検問のちルルブス
ゼノスが検問の男の人と話をしているところを門を通過したレイ、ライン、ルシアの3人はじっと見つめていた。
周りの人がおかしな人を見るような目で3人を見ていることなど気にもとめずに。
すると検問の男の人が他の男の人に検問を任せ、ゼノスとともに門の中、つまりルルブスに入ってきた。
一体何があったんだろう。と3人が眺めているとゼノスと検問の男はここから少し離れた小屋に向かって行き、やがてその中に入っていった。
その光景を見ていた3人は途端にオドオドし始めた。
「えっ! ゼノスさんなんか小屋に行っちゃいましたよ!」
「ま、まずい。絶対何かやらかしたな」
「ありがとう、ゼノス。君との時間、楽しいものだったぜ」
「ちょっとライン兄さん、何言ってるんですか」
ほんの数秒前はものすごい焦りを見せていたルシアはラインのふざけた言葉を聞きいきなり冷静になり
ラインにジト目を向けた。
「あと、レイ兄さんもゼノスさんが何かやらかしたかはまだ分からないじゃないですか。決めつけちゃダメですよ·······私も何かやらかしたのかなって思っちゃいましたけど」
「まぁ、どのみち俺たちは待つしかないよな」
現在、ゼノスの背中を若干の冷や汗が流れていた。
(どうすんだよ! 俺自分の情報の隠し方なんて知らないぞ!)
「では早速その石版に手を置いてくれるか?」
ゼノスの聞きたくなかった言葉が検問の男から放たれた。
(クソ! もはやこれまでか)
こういう時、多くの物語では誰かが助けてくれたり何か事件が起きて問題が水に流れたりするが生憎、今回そんなことは何一つ起こりはしなかった。
石版に手を置くことを躊躇するゼノスの様子を男が徐々に怪訝な顔で見始めた。
「おい、どうしたんだ? 何か置きたくない理由でもあるのか?」
(明らかに怪しまれている、もう置くしかなさそうだな)
観念したゼノスは大人しく石版に手を置こうとして
----ふと思いついた。
ゼノスはスキル《サイレント》と《障壁》を使って小屋の周囲を完全に隔離した。
ゼノスがちらっと男の様子を確認するが男がそれに気づいた様子はない。ただゼノスが石版に手を置くのを少し警戒しながら待っている。
(はいはい、石版に手を置けばいいんでしょ?
置きますよ置きますよーだ)
そしてゼノスは石版に手を置いた
途端、ゼノスと男の前に縦2メートル、横4メートル
の四角い形をした青白いスクリーンの様なものが現れた。
そこには何やら黒い線で文字が記されているがぼやけていてなんと書いてあるのかよく分からない。だが、次第に文字は鮮明になっていき、ほどなくしてしっかりと読めるようになった。
つまりそれは男にゼノスの情報が伝わるわけで、このあと男がどんな反応をするのかは誰にでも分かることだ。
「なっ! な、なんだこれは!? レベル 999に出身が迷宮?魔力は······100000だと?壊れているのか?
いや、でもこれは壊れるようなことにはならないはず なのだが」
男は目玉が飛び出るのではないかというほど大きく目を見開いている。
「安心してくれ、その石版は壊れていない」
その言葉に反応した男がさっとゼノスの方向に体を向ける。
「冗談を言うときは時と場所を選ばなければいけないぞ!」
冗談といいつつも男は背中にかけている腕の長さほどの大きさがある剣の柄を強く握りしめてゼノスを睨みつけている。
そんな男に対して
「冗談なんかじゃないさ、その石版の解析結果は真実だよ」
ゼノスは子供を諭すように話しかけた。
男は目つきをいっそう鋭くして威嚇のためなのか魔力オーラを周囲に出し始めた
その魔力オーラはゼノスのものに比べて規模も小さく
禍々しいものでも無くゼノスにとっては何の圧力にもなっていなかった。
「まったく、そんなちっぽけな魔力オーラで俺を威嚇したつもりなのか? ダメだなそんなんじゃ、俺が今から見本を見せてやるよ」
そう言ってゼノスは、今までほんの少しだけ出していた魔力オーラを少し強めてやる。
その魔力オーラの禍々しさや大きさに恐れをなした男は1歩、2歩、3歩とどんどん後退していく
やがて小屋の壁に背中が当たり男は舌打ちをしながら動きを止めた。
明らかな格の違い、いや次元の違いに自分1人では絶対に勝てないと判断した男は応援を呼ぶため、ゼノスに背を向け一気に小屋の出口まで走る。
応援を呼ばれてしまってはゼノスの目的である穏便に済ますということが達成できなくなってしまう訳なのだが、ゼノスは気にした素振りもなくその場から1歩も動くようなことは無かった。
自分を追いかけないのかと不思議に思った男だったが
ならば好都合と外へ飛び出していく。そして男は走りながら大声を出そうとして
------何かに思いっきり衝突した。
一体何が起こったのかと焦り始める男。その背後から
ゼノスの声が聞こえてくる。
「言ってなかったが今ここには《障壁》と《サイレント》がかけてある。お前がどんなに大きい音を出そうと外に聞こえることは無い。あと《障壁》にも耐えれる限界があるがお前の力程度では絶対に破ることは出来ないぞ」
それを聞かされた男は背中からぶわっと大量の汗をかくのを感じた。
しかし命乞いをするようなことは一切しなかった。
あくまで立ち向かおうとする男の姿に感心したゼノス
はせめて痛みを感じさせずに意識を失わせようと
一気に彼我の距離を0にし、男の首に手刀を落とし
優しく意識を刈り取った。
「さてと」
そう言ってゼノスはあるスキルを使うための準備をし始めた。
ゼノスは石版に手を置く直前、こうなることが予測できていた。
なので、あらかじめ小屋の周囲に《サイレント》と
《障壁》をかけていたのだ。
そして今から行うのはここに倒れている男の記憶を改ざんすることである。
まずゼノスは小屋の床に《プロテクト》をかけて、
汚れがつかないようにした。
次にゼノスは《武器召喚》を使い、小さく切れ味のいいナイフを用意した。
そしてゼノスはそのナイフで自分の指先に傷をつけ
《プロテクト》がかけられた床に血で《記憶改ざん》の魔法陣を書いていく。
五分ほどの時間をかけて、ゼノスは様々な記号と線で
描かれる非常に複雑な魔法陣を書き終えた。
「ふぅ、結構疲れたな」
ポツリと呟きながらゼノスは壁際へ歩いていき足の力を抜いて胡座をかく
いくらゼノスとはいえ集中して5分もかかるような複雑な魔法陣を書いて何ともないというわけにはいかない。
少しばかりぼーっとした時間を過ごす。
一息ついたゼノスは まだ休みたいよ、このまま寝たいよ と訴える自分の心に喝を入れて、再び魔法陣の方へと向かっていく
魔法陣の元へと戻ったゼノスは自らの膨大な魔力をどんどん注ぎ込んでいく。
ゼノスが魔力を半分ほど流したあたりで魔法陣が光り始めた。
この《記憶改ざん》はゼノスでも魔力を半分持ってかれるほど燃費が悪い。そのためゼノス以外にこのスキルを使えるような者はあまりいないだろう。
ゼノスは魔力を注ぐのをやめ、未だ気絶したままの男を魔法陣の上に引きずっていく。
魔法陣の上を引きずっているのに血で書いた魔法陣の線や文字が消えるようなことは無かった。
(魔法陣にはこういう性質があるのか。今度調べてみたいな)
男を魔法陣の中央に引きずり終わり、魔法陣の光もとても強くなってきた。
「そろそろだな」
ゼノスは魔法陣の一部に静かに手を触れた。
その瞬間ゼノスの頭の中に男の記憶が大量に流れてきた。
「うお!」
初めて行う記憶改ざんに少し驚きながらもゼノスは頭の中で男の持つ大量の記憶を片付けをするように整理していく。
ゼノスが今整理している記憶は一日で一つの動画のようになっていて、それが今まで男が過ごしてきた分だけ存在している。
少し時間をかけてゼノスは今日の記憶を見つけ出した
この記憶を選択し、消したい部分だけをカットして
取り除き、そこに新しくゼノスが検問をクリアした記憶をつければ完成。
ゼノスは魔法陣から手を離し、深呼吸する。
「これで大丈夫だな」
小屋の周囲にかけていた《サイレント》と《障壁》
を外し、まだまだ目覚める様子のない男の頬を軽く叩いて起こす。
「ん?」
「大丈夫ですか? 急に寝てしまうからびっくりしましたよ」
「あぁ、すまないな。でも一体なぜ俺は寝てたんだろうか? 」
「疲れてたのかもしれませんね」
「そ、そうかもな。ところで検査の方は······大丈夫みたいだな」
男は少し自分が急に眠ってしまったことが気になったみたいだが深くは考えていないように見えたためゼノスは安心した。
「じゃあ僕はこれで。体は大事にしてくださいね〜」
ボロが出ないうちにゼノスはこの場を去る。
そしてついに、ゼノスは入国を果たしたのだった