配信までの段取り 5
配信のやり方の承諾を得た僕はマウスに掴み、カーソルを操作。
ツイキャス画面にある『PC配信』をクリック。カメラとマイクのアクセス許可の画面が出てきたので、『許可』をクリックして、配信出来る一歩手前の状態まで持っていく。
「たぶんだけど、カメラとマイクのアクセスについては一回しか出ないと思う。もしまた出てきたら、さっきと同じようにしてくれたらいいから」
「うん、わかった。これでそこの『ライブ配信』ってのをクリックしたら始まるの?」
「始めるだけはね。一番問題なのはここかな?」
そう言って、僕はその左の方にある『ラジオ配信』となっているところをマウスのカーソルで何回か円を書くように回す。
「ここをしっかり確認しておいてね。もしここが『ラジオ配信』になってなかったら、ラジオ配信に変えて」
「そうだね。それはしっかり注意しとく」
「あとはもう見ての通りかな。ミュートボタンもあるし、ここで画像を変えられるし……っと、大事なこと忘れてた」
「ん?」
「さっきオーディオインターフェイスはいらないって言ったよね?」
「ミキサーでなんとかなるだっけ?」
「そうそう。それは本体の音量ボタンのところ。ここだね」
マウスのカーソルをパソコンのスピーカーマークに合わせてクリック、音量バーを表示させる。
きっと秋山さんもここを学校などで触ったことはあるのだろう。
種類の多さに「あれ?」っていう反応を示していた。
「ミキサーをオンにしたら、こういう風にたくさんの音量設定が出るから、設定してくれたら分かるかな。ここからはもう手探りって感じでやることになると思う」
「手探りか〜。ちょっと不安かな」
「すぐに慣れるよ。言っても、僕も配信したことないって言ったでしょ? だから、ここは触ったことがあまりないんだよ」
「あ、そっか。そうだね。じゃあ、私が頑張らないといけないところか」
「そうそう」
「たぶん……大丈夫かな?」
「もし配信してて、困ったことがあったら、ミュートにしてくれたらいいかな? そしたら僕も飛んでくるし。呼ぶ時はちゃんとミュートするを確認するように」
「うん! 分かった! 」
元気よく返事をする秋山さんだったが、不意に「え?」と不安そうな表情になってしまう。
「今の言葉の流れからするとなんだけどさ」
「うん、なに?」
「配信中に滝本くんはこの部屋にいないってこと?」
「え? そうだけど?」
その質問に僕も驚いてしまう。
秋山さんぐらいなら、僕が配信中にこの部屋からいなくなることぐらい分かっていることだと思っていたからだ。
でも、そこが初心者。
きっと説明しないと分からないのだろう。
その理由を聞こうと口に出していないけれど、秋山さんは僕をジッと見ている。
「部屋からいなくなるのは一つだよ。『変な雑音が入るから』ってのが一番かな。人はいるだけで物音を立てたりするのは分かるでしょ? だから、なるべくそういうのを消すためかな」
「そういうことか。じゃあしょうがないのかな……」
「そんな不安がらないでよ。LINEしてくれたら急いでくるから。別にLINEの通知音ぐらいなら、リスナーも気にしないしね。なるべく通知音はミュートが推奨だけど。っと、大事なこと忘れてた。もう一つ理由があった」
『リスナー』という単語を出すことで僕は大事なことを思い出す。
それに対して、秋山さんはさらに『?マーク』を浮かべている。
「大事なことって?」
「配信中にコラボ以外での異性との絡み……存在は嫌われるってことかな。それが兄や妹だったとしても嫌われるから気をつけないといけないってことだね」
「そういうことか〜。なかなか面倒だね。もし、何かあってミュート忘れたら大変なことになっちゃうじゃん」
「まぁ、それはそれで兄妹設定でやりすごせばいいと思うけど、基本的にはミュートは必須」
「分かったよ。何かあった時はすぐにミュート出来るようにすればいいってことだね」
「そうそう、基本はそれ」
やはり不安は隠せないようで秋山さんの表情は暗い。
しかし、こればかりは実際やってみないことにはどうにもならない。だからフォローしようにもいい言葉が思いつかない。
僕はない頭で必死に考えていると、
「ねぇねぇ、もし私がミュートにするの忘れて滝本くんを呼んだ場合だよ? 兄妹設定するとして、どっちが上になるの?」
真面目な声でそう聞いてきた。
ただ、その質問自体に僕は理解が追いつけず、「へ?」という間抜けな声が出てしまう。
まさか悩んでいたことがそこだとは思っていなかったからだ。
「いや、そんなのどっちでもいいよ」
「よくないよ。どっちが上かで『お兄ちゃん』とか『名前』呼びとか変わってくるじゃん」
「……純粋にどっちが先に生まれたか、で決める?」
「やっぱりそれが妥当なのかな? 私は十月だけど、滝本くんは?」
「僕、九月」
「じゃあ、滝本くんがお兄ちゃん設定で」
その瞬間、僕の背中に意味の分からない痒みが走った。
別に兄妹設定などの興味があるわけではない。が、まさか秋山さんにそんなことを言われるとは想像すらしてなかったので、なぜか変な感覚になってしまったのだろう。
いや、そう推測するしかないのだ。
「嬉しそうだね」
不意に冷めた声が秋山さんから放たれる。
そんな反応をした覚えがなかったため、僕は驚きを隠せなかった。
「え、そんなことないよ?」
「口元ニヤけてるけど?」
「うっそ⁉︎」
僕は慌てて口元を隠す。
ニヤけてるというのは自分の感情に反しているため、こうすることしか出来なかった。
「まぁ、いいけど。でもあれだね。そんな滝本くんを『お兄ちゃん』って呼ぶのは私が嫌だから名前を呼ぶね。透くんだったよね? 『透』って呼ぶようにする。うん、それがいいね」
「……なんの反論もございません」
「じゃあ、私のことも名前でいいよ」
「名前? この場合は『アスカ』だっけ?」
「配信中はね。あ、そうだ。もう面倒だからこっちでも名前呼びにしない?」
それは唐突な提案だった。
ギャルゲーなどではよくある流れだったが、まさか秋山さんの口からそんな提案が出るなど思っていなかった。
同時にそれだけ親しくなった。
そのことを思うと、僕はこればかりは正直、嬉しさを隠すことが出来そうになかった。
「えっと……いいの?」
「うん。きっとそうでもしないと私のこと名字で呼んじゃうでしょ?」
「それはあるね」
「だから仕方なしだよ?」
「分かったよ、秋山さん」
「名前」
「明日美」
「それでオッケーだよ、透」
定番の訂正のやりとりをしつつ、僕はやっぱり思う。
これ絶対になれない。
下手したら、毎回声がニヤけてしまう。
絶対、気持ち悪がられる。
嫌われたくない。
その想いから、僕は必死にこの状況を打開しようと考える。
同時にあることが思いつく。
いや、これしか方法がないというべきだった。




