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配信までの段取り 4

「それでなんて名前にしたの?」


 ほんの少しだけ待ってから、僕はそう尋ねる。

 きっと尋ねなくても教えてくれただろうが、やはり気になってしまい、先に聞いてしまった。


「これだよ」


 そう言って、自分のスマホに表示にしたTwitterのプロフィール画面を見せてくれた。

『明日華ーアスカー』。

 なんら変哲も無い秋山さんの本当の名前と一文字違いの名前だった。

 きっとこれにも意味があるんだと思う。

 でも、「名前の意味を聞くのもなぁ」っと考えていると、


「あれ? この名前にした理由聞かないの?」


 秋山さんから聞いてきてくれた。


「聞きたかったけど、なんとなく聞きづらかった的な」

「なにそれ……普通に聞いててくれればいいのに」

「じゃあ、どんな理由があるの?」

「二つあるんだけど、一つは単純なものだよ。『私の名前に近いから』。これなら、何かで呼ばれたとしてもすぐに反応出来るでしょ? 少なとくとも私の一人称は自分の名前じゃないからさ」

「ほうほう。もう一つは?」

「もう一つは『聴いてくれた人に明日、華がありますように』だね。意味的には無理矢理な解釈なんだけど、華=良い事って読み取ってくれたらいいかな?」

「ふむふむ。ちゃんとした理由だ。さすが」


 思わず僕は拍手してしまう。

 テンションが上がった結果、キラキラネームのような名前を付ける可能性を考えた自分を恥じた。

 しかし、秋山さんはちょっとだけ自嘲した笑いを浮かべながら、僕から視線を逸らす。


「いや〜、実はもっとはっちゃけた名前もいいかな〜とは思ったんだけど、やっぱり読みやすい名前に落ち着いちゃったよね」

「はっちゃけた名前って?」

「ん〜、例えば『イチゴちゃん』とか?」

「……は?」

「なに、その反応?」


 僕の予想外の反応に秋山さんはムスッと頬を膨らませる。

 だが、しょうがないと思う。

 なにをどう思って、『イチゴちゃん』などという秋山さんが考えなさそうな名前を思いつくと言うのか。少なくとも先程恥じた自分を殴りたくなった。


「いや、さすがにはっちゃけすぎじゃない?」

「ネットだからいいでしょ?」

「そりゃいいけど……。リアル……現実で秋山さんのことを知ってる人は絶対に僕と似たような反応すると思うけど」

「……うん。知ってる。だから、今の忘れて」

「そうだね。忘れたことにしておくよ」


 秋山さんのお願いを素直に承諾する僕。

 しかし、黒歴史になり得る出来事だったため、むしろ忘れないように心に刻み込んだ。バレたら、間違いなく死を見ることになるだろうけれど。

 秋山さんは言うと、ちょっとだけ僕に教えたことを後悔したらしく、まだ軽く頰を膨らませたまま、自分のスマホを操作し、アイコンにする画像などを選び始めていた。

 その様子を見ていると、心に余裕が出来ているのは間違いないので、


「そろそろ配信のやり方でも教えようか?」


 と尋ねてみる。

 秋山さんは指の動きを止め、ちょっとだけ考えた後、


「うん、そうだね。そろそろ教えてもらおうかな。よし、アイコンは一旦、これでいいかな」


 そう言って、パソコンの前に椅子を動かし、正面に座る。

 僕はその右側に回り込むようにして立つと、ちょっとだけ遠くに話していたマイクを秋山さんの目の前に設置。それをイヤホンジャックに刺して、最終準備を整える。


「コンデンサー……マイクだっけ? これ、どうしたの?」


 そのマイクを見て、秋山さんは興味深そうにマイクを軽く指先で触っている。

 やっぱり聞くよな、それ。

 こういうマイクは基本的に配信者、歌い手などのマイクを必要とする人しか持っているはずのないものだから。


「ほら、こういう配信系とか興味がある人は自分もやってみたいとか思うじゃん?」

「うん」

「だからとりあえず形として買ったんだよね。……結果は聞かなくてよし」

「悲しい現実が形として残ってるんだ……」


 ぽろっと漏らされた秋山さんの同情の声。

 ちょっとだけそれがチクっと僕の心に突き刺さる。

 きっと悪気はない。

 悪気はなく、本音が漏れただけなんだ。

 だけど、その現実は僕の才能の無さを突きつけるものとして十分すぎて、表面には出ないものの、内心泣いてしまっていた。


「えっと、なんか……ごめんね」


 僕の雰囲気を感じ取ったらしく、秋山さんは「失言した」という感じで、僕を上目遣いで見つめてきた。


「だ、大丈夫だよ。気にしないで。事実だし。ともかく一応配信として必要最低限の物は揃ってるはずだから」

「でもこれすごいよね。本当にネットで調べた一式は揃ってる」


 そう言って、今度は興味深そうにポップガードを触り始める。

 普通はこんなものはないからなぁ。

 なんでも興味深いというのは分かるため、それを持ってることに僕はちょっとだけ鼻が高くなるような感覚があった。


「オーディオインターフェイスっていうやつはないの?」


 そこで出てくるのは予想外の単語。

 まさかオーディオインターフェイスを知ってるとは思わず、僕は思わず苦笑いを溢してしまう。


「それはない。さすがに買ってない」

「あ、そうなんだ。持ってるなら見たかったな〜。ちなみになんで持ってないの?」

「いくら形から入るって言っても、マイクとこれだけあれば十分に対応は出来るんだよ。だからそれだけでやって、僕は諦めたよね。そういうことだよ」

「買う前に現実を知ってんだ。無駄遣いにならなくてよかったね」

「そうだね。別に今は設定次第でオーディオインターフェイスは必須にはならなくなってるしね」

「え、そうなの?」


 その情報は知らなかったらしく、秋山さんは驚いていた。

 知識としては中途半端らしい。

 それが初心者らしいと言えば、初心者らしいのだが……。


「ないよりはあった方がマイクの音質とかいろいろ変わるけど、秋山さんがどこまで配信続けるかも分からないしね。とりあえずパソコンのミキサーの設定でBGMとマイクを独立で稼働できるから、それを代用する」

「ふむふむ。なるほどね。とりあえず滝本くんがそういうなら大丈夫なのかな?」

「まあ、ダメならダメで考えるだけだよ。とりあえず配信のやり方教えけどいいよね?」


 そう言って、この話を終わらせることにする。

 これ以上、機材の話を続けても意味がないからだ。

 秋山さんは僕の指示に逆らうこともなく、「うん」と頷いてくれた。

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