姉さん?
「お姉、さん?」
法具はレオの姉の姿になった、というより彼女が生きていれば成長した体と言った方が相応しい。レオと同じ金色の髪がサラサラして腰まで続く彼女。大理石の彫像のような美貌と肌。彼女があまりにも細くて華奢で美少女と思わないヤツはこの世にいない。大きくなったとは言え、間違えることはない。まるで五年間、腹部に置かれた重しがやっと取り除かれ、解放感で声と涙が溢れ出す。
「お、お姉さーん!」
レオが肩の痛みを忘れて彼女に抱きついた。ずっと会いたかったお姉さん。五年間の悪夢を目覚ませるお姉さん。でも、そのお姉さんは何も反応しない。レオは体を離すと法具が無表情のまま、黙々と水色の双眸でレオの魂に覗き込んだ。いや待って? お姉さんの目は碧色だった!
「だれだ」
「これからお前の監視役と命令を下す神使である。では、自己紹介をお願いできますか、神使様?」
ドルーが神使に話しかけて、みんなが返事を待った。しかしいくら待っても彼女は何も言わなかった。ただボーッとするだけだった。
「なんで彼女は何も言わない」
「わからないな。デイブ、お前はどう思う?」
「さぁ、この法具はかなり前から使われてないから、言っていることがわからないのかな?」
法具はデイブに向いて頭を横に振って、沈黙を続ける。せめて言葉が通じっている事は分かったが、尚更意味がわからない。
「こりゃ、困ったな。神使様、お名前とこいつの任務を教えていただけないでしょうか」
再び問いかけるドルーだったが、法具が彼の顔を見てただぼーとするだけだった。
「えっと、喋らないってことは、任務がない。つまり、デイブの采配だ」
「ん~そうですねぇ、特別騎士団だから入団手続きがないけどぉ、一応報告書を描きますんで、ミキちゃんに聞きましょうか」
勝手に話を進めている二人を見て、レオは焦りを感じた。そもそもレオは祈誓をしたばかりで何も説明を受けていない。
「ミキって誰だ? なんでお姉さんが喋らない? そもそも法具ってなんだよ! いい加減説明してくれ!」
「デイブ、ジャネットをミキと呼ぶなと何度も言っただろう。レオ、焦るな。説明してやるよ。おいこっち来い、ジャネット!」
「はい~! おう、これがレオ様の法具だね、綺麗〜」
ジャネットは死んだ目をしているアンジェリカから離して、レオたちの方へ歩いてきた。
「彼女がな、しゃべらないんだぞ? それで代わりにこいつの任務を教えてくれないか」
「うん、そうですね。とりあえずー、ドルー様に新しい命令です! レオを教育して、その後は一緒に現在の任務を続行せよ、ですって!」
ジャネットの目は懺悔の儀式の時みたいに光に溢れてさり気なくドルーに答えた。軽い態度の裏腹に威厳を滲み出ているジャネットにレオは驚かずにいられなかった。
「本当にそれで通じるか?」
「神使は神様に仕えて、俺たちを監視して任務を与え、力にもなる。同じボスだから知るすべがちゃんとあるし、他の法具の情報を教えるべきか、べかないかも知っている。同じ神の法具に限った話だがな」
ドルーの説明でレオは納得した。しかし、その答えは疑問を増えた。
「違う神の法具もあるのか、それに――」
「はいはい、この国には禁止だが他のところにあるんだ。質問はたくさんあるだろうけど、まずは兵舎でベッドと装備の確保をしないとな、後シャツだ。騎士が半裸だと困るしな。じゃぁ、参りましょうか、レオの神使様、ジャネット」
ドルーと神使たちを呼んで兵舎に向かった。酒場を出た時からシャツが破れていたことを思い出したレオもついていくつもりだったが、デイブがレオ引き止めて、耳に囁いた。
「そんなにドルーに懐くとぉ、つらい思いが待っているんですよ」
「は? いや、あんなヤツに懐く訳がない。でも、なんでそれを?」
デイブはしばらく黙り込んで、説明が整理しているようだった。
「知ってる? 特別騎士団はもう一つの名前がある。それはなぜかというと――」
「おい、突っ立たないで早く行け」
「まぁ、いずれはわかります。とりあえず、生贄の騎士団にようこそ」