口を閉じる。
きっと秋山さんは僕の口から今回のことについて話してくれるのを待ってくれているのだろう。僕のタイミングで話せるように。
でもなるべく時間を取らせないようにしないといけないため、今回のことについて口を開こうと頑張ってみる。
しかし、僕はそれを言い出すことが出来なかった。
言い出すことが出来ないんじゃない。
言い出すと心に決めた途端、目に涙が集まり始め、感情の方が溢れそうになるからこそ、言い出すことが出来なかった。
「時間とか気にしなくてもいいよ。ちゃんと親には電話して遅くなるってこと伝えてるし。あ、大丈夫。学校で先生に頼まれたことがあるって嘘ついてるから」
また気を使われてしまった。
用意周到すぎて、思わず苦笑いを溢してしまう。
同時に涙が目から溢れた。
溢れたついでに声も苦笑いから嗚咽に変わってしまった。
もう自分の意思では止めれるものではなかった。
申し訳なかった。
こんな姿をいきなり秋山さんに見せてしまうことが……。
が、そんな僕の考えとは他所に秋山さんの行動は大胆なものだった。
「よしよし、今までよく頑張ったね。偉いね。うん、泣いていいんだよ。辛い時は泣いていいの。我慢しなくていいんだよ」
僕の頭を自分の谷間に軽く押し当てるようにして、泣いている子供を慰めるかのように撫でた。
そんな優しい言葉をかけてもらえるなんて思えていなかった。
キモがられると思った。
昨日と同じように。
だからこそ、僕はさらに泣いてしまった。
その優しさを甘えるように。