配信初日 1
翌日。
昨日と同じ時間。
僕はリビングの椅子に座り、スマホにイヤホンを刺して、待機していた。
二階の僕の部屋にはもう明日美が配信の準備を行なっている最中だ。
最中とは言っても、設定自体は終わってるので明日美の覚悟次第と言ったところ。
「僕もドキドキするのはなんでだろう……」
配信するのは僕じゃないはずなのに、正直ドキドキして止まらなかった。
これが所謂、子供を見る親の心情のようなものなのだろう。
そう思っていると不意に昨日作った明日美ことアスカのツイッターが更新され、『ツイキャスで配信を始めました』というツイートされる。
僕は即座にそのツイートをタップし、そこからアプリへ飛び、その配信画面へと飛ぶ。
初配信であるため、僕以外誰もいないという状況だった。
〈あ……えっと、いらっしゃい? あ、違う。一名様、いらっしゃい?〉
僕がコメントをする前に、閲覧人数を確認した明日美が震えた声でそう言ってきた。
ちなみに僕が観に行くことは言っていない。
むしろ、僕が行くことを予測していると思うと、いつも通りの反応で接してしまう可能性があるので今回は「見に行かない」と言ったぐらいだった。
その言葉を鵜呑みにしているか、していないかは別問題として。
それに従い、僕もコメントを書いていく。
「初見です。綺麗な声をしていますね」
〈ありがとうございます。えっと〜……私はアスカって言います。今日が初配信なので分からないことが多いんですけど、仲良くしてもらいたいです〉
「こちらこそ仲良くしてもらえると嬉しいです。アスカさんってお呼びしたらいいですか?」
ちょっとだけ僕は笑ってしまう。
お互いのことを知っているのに、他人行儀に振る舞わないといけないこの状況が楽しすぎるから。
しかも、こんなにも緊張した明日美を見れるとは思っていなかったからだ。
正直、歯切れが悪すぎて別人にさえも感じてしまう。
いや、もう電話感覚で声が少し高いのだが。
〈呼び捨てでも大丈夫ですよ。分からないことが多いんで、いろいろ教えてもらえると嬉しいかな? マイクとかBGMの音量とか大丈夫かな?〉
そんなこっちの心情は分からないまま、僕が指示した通りにリスナーである僕にそのことを尋ねてくる明日美。
僕はそれを答えるべく、再びコメントを打つ。
「BGMがちょっとうるさいかも? もう少し音量を下げたらいいかもしれませんね」
〈じゃあ、ちょっと音量を下げますね。えと、これをこれぐらいかな? どうですか?〉
「そんな感じだと思います」
〈ありがとうございます。えっと……何か聞きたいこととかありますか? さっきも言った通り、配信初めてだから何を話したらいいのかも分からなくて〉
「なんで配信を始めたんですか?」
〈あ、興味があったからです。なんとなくそういうことに憧れたっていうか、試しにやってみたいな〜って感じで〉
「そういうことに憧れるってのいうのは分かりますw」
〈ですよね〜。あ、閲覧に二名様いらっしゃい。ゆっくりして行ってください〉
不意に増える閲覧人数。
明日美はそれに反応し、そう言って足止め作戦を実行した。
こう言っておけば、最初ぐらいはコメントをしてくれる可能性があるのでそういう風に言うようにも伝えてあったのだ。
そして更新されるコメント。
『初見です』
〈初見さんいらっしゃい。アスカって言います。今日が初配信なので、話題とか上手く出せないけどよろしくお願いします〉
『落ち着いた綺麗な声してますね』
〈ありがとうございます。そんなに綺麗な声してますかね〉
『してますよ! サポートしてもいいですか?』
〈あ、ぜひお願いします〉
そこで僕もサポートしてないことを気付き、コメントを書く前に先にサポートをして、
「自分もサポートしてきます。嘘です。先にしてきました」
とサポートしたことを伝える。
今回だけは一番の座を誰かに譲ることは出来ないからだ。
それだけはなんとなく僕の中で使命と化していた。
〈そう言えば、名前を読んでなかったですね。煮込みうどんさん、カイトさんありがとうございます。あとでサポートを返しておきます。出来たら通知とTwitterのフォローもお願いします〉
「あとでしておきますねー」
そう思いつつ、僕はようやく名前を読んでくれたことに安堵する。
このまま名前を呼ばずに終わる流れは非常に良くないと思っているからだ。
自分の名前を覚えて欲しいのであれば、リスナーの名前を覚えることは必須事項。そこからしっかりしていなければ、固定としてはつかない。
ちなみに『煮込みうどん』が僕の名前である。
由来は適当だ。
たぶん、ご飯の時に煮込みうどんを食べながらアカウントを作っていて、その流れでこの名前にしたんだと思う。
そんな風に僕とカイトは適当にコメントを書いていく。
明日美の年齢だったり、趣味だったり、その趣味からの派生だったりの話を繰り広げていると、もう一人新しい初見さんがやってきりして、放送を盛り上げようと頑張る。
しかし、一枠三十分っていうのはあっという間で、すぐに終わりを迎えてしまう。
「赤字」
配信が切れる前になると赤字になるため、そのことをコメントで伝える。
〈あ、本当だ。話してると三十分ってあっという間ですね〜。今日は試しの配信なのでこれで終わります。色々と話題を振ってくれてありがとうございました〉
そう言ってお礼の言葉を伝える。
『おつかれ〜』
『お疲れ様です』
「おつあす?」
僕が書く前に二人がそうコメントしたため、ちょっとだけ独自にお別れ挨拶を書いてみる。
これが採用されるかどうかは分からないけれど、こういうのが割と配信の中で固定と化すので大事だと思っての行動だ。
〈あ、『おつあす』いいですね。おつあすです〜〉
そう言って、配信終了の画面に切り替わる。
なんとなくだが画面の前で明日美が手を振っている様子が目に見えたような気がした。
無事に初配信が終わったことに対し、僕も少しだけホッとする。
「最初だから、こんなもんなんだろうな。あとは明日美がどんな風な感想を持ったか、によるかな」
僕は耳とスマホからイヤホンを抜き、椅子から立ち上がり、スマホとイヤホンを左右のポケットに片付ける。
そして冷蔵庫に行くと、昨日明日美が買ってきてくれたプリンをトレイにのせ、スプーンを二つ準備。そして、二階の僕の部屋へ向かう。




