配信初日 2
二階に上がり、自分の部屋の前に着くと、ドアを二回ノックする。
自分の部屋なのにおかしい行為ではあると思うが、念のためである。
「は〜い」
部屋の中からちょっとだけ気の抜けた感じで明日美が僕のノックに対しての返事が返ってきた。
それに従うように、僕はドアを開け、中に入る。
中に入ると、明日美は背もたれに体を預けるようにして体を脱力させていた。
どうやら予想以上に緊張し、無駄に体力を使ってしまったらしい。
「大丈夫?」
「なんとか大丈夫〜」
「なんとか、なんだ」
全然大丈夫そうな声じゃないのに、そう返事が返ってきたため、僕は思わず失笑。
とりあえずトレイを勉強机の方に置き、レジ袋からプリンを一つだし、その上にスプーンを添えるようにして、明日美の顔の前に突き出すような形で差し出す。
「それ、昨日の?」
さすがに自分の買ってきたプリンのことを覚えていたらしく、プリンを受け取りながら、そう尋ねてきた。
「そうそう。疲れた時には糖分って大事だからさ」
「ありがと〜。早速、いただきます」
そう言うと、明日美は姿勢を正す。
そして、プリンの蓋を完全には剥がさず、最後の部分を付けた状態にして食べ始める。
一口に食べると、「ん〜」と脳が糖分を欲しがっていたことを表現するように美味しそうな表現を漏らした。
「いただくも何も明日美が買ってきたものだから、気を使うことなんて何もないんだけどね。僕もいただきます」
そう言って、もう一つのプリンの蓋を開け、明日美と同じようにして食べる。
明日美ほど緊張や疲れはないけれど、やっぱりプリンは美味しく感じれた。
プリンは偉大だ。
素直にそう思えるほどに。
「ねぇねぇ?」
明日美がプリンを半分ほど食べた頃、僕にそう呼び声がかかる。
僕はその呼び声に反応し、一旦食べる手を休めた。
「ん?」
「配信聞いてたんでしょ?」
「……いや、聞いてないよ」
「本当かな? ねぇ、煮込みうどんさんはどう思う?」
その名前を呼ばれた瞬間、僕はドキッとした。
ドキッとしすぎて、持っていたスプーンを持つ指が一瞬落ちそうになるも、慌てて掴み、床に落とすことだけは免れる。
一連の様子を見ていた明日美はクスクスと笑う。
「なんで、その人が僕って分かったのさ」
完全にバレている様子だったので、僕はとぼけることは辞めた。
とぼけたところで、たぶんどうにかして僕を追い詰め、自白するところまで持っていきそうな気がしたから。
「配信数秒で来たら、さすがに分かるんじゃないかな?」
「……そんなことないと思うけど。もしかしたら適当に漁ってた人が見に来ただけかもしれないじゃん」
「あ〜、それは考えてなかったな〜。でもでも、透の性格ならそんな私を見捨てないでしょ? 部屋から出る前に『今日は見に行かないから、独りで頑張ってみて』なんて誰でも口だけだって思うよ」
「余計は発言だったかもしれない、それ」
「それはあるかもね。初めてなら普通は見守ってから、三回目ぐらいでそう言うと思うよ。ううん、私ならそうするもん」
「あ、そうですか」
言われてみれば、その通りなのかもしれない。
独り立ちをさせようとした行為が自滅を運んで来た。
この言葉が完全にふさわしすぎて、僕は思わず空笑いを溢した後、盛大に大きなため息を一つ溢す。
その間に明日美は残りのプリンを食べ、
「ごちそうさまでした」
と言った後、椅子から立ち上がる。そして、その空の容器とスプーンを学習机に上に置いてあるトレイの上に戻し、また元座っていた椅子に座った。
「それでさ、配信ってあんな感じでいいの? 手探りすぎて、私の中では上手くいかなかったんだけど、透はどう思う?」
そして、急に真面目なトーンで僕に尋ねて来た。
「いいと思うけど?」
「本当に?」
「だって配信初めてなんだし、あんな感じの手探り状態でしかやれないと思うよ。少なくとも配信始める前に僕が伝えてたこと守れてたし、そんなに気にすることないんじゃないかな? 最初にしては上出来上出来」
「そっか! それなら良かった〜!」
僕に褒められたことが嬉しいのか、ホッとした様子で嬉しそうな笑みを浮かべる明日美。
僕は僕で嬉しそうに笑ってくれる明日美をホッとした。
もし、「やっぱり配信は私に向いてないから辞める」とでも言われたら、どうしようかと思っていたからだ。
さすがに一回目でそんな悪い印象を抱いて欲しくない。
……あれ? なんで僕はそう思うんだ?
急に湧いて来た疑問。
本来であれば、僕は巻き込まれた側であって手伝わなくてもいいはずなのに……。
「どうしたの? なんか勝手に目を丸くして、驚いた反応なんかしちゃって?」
頭の中で迷走している僕を現実に引き戻すかのように、明日美の声が耳に入ってくる。
「な、なんでもないよ! ちょっと今回の悪いところっていうか、直したらいいところを考えてただけだから」
とっさに僕は嘘をつく。
なんとなく今考えていたことは、明日美に伝えるべきことではないと思ったからだ。
「直したらいいところか〜」
僕の言葉に触発されたかのように、明日美は頰を掻きながら、困ったように目を泳がせ、苦笑いを溢す。
「え? なんか思いついたの?」
「思いつくっていうか……ありすぎだな〜っていう感じかな……」
「ありすぎね〜。例えば?」
「ん〜、緊張しすぎて、『本来の私』を出し切れなかったっていうことかな」
「あー、それは分かるかも。ってちょっと待って。完全に真面目な話に移る前に食べとく」
そう言い、僕は残っていたプリンを一気に口の中に掻き込み、明日美と同じように空の容器とスプーンをトレイに戻す。
「もうちょっと味わっても良かったのに。別にそこまで真剣になるようなことじゃないよ」
明日美はちょっとだけ残念そうな感じでそう言ってきた。
口に出しては言わなかったが、「もうちょっと味わって欲しかったな」とでも続きを言われても仕方ない様子だった。
しかし、もうすでに井の中。時すでに遅しというやつだ。
「今度食べる時にもうちょっと味わって食べるよ。その時はもうちょっと良いやつで、一日何個限定ってやつを買ってくる。プリンのお土産のお礼と今回の不始末、配信での何かの記念の時にでもさ」
ないものはしょうがない。
そういう意味でこういうフォローを入れておくことにした。
「言ったね? じゃあ私がそれを検索して教えるから、ちゃんと買ってきてね?」
挑戦状を送るつもりはなかったのだが、明日美の中では何かの挑戦状と受け取ったらしく、不敵な笑みを浮かべながらそう言ってきた。
もちろん、男に二言はなく、
「オッケー、分かった。ちゃんと買う」
その挑戦を強制的に受ける羽目になってしまった。




