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彼女との出会い 2

 秋山さんからの返事はひとしきり笑ったあとから返ってくる。


「ごめんね。まさかそんなに滝本くんの名前を呼んだくらいで驚くって思ってなかったから」

「そりゃ驚くよ。僕の名前なんて知らないと思ってたんだから」


 ここで『知らない』と言ったのは、『一緒のクラスだったことも覚えてない』という先入観のせいからだ。だから、僕の中ではこの言い方が正解だと思っていた。

 しかし、ここで意外な反応を示したのは秋山さんだった。


「え、一緒のクラスだったの覚えてないの?」

「……え?」

「そっか。忘れちゃってたのか。ちょっと悲しいかな。それとも、そんなことを考えるほどーー」


 言葉の途中だったが、秋山さんの表情が悲しいものへ変わってしまったことに対しての罪悪感が強くなってしまったため、


「わ、忘れてないよッ! 忘れるはずがないッ!」


 言葉を遮り、そう言い返す。

 さっきまでより少し大きな声だったためか、秋山さんのきょとんと目を丸くしていた。けれど、すぐにホッとした表情になった。


「なんだ、覚えてくれたんだ。よかった。じゃあ、なんでさっき『知らない』って言ったの?」

「僕の存在なんて忘れてるかなって思ったんだ。それぐらい僕の印象はクラスの中では薄いと思っているから」

「同級生でも知らない人や最低だけど名前を忘れちゃった人もいるけど、滝本くんの……滝本(とおる)くんのことは忘れたことなかったよ」

「なんで?」

「さっき滝本くんが言った言葉の真逆のせいかな。印象が薄いから、逆に印象的に残っちゃったって言った方がいいのかもしれないね」

「ああ、そういうこと」


 その言葉を聞いて、僕の心の中は少しだけ複雑になった。

 今は心が沈んでいるせいか、北山さんが僕に好意を持っているという期待が地味に膨れ上がりつつあったせいだ。でも、心の中ではないとも分かっていた。だから、なんとも言えない気持ちになってしまった。

 けれど、名前を覚えてもらっていたことに対しては少しだけ感謝しないといけないと思っている。

 忘れ去られているより、こんな有名人に覚えてもらっていただけでも光栄なことなのだから。


「名前、覚えてくれてありがとう」

「どういたしまして? でいいのかな? 分かんないけど」

「いいんじゃない。僕は感謝してるわけだし」

「そっか。じゃあ、どういたしまして。って聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「なに?」

「なんで自殺なんて考えようとしたの? たぶんだけど、ここから飛び降りても死ねない可能性が高いよ。所詮、学校の三階だし。死ねたとしてもそれまでに全身を強く打って、しばらく痛い思いと後悔をするだけだと思うけど」


 秋山さんは背伸びをしつつ、フェンスに寄せれるだけ顔を寄せて、地面の方を見つめながら、冷静に判断したことを告げた。

 その言葉を確認するように僕もフェンスの方へ振り返る。そして、秋山さんと同じように背伸びをして、地面を見つめる。


「言われてみれば……そうかも……」


 考慮というものが欠けている現在(いま)の僕は、秋山さんの言葉にどこか説得力があることに気付き、納得させらられてしまう。


「じゃあ、飛び降りは止めよう」


 一過性のもののため、僕の中では『自殺は止めよう』という意味合いで放った言葉。

 しかし、秋山さんにとっては『飛び降りじゃない方法で自殺しよう』と聞こえてしまったのかもしれない。

 僕の方へ視線を向けていることに気付いた僕が秋山さんの方へ顔を向けると、悲しそうな表情で真剣な目で見つめていた。

 その空色に澄んだ瞳で僕の心を見透かそうとしているほど真剣なもので、僕はそれに対し、威圧を感じてしまうほどだった。


「ねぇ、何がそこまで滝本くんを追い詰めたの? 私で良かったら相談に乗るよ? ううん、話を聞かせて。誰かに聞いて欲しそうな顔してる」

「え? そんな顔してる?」


 思わず自分の顔を触る。

 顔を触る手が今まで屋上にいたせいで冷えていたため、冷たさを感じるだけだった。

 同時にこのことを誰にも話していないことに気付く。

 こんな話、クラスメートにも推していた配信者へのリスナーへも話せず、何人かいるネットの友達にも話せず、昨日はベッドに一人声を押し殺して泣いていたせいだ。

『言われて気付くこともあるんだな』と素直に思った。


「普通はそこは鏡で見ないと分からないでしょ」


 そこで秋山さんからの指摘が入る。

 それもまた納得がいった。


「それもそうだね。手で触ったところで分かるはずないよね」


 ちょっとした恥ずかしさが生まれ、僕は笑う。

 弱々しかった。

 普段ならもうちょっと高い声が出たはずなのに、今の笑いは乾笑い。

 もう隠し通すや誤魔化して逃げるなんて手段もあったけれど、もう僕自身が負けを認めてしまった以上、秋山さんに愚痴を溢すしかない。

 そう悟ってしまった。

 だからこそお願いすることにした。

 少しでもこの苦しみから解放したいがために。


「じゃあ話聞いてもらっていい? 大したことがないーー」


 言いかけた先で「くしゅん」とくしゃみが、僕の言葉を遮った。

 くしゃみをしたのは秋山さん。

 両手で口元を覆い隠しているものの、顔を赤面させている。

 どうやら恥ずかしかったらしい。


「ご、ごめんね! 大事なところで!」


 謝罪の時の声も少しだけ上擦っていた。


「ううん、僕の方こそごめん。僕に付き合わせる形でここに居させて。さすがに寒いよね」


 季節はあと少しで十二月。

 ちょっとした風でも冷たく感じ、防寒具がない状態でいては風邪を引いてしまいかねない。

 そのことを失念していたため、僕は素直に謝罪した。

 同時に話を聞いてもらうことも諦めた。

 関係ない秋山さんにまで負担をかけさせるわけにはいかなかったから。


「とにかくさ、今日はもう大丈夫だから。僕に付き合って秋山さんに風邪を引かせるわけにはいかないし、家に帰ろうよ。それがいい」


 素早くそう言って、僕は扉に向かって歩き始める。

 そうでもしないと秋山さんは静止の言葉をかけてくると思ったからだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 案の定、静止の言葉がかかってきた。

 だけど、僕は聞いてないフリをして扉に向かって歩く。

 気を使ってくれた人に対して、最低の行動をしていると分かっていながら。

 心にさらに痛みが走った。

 でも止まるわけにはいかない。


「だから待ちなさいってば!」


 駆け寄ってくる音。

 僕も少しだけ負け時と早足になる。

 秋山さんが僕の腕を掴んだのと、僕が扉のドアノブに手をかけたのはほぼ同タイミングだった。

 振り切ろうと思えば、振り切れたけれど、そこまでの行動は出来ず、その状態で僕は止まってしまう。


「今日はいいって言ったじゃん。今度、また話を聞いてよ。僕に付き合って、風邪引かせちゃったら申し訳なくなるんだから」


 秋山の方を向き、自分でも予想以上に冷たい声でそう言った。

 けれど、そう言ってしまったことに対して後悔してしまうほどの出来事がまた起きていた。

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