初任務開始
レオ達は軽装備で商店街の裏通りを歩いていた。レオが槍を持ち、ドルーはブロードソードを鞘に嵌っていた。二人は決して裏通りに目立たない容姿だが、後ろの二人の女性が明らかに場違いだった。
「な、この二人を本当に連れていってよかった? 警戒されたらデッド・ドロップの場所が変えられて本当に情報が尽きるかもしれない」
「できればそうしたいがな、でも神使は俺らの監視のためにもいるんだ」
「せめて武器の形をしていれば」
「しつこい、これはどうだ」
ドルーは鎖引っ張ってジャネットを頭上まで上げて、何気ないようにおんぶさせた。引っ張った勢いでジャネットの首が折れなかったのが不思議で、さらに目立ってしまう。そもそもなんで彼女の首に鎖がついているんだろう。捕捉されているわけでもないし、儀式の時つけていなかった。
「いや、それも目立っている。その鎖もなんとかしろ。スラムだからといって、奴隷がいるわけがない」
「じゃぁ、こうしようね!」
ジャネットは悪戯の笑みを浮かべてドルーから降りた。それから、角を曲がった時に鎖が消え、彼女の体が急成長した。一メートル強からレオと同じ高さになって、レオの腕を組んで共に歩く。同い年の女性に縁のないレオは一瞬動揺を見せたが、すぐに取り繕った。
「何をやっている?」
「ミキはね、レオ様の言う通りと思うの! これなら娼婦に見えそうじゃない? それなら怪しまれないでしょ!」
レオはジャネットがミキと名乗った事を一瞬だけ不思議に思ったが、理由がすぐに分かった。ミキはドルーの娘の名で同じ見た目はずだ。明らかにドルーへの嫌がらせだ。ドルーを嫌がらせるのはいいのだが――
レオはドルーに振り向くと殺意すら感じさせる剣幕が飛んできた。巻き込まないで欲しいとレオは思った。
「何やってんだ」
レオが歩きを止めた。ドルーの雰囲気はジャネットを人質にとった時と同じだ。余計な事を言ったら殺されそう。
「少しぐらい娘が大人になったら、の体験をさせようとしただけですよ、ドルー様。どうですか、愛しいですか」
ドルーの額に青筋が浮かんできた。それを見たレオは顔を青ざめて逃げるように歩き出した。しかし、腕は掴まれた。姉さんに掴まれて、彼女もジャネットのように腕を組んで隣に歩く。同じ行動とはいえ、ジャネットと違って何も言わない。何も言わないから自分の意思で腕を掴んだのか、ただジャネットを真似したのかはわからない。これではさらに目立てしまうが、姉の姿の神使を見てレオは悪い気分になれなかった。
裏通りを過ぎて都市の喧騒が段々と消え、市壁に近くて、市門から遠い宿の裏でレオ達は小さい箱の前に止めた。箱がゴミの山の中に隠されていたため、探していない限り偶然見つかる事はない。なぜなら、スラムにゴミ拾いという職業はないし、価値のあるものを外に置く人もいない。レオはその鍵付きの箱を手に取って番号キーの鍵を回した。
「だめだ、違う番号になってる。ダイヤルが五桁もあるんだ。当てずっぽで当たる可能性はほぼゼロだ」
しばらくの沈黙。他のデッドドロップに行くことも可能だが、おそらくそっちも鍵が替えられた。疑問なのはなんでこんなに早く変わったか。掴まれてからたった一日しか経っていない。必ず昨日ヘストに着くわけでもなかったし、来週までに取引に来なかったならともかく、次の日に鍵を替えるという事はレオが掴まれたところは目撃されただろう。ドルー達から逃げ切ったとしても革命軍に怪しまれてしまう。レオは増える苦労に顔をしかめた。
「ね、あの箱を見てもいい?」
幼い姿に戻ったジャネットがにっこりと笑いながら頂戴と言わんばかりに掌を空に向けて手を差し出した。番号を知らない今は持ってもしょうがないし、ジャネットに持たせても損はない、とレオは一瞬だけ思った。
「あ、壊しちゃた」
ジャネットの幼い手には箱が蝶番で二つに割れていた。金属片と共に黒い液体が箱から流れ落ちてきて、中身と足元を黒く染まった。レオは反射的に「あ、あ」と呻きながら箱をジャネットから取った。具がないと無理やり開けられないから箱の仕掛けを注意するまでもないと思ったが、あった。法具があった。それに、握力が半端ない。ドルーもジャネットも揃って化け物だ。墨に染まった紙を箱から出して、箱を姉さんに持たせてからレオは目を凝らして読もうとした。
「どうするんだ、これ。箱に新しい情報と命令があったはずなのに、黒く染めちゃ、読めない」
「申し訳ありません。仕掛けがあると思わない私の浅はかでした」
今までふざけてきたジャネットが真剣に頭を下げた。彼女の性格は悪いが、それでも正義の神の神使ということか。レオは彼女を責められなかった。
「いや教えない俺にも非があった。それに壊さなくても開ける方法はなかった。今できる事は元の場所に箱を戻して次にデッドドロップを拾う人の待ち伏せくらいかな」
「そうだな、レオの知識で全てのデッドドロップに兵士を置けるな。箱を戻して警備署に行くぞ」
レオは頷いて箱を取るためお姉さんに向いた。しかし、彼女が持っていた壊れた箱はなぜか元通りに直していた。