失敗した帰り道 1
あれから昨日と同じ午後九時頃まで反省会は続いた。
結論は『実際、配信でやってみるまで分からない』ということに至り、進展せずにほとんど終わった。
そして、今日も僕は明日美を家まで送っている。
「今日も寒いのにありがとうね」
家を出て、少し歩いたところで明日美がお礼を言ってきた。
「別にそれは気にしなくていいけど」
「一応は気にするでしょ。昨日は『前回の約束』っていう名目があったから、私も拒否とか出来なかったけど、今回はそんな約束なしだし』
「一人で帰して、変な事件に巻き込まれたって後から知った方が居心地悪すぎるから」
なんとなく世間を甘く見ているようで、思わず僕は情けないと言わんばかりのため息を吐いた。
その反応が明日美は気に入らなかったようで、ムスッとした顔になる。そして、持っている手提げ鞄で僕のお尻を軽く小突いてきた。
「いたっ。なに?」
「なんかムカついた」
「ムカついたからって暴力反対」
「暴力じゃないです〜。ちょっと当たっただけだもん」
「はいはい。そういうことにしておきますよ」
「その言い方もなんかムカつくな〜」
そう言って、再び手提げ鞄で僕のお尻を叩こうとしてきたので、今度は僕はそれを手でガード。
そんな明日美がちょっとだけ子供っぽく見えてしまい、僕は思わず笑ってしまう。
やっぱり年相応なんだなぁ。
優等生とかそういうイメージから取っ付きにくいという勝手な先入観で、今まで接するタイミングを逃していた自分自身が少しだけバカらしく思えた。もしかしたら、こうやってもう少し早く話しかけていたら、もっと仲良くなれていたのではないか、と思えてしまう。
所詮、『もしも』の話ではあるかもしれないが……。
「あのさ」
そんなことを思っていると、急に明日美が少しだけ真面目な口調になった。
「なに?」
「私をそうやって心配してくれるのは嬉しいんだよ? けどね、透のことも心配だってことも忘れないでね? こうやって私を送り届けた帰りに、何があるか分からないでしょ?」
「……大丈夫じゃない? 男だし」
僕は軽い感じでそう言い返す。
女より男の方が強い。
それは昔からの理屈で、それが当たり前だと思っているから。
しかし、明日美からすればその答えはダメだったらしく、僕がさっき明日美にしたため息と同じ感じのため息を吐いた。
「バカなの? 今の時代、それがまかり通るほど甘い世界じゃないじゃん」
「それはそうだけどさ。やっぱり何かあった場合、男と女じゃ責められた方が違うよ。男の方がバッシングが強いから。明日美のご両親だってそう言うと思うよ?」
「周りは、ね? けど当事者や透のお母さんの立場になって考えてみてよ。きっと透が私に何かあった時に感じる気持ちと変わらないと思うよ?」
「それは分かるけどさぁ」
明日美の言いたいことが分からないわけではない。
けど、やっぱりこういうことは後悔するより行動した方がいい僕は感じる。
結局、この話もきっと平行線のまま終わりが見えない話なのだろう。
「この話は僕の自己満足でしてるってことで解決させてよ。だから明日美を送った後に何かあっても、明日美のせいにはならないよ」
「夜、配信する時はこうやって送ってくれることになりそうだしね」
「そうそう。それにほら、デート帰りの彼女を送ってる感じになれるから僕の中では役得だし」
そう言った瞬間、僕と明日美の時間は止まった。
意識とかしていたわけではない。
ただ、本当に口が滑っただけ。
だからこそ、僕自身が驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと⁉︎ いきなり何を言い出してるの?」
さすがの明日美も今の一言には動揺を隠せなかったらしく、声が思いっきり震えていた。
「い、いや! ご、ごめん! 口が滑った!」
「滑るって……本心が出過ぎじゃない⁉︎」
「違う違う! そんな邪な気持ちはないって! 口が滑っただけでそんなこと考えたことすらないから!」
「え、考えたことすらない?」
瞬間、空気が一瞬にして凍った。
またやっちゃったッ!
動揺からの否定のせいで、明日美の感情を弄んだ流れになってしまったらしい。
「そういうわけじゃないんだけど……」
「ふ〜ん。そっかそっか」
「明日美を家まで送れるって環境は嬉しいんだよ。それは本当だよ?」
「そっか。それは良かったね〜」
「信じてないでしょ?」
「ううん。そんなことないよ〜」
完全に棒読みに近い言い方だった。
激怒とまでは言ってないにしても、少なとも機嫌はよろしくない。
どうすればいいだろ、これ……。
混乱しまくった頭で必死に考えるが、いまいちいい言葉が思いつかない。っていうより、何か発すれば、それが引き金となって、さらに状況を悪化させてしまう。
そんな気がしてならなかった。
嫌われちゃったかなー……。
そんな感情が僕の中で一気に溢れ出してしまう。
けれど、この言葉だけはちゃんと伝えたくて口に出すことにした。
「なんかごめんね。変なこと口走ってさ」
「……いいよ。気にしてないから」
「うん。それならいいんだけど」
「うん」
気にしてないと言いつつも、明日美はこれ以上、会話を続ける気がないらしく、会話が途切れてしまう。
僕も何をどう話したらいいのか分からず、そこから先で話を続けることが出来なかった。
ついさっきまでは「昨日よりあったかいかも?」と思っていた気温が、今では昨日より寒くなっているような気がしてならなかった。
募るのは後悔の念ばかり。
やっぱり他人を好意を持ったりするとロクでもないな。
僕は改めてそう思ってしまった。
無関心ぐらいの方が人間関係が上手くいく。
それはつい先日学んだことなのに、それが全く生かされていない状況が身に染み、一つの刃となって心に突き刺さってくる。
そのことを考えると自然とため息が漏れてしまう。




