予定通りの仮病 5
とりあえず基本的なことを教えないといけない。
僕はそう思い、椅子から立ち上がり、パソコンがセットしてある机に近づき、電源を入れる。
「あ、ちょっと待って」
不意に秋山さんの声から静止がかかる。
なんのことが分からず、秋山さんの方を振り返ると、秋山さんは自分のスマホを確認していた。
「え、なに?」
「さすがに今日は時間的にマズいと思うんだ」
「時間? あ、そうか」
秋山さんに言われ、壁時計の方を見る。
時刻はいつの間にか六時半を過ぎていた。
そんな僕たちのことは気にしてないかのように、パソコンは起動し、ディスプレイも起動した。
常にスリープモードで落としているので立ち上がるのは一瞬なのだ。
「えっと……なんかやる気になってたのにごめんね?」
「気にしなくていいよ。僕が勝手にやる気になっただけだし。じゃあ、玄関まで見送るよ」
「うん、ありがとう」
秋山さんは立ち上がり、自分の荷物を持つ。
その間に僕は扉を開けて、いつでも出れるように待機しておく。
それに従うように秋山さんは扉を通り、そのまま二人で階段を降りて、一階へ。
僕は来た時に比べ、緊張なんてないから軽い気持ちで一階へ迎えるのは当たり前なのだが、秋山さんもなんとなく来た時よりも足取りが軽いような感じがした。
やはりどこかで、『配信の相談をする』ということに緊張していたのだろうか?
それを考えると、やはり秋山さんも僕となんら変わらない人間なんだな、って思えて、ホッとしてしまう。
玄関へ辿り着くと、秋山さんは靴を履いた後、僕の方を見て、
「今日は押しかけてごめんなさい。やっぱり私のやりすぎだったよね」
謝罪した同時に、ペコッと頭を下げる。
少しは気にしていたらしい。
「ううん、大丈夫だよ。きっとしばらくは仮病使ってーー」
「仮病」
「なんでもないです。来てくれて嬉しかったです」
ジト目で見てきたので慌てて言い直す、
しかし、ジト目のままで僕の訂正を見逃そうとしてくれていなかった。
どうやったら許されるのか。
そのことについて必死に悩んでいると、秋山さんは急に吹き出す。
「その困った反応、面白いね」
「どこがださ。僕は真剣に困ってるのに」
「ごめんごめん。別に意地悪するつもりはないんだよ? 墓穴掘ってるのは、全部滝本くんからなんだし」
「それはそうだけどさ」
「だから、そんなに不貞腐れないでよ」
「はいはい」
まだクスクスと楽しそうに笑っていると、僕は自分が不貞腐れているのが馬鹿らしくなり、そう言って終わらせることにする。
本当は許したくないけれど。
そこで僕はハッと大事なことに気が付く。
「そういえばさ」
「うん」
「家まで送った方がいい? こんな時間まで僕のためにいてくれてたんだし……」
「……う〜ん」
秋山さんは悩んだ様子で首をかしげる。
その悩み方は結構本気だった。
「あ、嫌ならいいんだけどさ。一応、時間的に女性にとってはそういうのした方がいいのかなって思って」
そう言って、無理強いしてないことを軽くアピールしておく。
これだけでもかなり悩むレベルを減らせると思い。
「今日は……いいかな?」
それでもしばらく考えた後、秋山さんはそう答える。
顔は未だに複雑そうなものだった。
「そっか、分かった」
「あれ? 理由聞かないの?」
「聞いてどうにかなるものなら。っていうか真面目に考えてたから、軽い気持ちで断ってないでしょ」
「まぁね。もし仮病で学校を休んでなかったら送ってもらってたかもね」
「あ、そういう理由ね」
「うん。そういう理由です」
「ごめんって」
僕のした行動をまさか最後の最後までイジる対象にすると思っていなかったため、僕は謝ることしか出来なかった。ただ、今回は頭を下げるのは辞めておいた。それは秋山さんも口調的には責めているように感じなかったからだ。
「うん。だから今度教えてくれる時に送ってね」
「分かった。とりあえず予定は明日の学校で聞くよ。僕もいきなりは『いつやろう』とは言えないしさ」
「そうだね。ちゃんと明日は学校に来てね」
「分かってるよ」
「じゃあね、滝本くん」
「また明日」
玄関のドアを開け、秋山さんは最後に僕に手を振り、ドアを閉める。
その後、遅れる静寂。
僕はいつの間にか、秋山さんといた時間をなんだかんだ楽しんでいたことに気が付くほど、寂しさをかんじてしまっていた。
「あっちはどうなんろ」
不意に出してしまった本音。
なんとなく僕は恋愛の瀬戸際近くまで迫っているような気がしてならなかった。
けれど、それは秋山さんとの関係には不要で、それが邪魔すると距離を取られてしまう。
そう思うと、僕はこの気持ちを気のせいだと思い込むことしか出来なかった。
そしてつくづく思う。
僕はチョロい人間だな……って。




