不穏な通知 1
あれから二週間が経った。
僕たちは無事に期末テストを赤点を取ることもなく、それどころか過去最高点で通過することが出来た。
それはあの日以降、明日美による地獄のテスト勉強という過酷な日々を送ったおかげであるのは言うまでもない。
ただ、あの日からテストが終わるまでの間のことを僕は正直、思い出したくないという状態に陥っている。
正直、学校で勉強をしてた方がマシレベルでスパルタだったからだ。本来はそれが普通なのかもしれないが、僕と竜也からすればあれだけ勉強をしたことがない。つまり進学組との勉強量の差を思い知らされただけなのだろう。
とりあえず、今回はなんとか切り抜けたが、一月の終わりに頃に高校最後の期末テストがある。
きっと、それも今回のように一緒に勉強させられるのだろう。
竜也は分からないけれど、僕はたぶんさせられる。
そう思うと憂鬱でたまらなかった。
だからこそ、またため息が溢れる。
深い深いため息が。
「またため息ついた。幸せ逃げちゃうよ?」
そう言って、僕のパソコンを弄っている元凶である明日美がそう言ってきた。
今、僕と明日美は僕の部屋で配信に必要な材料を集めている最中だ。
材料といってもフリー素材や著作権に引っかからない画像や音源を探しているだけ。
そういうものは別にスマホでいつでも探せるのだが、明日美曰く『私はよく分からないから、一緒に見てほしい』ということらしい。
別にそういうものは個人のセンスでいいと思うのだが、あとが怖いので僕は言うことを聞いている状態なのだ。
「幸せねぇ……。どういうことが幸せっていうのか分からないんだけど?」
「ん〜、楽しいと思える状況が幸せってことなんじゃないの?」
「ふーん。じゃあ、明日美が楽しいと思えることって?」
「今だったら、配信してる時かな」
「なるほど、それなら良かった」
「一応、固定リスナーも何人か捕まえられたしね」
この二週間のうち、明日美は何度か配信をした。
それはテスト期間中で午前中に帰れる日は僕の家に集まり、息抜きに配信をした。その甲斐もあったらしく、『固定リスナー』と呼ばれる常連さんも手に入れることが出来たのだ。
ここからが常連さんだけではなく、『新規の人も加えつつ、常連さんを大事にしていけるか』というちょっとした壁にぶつかりつつある状態。
正直、ここからは明日美の采配によるものが大きいため、僕から言えることはほぼないに等しい。結局はトークセンスと運でなんとかなるものが大きいので心配したってしょうがないのだが……。
ただ、僕が明日美の配信を見てて分かった事がある。
それは男は可愛い女性の声に惹かれやすいという悲しい性だ。
声フェチにはならないだろうが、自分が好きな声に惹かれると簡単にリスナーになってしまう。だからこそ、男性より女性の方が人気になりやすい。分散しやすいけれど、それでも男が人気なるよりは敷居が低いと思う。
だから僕はつくづく思う。
イケボになりたい……と。
「そうだね、良かったね。あとは流れに任せて頑張るしかないよね」
僕はそんな感じで返事をする。
その言い方がちょっと雑かったらしく、パソコンを見ていた明日美が椅子を回転させ、僕を軽く睨んできた。
「なに、その言い方? なにか不満でもあるの?」
「ないけど。ただすごいなぁっとは思ってるよ。この短期間でさ」
「でしょ〜。だったらもっと褒めてもいいんだよ?」
「はいはい。すごいすごい」
「うっわ……。絶対に思ってない」
「そんなことないさ」
「じゃあ、もしかしてーー」
明日美は急に意地悪な笑みを浮かべる。
絶対、ロクでもないことを思いついた。
もうすぐ一ヶ月ほどの付き合いになれば、だいたい明日美が言いたいことの予想はつくようになっていた僕は、
「違います。嫉妬とかじゃないです」
と先に明日美が言いそうな言葉を先制して言って、否定する。
明日美はちょっとだけきょとんして、唇を尖らせる。そして、からかうネタを無くしたことによって、僕と話すネタが一旦尽きたと思ったのか、パソコンの方へ向き直る。
「最近は私が言うことを読み始めたから、弄りがいがなくなったよね〜」
こともあろうか、マウスを操作しながら愚痴り始める。
「さすがに分かるでしょ。そもそも、なんで嫉妬しなきゃいけないのさ」
「ん〜、私が人気になってきたから?」
「それを言うにはまだ人数が少ない。あとがガチ勢とかガチ恋とか呼ばれる人を作ってからでしょ」
「何人ぐらいになったら、人気っていうの?」
「へ? そりゃ……二十人オーバー?」
「今の二倍か〜。先は長そうだな〜」
「なんでそう思うのさ」
「トークセンスないから」
「神は時に残酷だね」
「うん、本当だよ。嫉妬させてからかうネタ作りたいのにね」
「はいはい」
僕はそう言って、適当に流す。
きっと明日美は気がついてない。
僕が言った『神は時に残酷だ』という本当の意味についてを。
明日美は否定の意味で取ったらしいが、僕が言った意味は『トークセンスがあることを知らないことに対して』という意味だ。
配信に必要なのは人が少なくても、一人でどれほど喋られるかどうかっていうこと。つまり、人が少なくても話題をコメントから拾い、それをどれだけ広げられるか。もし、人が多くなった時は広げすぎず、リスナーが興味があることを手短に話せるか。たったそれだけのこと。
リスナーとして見ている僕が言わせれば、十分だと思う。
だから、そんな気負いをしなくてもしばらく頑張れば、二十人なんて余裕で集まるはずだ。
本当、人の気も知らないで。
「あ、この画像どう? 可愛くない?」
本当に僕の気持ちなんて分からないと言わんばかりにそう声をあげ、椅子をずらし、その画像を見せてくる明日美。
画面に映し出されていたのは、誰が描いたは分からないが、夕暮れの教室で女の子が机に頬杖をついて窓を眺めてる画像だった。
「可愛いと思うよ。いいんじゃない?」
「やった。保存しよーっと」
「あれだよね。僕のパソコンに保存するから、なんか僕の趣味みたいになってるよね? 母さんに見つかったら何か言われそう」
「だから一緒に見てるんでしょ? ダメならダメって言ってもいいんだよ?」
「ダメなものがないから困るんだって」
「でしょでしょ? 透の趣味を考慮しながら、私の気に入ったものを選んでるからね!」
明日美はそれをまるで自慢そうに語る。
まるで僕の趣味を分かっているかのような言い方だった。
趣味を分かってる?
そこで嫌な予感を感じてしまう。
その予感とは『僕の趣味もといそういう読み取り専用にした画像などを見つけてるのではないか?』ということだ。
そんな嫌な現実は考えたくもない。
しかし、それがバレたと考えると冷や汗が止まらない。
だから、僕はそれを聞こうと口を開く。
その時だった。
明日美のスマホから通知音が聞こえたのは。




